ユニクロ、正社員に週休3日制

今朝の日経新聞、1面で大々的に報じられていました。

 ファーストリテイリングは10月、週に4日働いて3日休む制度を国内の全従業員の5分の1に当たる約1万人の正社員を対象に導入する。介護や子育てのために正社員を諦める層のつなぎ留めや採用増などにつなげる。人材獲得競争が激しくなる中、人手不足感が強い小売業やサービス業を中心に勤務体系を柔軟に見直し働き方を多様化する動きが広がりそうだ。

 ファストリでは、まず傘下のカジュアル衣料品店ユニクロ」で導入する。国内の約840店で働く転勤のない「地域正社員」約1万人のうち、本人が希望すれば週休3日を選べる。各店舗が工夫し販売を増やすため、地域に根ざした社員を現在の約1万人から1万6000人に増やす計画で、新制度が採用増につながるとみている。
 1日8時間の勤務時間を10時間に延ばすため、1週間あたりの給与水準は変わらない。1日8時間の法定労働時間の適用を受けない「変形労働時間制」という制度を活用する。また、店がにぎわう土曜日と日曜日には出勤してもらい、平日に休んでもらうようにする。勤務時間帯や曜日の調整といった管理業務の手間は大幅に増えるが、現場社員の希望と混雑時の人手の安定確保を両立できる利点は大きいと判断した。
 離職を減らす狙いもある。世界展開を加速した時期に当たる09年に入社した新卒社員は3年以内に5割が退職した。働き方の選択肢を広げて優秀な人材を確保しやすくする。
 社員が休日を利用して自己研さんしたり、家族と過ごす時間を増やしたりすることで社員の定着率が高まると期待している。本部などに勤める正社員も週休3日を選べるように検討していく。

 人材を限られた時間で最大限に活用しようとする試みは、労働生産性の見直しにつながる可能性もある。経済協力開発機構OECD)によると、13年の日本の1時間あたり労働生産性は加盟34カ国のうち20位にとどまる。主要先進7カ国で最も低い。特に小売業やサービス業は製造業に比べ改善が遅れていた。
平成27年8月20日日本経済新聞朝刊から)

