安藤至大『これだけは知っておきたい働き方の教科書』書評

「キャリアデザインマガジン」120号の「私が読んだキャリアの一冊」で取り上げましたので、こちらにも転載しておきます。

『これだけは知っておきたい働き方の教科書』 安藤至大著 ちくま新書 2015.3.10

 日本人の約半数は現に働いている。そしてその8割以上は雇われて働いている。いまは働いていない人も、大半はかつては働いていたか、これから働くことになるか、いずれかだろう。だれしも、自分自身や周囲の経験や見聞を通じて自分なりに「働くこと」への理解があるはずだ。学校を卒業して就職するときや、転職を考えるときなどはもちろんのこと、将来のキャリアに向けてなにを学ぶか、といったことを考えるときなどにも、自分なりの「働くこと」に対する理解をもとに考えたり判断したりしているに違いない。

 しかし、現実をみれば仕事も働き方もその実態は多様であり、自身の限られた経験だけをもとにした判断は、往々にして「こんなはずではなかった」ということになりかねない。もちろん、「働くこと」に関する人々の関心は高く、関連する情報もあふれている。ところが、世間で有識者として尊敬されているような人であっても、こと「働くこと」に関しては自身の狭い経験や見聞に頼った情報を発信していることも少なくないようで、的確な情報を選別し収集することは想像以上に難しい。

 この本は、まさに書名のとおり、「働くこと」や働き方について「これだけは知っておきたい」情報が的確かつコンパクトにまとめられた本だ。「いま、この国で、雇われて働く」とはどういうことなのか、主に経済学と法律の観点から平明に解説されている。

 第1章「働き方の仕組みを知る」では、働くことの意味・目的から説き起こし、企業をつくって人々が雇われて分業することの意味や、働く時間や賃金がどのように決まるのかを、経済学の基本的な知識をもとに解説される。短期の収入とともに、長期的なキャリアの重要性が強調される。

 第2章は「働き方の現在を知る」と題され、日本における働き方とそのルールがどのようなものであり、なぜそうなっているのかを、法律の観点を中心としつつ、それがいかに形成されてきたのかという歴史もひもときながら解説されている。

 第3章の「働き方の未来を知る」は、今後確実に進展する人口減や技術革新の進展などをふまえ、働き方やそのルールがどのように変化していくかが予測されている。現状の仕組みは縮小しつつも維持されるいっぽう、働き方のさらなる多様化が進み、そのルールもそれに応じて変わるという。

 そして最後の第4章は短いもので「いま私たちにできることを知る」とされている。労使という当事者の立場の違いが大きい中でバランスのとれた視点を持つこと、法律や自分自身の労働契約について正しい知識・情報を持つこと、そして今後の変化に備えた学びや人間関係に留意することの重要性が説かれる。

 このように、この本の内容は書名のとおりきわめて基礎的なものだし、将来予想についてもかなり抑制的なものだ。とはいえ、おそらく多くの人にとって、この本の内容と自分自身が持っている「働くこと」のイメージとの違いはかなり大きいのではないかと思うし、世間にあふれる情報にも不適切なものがかなりあることにも気づくに違いない。

 自分のキャリアを考えるときにはもちろんのこと、キャリア支援を考える際にも、あるいは公共政策や社会問題を議論する際にも、およそわが国での「働くこと」について論じるにあたっての必須の知識を与えてくれる本だと思う。文章も平明でわかりやすいし、実は経済学の入門にもなっている。ぜひ広く読まれてほしい良書と思う。