マタハラ訴訟最高裁判決

マタハラについて最高裁が初判決ということで関係各方面で盛り上がりを見せているようです。本日の日経新聞から。

 妊娠を理由にした降格が男女雇用機会均等法に違反するかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は23日、妊娠や出産を理由にした降格は「本人自身の意思に基づく合意か、業務上の必要性について特段の事情がある場合以外は違法で無効」とする初判断を示した。
 そのうえで、広島市の女性が勤務先の病院側に損害賠償などを求めた今回の事案で自由意思に基づく合意は認められないと判断。特段の事情があったかどうかを改めて判断させるため、降格を適法とした二審判決を破棄し、審理を広島高裁に差し戻した。5人の裁判官の全員一致。
 女性の社会進出が進むなかで問題化している妊娠、出産した女性労働者への「マタニティーハラスメント」について、最高裁が判断の枠組みを示すのは初めて。企業の対応に影響を与えそうだ。
 原告は広島市理学療法士の女性。2008年に妊娠が分かり、勤務先の病院で業務が軽い部署への異動を希望したところ、異動後に管理職の副主任を外された。
 均等法は妊娠や出産を理由にした不利益な取り扱いを禁じているが、一審・広島地裁は女性の降格について「病院側は女性の同意を得たうえで事業主としての必要性に基づき、裁量権の範囲内で行った」と判断。二審・広島高裁も支持していた。
平成26年10月24日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20141024&ng=DGKDASDG23H0S_T21C14A0MM8000
… 今回の訴訟で訴えていたのは広島市の病院に勤めていた理学療法士の女性。勤続約10年で管理職の副主任になったが、妊娠が分かり軽い業務への転換を希望したところ、副主任から降格させられ、復職後も職位復帰できなかった。
 病院側は「事前に女性の意思を確認し、副主任の免除について同意を得ていた」と主張。一方、女性側は「役職を外されると伝えられていない」と反論していた。
 最高裁第1小法廷は判決理由で「降格が認められるには、事業主の適切な説明と本人の十分な理解が必要」と指摘。今回のケースは「不十分な説明しかなく、本人は復帰の可否が分からないまま渋々受け入れたにとどまる」と判断した。
 裁判長を務めた桜井龍子裁判官(行政官出身)は補足意見で「(職場)復帰後の配置が不利益な取り扱いに当たるかは、妊娠中の職位ではなく妊娠前の職位と比較すべきだ」とし、妊娠の前後で処遇を大きく変えることは問題との見方を示した。
 マタハラを巡る訴訟ではこれまで、民法などの一般論に基づいて判断されるケースが多かった。
平成26年10月24日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20141024&ng=DGKDASDG23H1D_T21C14A0EA2000
 妊娠を理由に降格されたのは男女雇用機会均等法に反するとして、広島市の病院に勤めていた理学療法士の女性が運営元に約170万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は23日、「妊娠中の軽い業務への転換を契機とする降格措置は、女性が自由意思に基づき承諾しているか、業務上の必要性など特段の事情がある場合以外は、原則として違法で無効」との初判断を示した。
 その上で、降格を適法とした2審判決を破棄。例外的な場合に当たるかを判断するため、審理を広島高裁に差し戻した。
 5裁判官全員一致の結論。女性が妊娠や出産を理由として解雇や雇い止めになる「マタニティーハラスメント」への関心が高まる中、降格が均等法の禁じる不利益処分に当たるかが争点だった。企業などの対応に影響を与えそうだ。
 1、2審判決などによると、女性は平成16年4月に勤務先のリハビリテーション科副主任となったが、第2子を妊娠した20年2月に軽い業務への転換を希望。翌月付で副主任の地位を外された。
 同小法廷は、降格措置による影響についての病院側の説明が不十分な中、女性は渋々ながら受け入れたにすぎず、「自由な意思に基づいて降格を承諾したと言える合理的な理由がない」と指摘。業務上の必要性など特段の事情があったかについて審理を尽くすため、高裁に差し戻した。
 24年2月の1審広島地裁判決は「女性の同意を得た上で、病院側が裁量権の範囲内で行った措置」と請求を棄却。同年7月の2審広島高裁判決も支持した。
平成26年10月24日付産経新聞朝刊から)