ぱっと見た瞬間にはこれはいよいよ短時間正社員の本格展開かなと思ったわけですが、変形制を使って週40時間なので短時間正社員ではなく短日正社員でした。で、さらっと「「変形労働時間制」という制度を活用する」と書かれているわけですが、どういう変形制を使うのかが元実務家としては興味深いところで、ファーストリテイリングのウェブサイトにニュースリリースでも出ていないかと思ったのですが出ていませんでした。
「1週間」「10時間」というキーワード、さらに週末の繁忙対策という趣旨をみると1週間単位の非定型変形労働時間制*1かなという印象は強いのですが、しかしこの制度はほとんど利用されていない*2ので、これだけの規模で利用されるとかなり珍しい事例ということになりそうです。
ただ、ユニクロの場合は小売業であることに問題はないとしても事業所の規模の規制(30人以下)にひっかかる可能性はありそうで、もちろん旗艦店や大型店舗はこれを超えているでしょう。記事の数字で計算すれば「地域正社員」が約840店舗で1万人なので1店舗あたり12人、それに地域限定でない正社員やパート・アルバイトの方々が加わるわけですが、とはいえ平均は大規模店に引っ張られるのでしょうからかなりの割合の店舗で適用できるのかもしれません。いっぽうで記事からは小規模店舗限定というニュアンスは感じられませんので、より一般的な1か月単位の変形労働時間制を利用するのかもしれません。こちらだと規模の制約はなく、柔軟性は低下しますが就業規則に定めれば利用できるという利点もあります。さすがに記事の趣旨からして1年単位の変形労働時間制ということはないでしょうが。
さて記事はこれがたいへん立派なことであるかのように書いているわけですが、本当にそうなのか。若干の疑問もなくはありません。そもそも変形労働時間制というのは労働者にとっては労働日や労働時間が不規則・不安定・不確実になるわけなので、基本的にはやらずにすむにこしたことはないものです(だから特にそのデメリットが大きい1年単位と1週間単位は労使協定を要件としているわけです)。もちろん、それでもなお変形制を導入することによってそのデメリットを上回るメリットがあると労使で合意できるから変形制を導入するわけなので、労使で合意していることにあれこれ口をさしはさむことは避けるべきですし、それを阻害するような過度の規制は行うべきではありませんし、むしろ労使がもっと柔軟に知恵を出せるようにしていくべきだと思いますが、そうした前提のものだということは理解しておく必要はあるでしょう。
そこでまずこうした制度を通じて「地域に根ざした社員を現在の約1万人から1万6000人に増やす計画」というのは、この増分が純増またはパート・アルバイトなど非正規からの代替であるならばそれは一応結構な話だと思います。不安定雇用が減少し安定雇用が増加するという点でももちろんいいわけですが、ユニクロの地域限定正社員は地域だけでなく労働時間(残業が少ない・この制度を利用すれば出勤日数も限定される)面でもキャリアの面でも(店長候補ではないスローキャリア)限定正社員なので、こうした多様な働き方の拡大という面でも基本的にはいいことだろうと思います(もちろん不本意地域限定正社員という話が出てくる可能性は否定しませんが)。ただまあ「それは一応」などと歯切れが悪いのはこの16,000人という話自体はもう1年以上前には打ち上げられていた話だという事情があり、いまだに「計画」と言われるとあまり進んでいないなあという感はありますし、そもそもこの地域限定正社員というのは時間給であるらしいという話もありますので(そのあたり以前のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20140402#p2で書きました)手放しでいい話とまでは申し上げませんが。
いっぽうで「土曜日と日曜日には出勤してもらい、平日に休んでもらうようにする。…現場社員の希望と混雑時の人手の安定確保を両立できる利点は大きい」というのは、まあ実際に制度導入する人がそう言っているのであればそうなんでしょうが、しかし直観的には本当にそうなのかなあという感じはあるのではないでしょうか。いや土曜日曜に10時間働いて平日3日休みたいという人がそんなにいるのかなあという素朴な疑問なのですが。まあ数千人の話なので、そのくらいならいるのかな。副業はやりやすそうです。
「離職を減らす狙いもある」についても、とりあえず「09年に入社した新卒社員は3年以内に5割が退職した」は事情が違うんじゃねえかというのは私に限らず多くの人が思ったのではないかと思います。この経緯についてはユニクロパワハラブラック人事管理批判で有名なわけですからね(このブログでも以前書きましたhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130503#p1)。その当時にこの変形制があればこの退職率が大きく下がったかと言えばそんなことはないでしょう(そもそも対象者じゃないでしょうし)。
「社員が休日を利用して自己研さんしたり、家族と過ごす時間を増やしたりすることで社員の定着率が高まる」というのも本当かという感があり、まあ休日=世間の平日となれば自己研鑽はやりやすかろうという話はわかります。ただ社会人向けの自己研鑽も民間のものはご商売なので当然ながら客のニーズにあわせて週末のメニューが強化されていますので効果はあるとは思いますがたとえば上記副業と較べたらどれほどのものかという気もします。「家族と過ごす時間を増やしたりする」についてはかなり疑問があるところで、いや週末を含む出勤日は10時間勤務するかわりに平日の休日が1日増えることでどれほど「家族と過ごす時間を増やしたりする」ことになるのかねファーストリテイリングの広報の人がそう言っているのかなあ。まあもちろんそういう人もいるかもしれませんが…。
最後の労働生産性のくだりも…というところに来てあわててhamachan先生のブログを確認に走る私(笑)。やっぱり取り上げておられました(http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-997e.html)。相変わらず仕事速いな。ただ今回はファーストインプレッションでユニクロに対する嫌味もとい批判的なコメントを書いておられます。ご指摘のとおりで地域「正社員」といっても上記のとおりですばらしく立派なものというわけではない。
ということで今回はまだ労働生産性についてはコメントしておられませんでしたが、これについては記事は「特に小売業やサービス業は製造業に比べ改善が遅れていた」と書くわけですが、hamachan先生がつとにご指摘のとおりサービス業においては「人材を限られた時間で最大限に活用しようとする試み」が製造業と同じように生産性を上げるかというとそうでもないのではないかと思われます。もちろん多少は上がると思いますし、記事も「労働生産性の見直しにつながる可能性もある」とかなり逃げを打った書き方になっているわけですが(しかし労働生産性の「見直し」ってなんだろう)。むしろ、評価はいろいろですし程度問題もあるでしょうが、ユニクロのような、それこそ土曜も日曜も1日10時間働いて、世間に名高いビッシバシの接客マニュアル(まあ今はどうか知らないが)を徹底した接客をして、それにもかかわらず他を圧する低価格路線を推進するもんだから「生産性=付加価値額/労働投入量」が低く計算されるんだよという説も有力なわけです。
ということで結論としてはhamachan先生ご指摘のとおりファーストリテイリングの広報がんばってるなということになろうかと思います。逆にいえば日経の記者さんにももう少しがんばってほしかったような気はしますが。

*1:日ごとの業務に著しい繁閑の差が生ずることが多く、これを予測してあらかじめ日々の労働時間を特定することが困難な事業を対象に、1週間40時間以下となることを条件に1日10時間まで労働させることができるという制度で、労使協定の締結・届出と、対象労働者に当該1週間の開始前に各日の労働時間を通知することが必要とされています。対象となる事業については省令で「小売業、旅館、料理店及び飲食店の事業」、常時使用する従業員数は30人以下と定められています。

*2:厚生労働省平成26年度就労条件総合調査の結果の概要(http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/14/gaiyou01.html)によれば適用労働者は全労働者の0.1%程度であるらしく、となると全雇用者数がざっと5,000万人とすれば5万人ということになりそうです。なぜ「あるらしく」などと歯切れが悪いかと言うと、資料にある適用労働者割合の集計結果には1年単位、1か月単位の変形制およびフレックスタイム制の欄しかなく、欄外の注でわざわざ「「変形労働時間制の適用を受ける労働者」には、「1週間単位の非定型変形労働時間制」の適用を受ける労働者を含む。」と断り書きがあって、そこで適用労働者から上記三者を引き算してみるとどうやら0.1%程度らしい、という事情だからです。