判決文はこちらにあります。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/577/084577_hanrei.pdf
まだしっかり読み込めているわけではありませんが、ざっと斜めに読んだ限りではかなり微妙な判決ではないかというのが正直な感想です。
まず今回のケースに関する現行均等法の規定をざっとおさらいしておきますと、もともと妊娠・出産を理由とした不利益取扱いは均等法9条3項で禁止されており(事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、…めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない)、この「その他不利益な取扱い」が減給や降格を含むこと、また「妊娠したこと…を理由として」には「妊娠又は出産に起因する症状により労務の提供ができないこと…又は労働能率が低下したこと」も該当することも指針や通達で明示されています。
これはどういうことかというと、たとえばつわりなど妊娠に起因する症状で欠勤した場合、その日の賃金が支払われないのは仕方ないけれど、それ以上に賃金を下げることは法の禁じる不利益取扱いに該当する、ということです。今回のケースでいえば、ご本人が希望するように業務負荷が軽減される利益と、降格およびそれにともなう賃金減などの不利益とを勘案して、不利益のほうが大きいと判断されれば不利益取扱いに該当して違法ということになります。
その上で、まず。妊娠や出産を理由にした降格について一般論として均等法違反の判断枠組みが示されたことは、それはもちろん画期的な初判断であろうと思います。ただし今回の判決は降格に限られており、他の不利益取扱いへの射程は必ずしも明らかではありません(もちろん相当の影響はあるでしょうが)。これが微妙の第一。
いっぽう、その「本人自身の意思に基づく合意か、業務上の必要性について特段の事情がある場合以外は違法で無効」という枠組み自体については、すでに上記のとおり均等法が妊娠・出産を理由とした不利益取扱いを禁止していることを考えれば、たとえば(もともと民法公序良俗などに基づいて形成された判例法理を成文化した)労働契約法9条、10条の定めなどと比較してもかなり妥当・常識的なものと思われ、踏み込んでいるという感はほとんどありません。むしろ、均等法改正時の経緯を思い返せば、基本的にはその時の議論に沿った結論ではないかと思われます(というか、桜井(旧姓藤井)裁判長は元労働キャリアで女性局長までやった人なので、当然ながらそのあたりの事情はよくご存知なわけです)。むしろ、逆にいえば「業務上の必要性について特段の事情がある場合」には妊娠・出産を理由とした降格もありうるとされたと見るべきかもしれず、これが微妙の第二です。
判決文を引用しますと、

 一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ,上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば,女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが,当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/577/084577_hanrei.pdf

微妙。前段の労働者本人が利益不利益を衡量して承諾したらOKというのはわかりやすいですが、後段の「降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」というのはかなり悩ましいように思われます。
「円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある」というのは、典型的には小規模な企業で軽易な業務が限定されていて、たまたま退職したより低い職位の人の後任に従事させるよりないといったケースが考えられますが、たとえばそれなりの規模の企業で、総合職コースの労働者を一般職コースの労働者の業務に転換して負担軽減した場合に降格させないと一般職コースの労働者の納得が得られない、というのが「円滑な業務運営の必要性から支障がある」と言えるのかどうか、難しい判断のように思われます。このあたりの判断には、企業内で職位や社内資格と業務内容との関係が明確かあいまいかという事情が影響しそうで、そこが比較的不明確な日本企業ではこれは簡単には「必要性から支障がある」とは認められにくいように思われます(このあたりhamachan先生なら「メンバーシップ型雇用ががが」とおっしゃられそうな。いや実際日本企業では賃金も社内資格も変わらないのに突如として仕事が忙しくなったり楽になったりすることがざらにあるわけですし、楽になって喜ぶかというとそうでもないわけですし。もっとも今回の例は理学療法士なのでジョブ型の要素もあるのではなかろうかと思われるのですが)。
「同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき」というのも悩ましいところで、これは労基法65条3項の軽易業務転換請求が事実上できなくなるようなものであってはならないという意味ですが、これまたそもそもどの程度なら実質的に反しないのかが不明確で(抑制的に判断される(べき)ものと思いますが)、さらに必要性に応じてその程度問題が異なってくるなど予見がかなり難しいように思われます。
ということで、逆にいえば「必要性があるし、この程度なら軽易業務転換請求を妨げない」ならば降格も可能だということですし、現実の問題としてこのケースは大病院なのでまだあれこれ対応の余地はあったところそういった対応力のない中小企業というのがむしろ多数派であるわけですから、そこでのケースではより幅広に降格が容認される可能性もあります。ということでただでさえ紛争が多いところさらにそれを増やすことにもなりかねないと思うわけで、これが微妙の第三。
次に、これは予備的請求原因ということで判決文には書けなかったということで裁判長の補足意見という形で書かれていますが、育児休業からの復職時の配置が不利益変更に当たるか否かの判断について「軽易業務への転換が妊娠中のみの一時的な措置であることは法律上明らかであることから」、「軽易業務への転換後の職位等との比較で行うものではなく,軽易業務への転換前の職位等との比較で」今回判示された枠組みにあてはめるべきだとされています。
実は今回の判決ではこの復職時の処遇を非常に重視していて、上記枠組みへのあてはめにおいても、他の要因ももちろんあるのですが、中でも主要な要因として、復職時の原職(相当職)復職について説明も約束もなかったので十分な説明のうえで合意したとはいえないし、説明も約束もなく現に原職(相当職)に復職できなかったのでは特段の事情があったともいえないという判断をしています。というか、行間を勝手に読めば高裁判決を覆したのはこの一点のみゆえではないかと感じるくらいで、そういう意味でも微妙な事件であったようにも思われます。
労働者としても、本人はもとより周囲からも「問題があって降格したのではなく妊娠したからやむを得ず降格した」と受け止めてほしいとの思いがあった(たいへん自然なことだと思いますが)ところ、復職時にそうならなかったというのが提訴の直接の契機になったようで、たとえば育児負担配慮で軽易業務継続といった周囲も納得するような説明を考えるとか、このあたりは病院サイドももう少しうまくやれなかったものかとは思います。
さて原職(相当職)とは妊娠前・降格前の原職であるべきだというのは、なるほどこれ自体は正論だろうとは思いますが、かねてから指摘されているように軽易業務転換→育児休業という相当程度長期にわたるプロセスにおいては、原職には当然後任の代替者が従事していることにも留意すべきでしょう。だから育介法の指針でも「原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることに配慮する」という婉曲な言い回しになっているのでしょうし、育児介護休業の代替要員については業務の制限なく労働者派遣が認められてきたのも同様の趣旨だろうと思います。すでに原職相当職のポストが充足している状態では原職相当職での復帰が困難な事情というのも十分考えられるわけで、これに関しては軽易業務転換時以上に人事管理の実態に配慮した抑制的な判断が求められるように思われます。以上が微妙の第四。
ということで私の感想をいくつか書きますと、ひとつは少子化が進む中で妊娠・出産の外部経済が従来以上に大きくなっていると考えられること、女性の活躍の重要性も高まっており、政治的にも重要課題と位置付けられていることなどを考えれば、多少なりとも従来より「前進した」判断を示す必要性というのもあったのだろうなあという気はします。そう思えば、判決文にやや力みすぎのきらいはあるものの、今回示された判断枠組みも、本事件におけるあてはめもまずまず妥当なのではないかという印象はあります。
たしかに、世の中では「妊娠した?いつ辞めるの?」とかいう手合いが横行してきたという実情を考えれば、この病院は降格させはしたものの軽易業務への転換はしているわけですし、復職時にも降格後の原職とはいえ一応原職相当職に復職させもしていて(降格前の相当職に戻さなかったことにもひととおりの理由はある)、まあ相当にマシな事例だといえると思います(だから高裁までは違法でないとの判断だったわけで。まあこれで「マシ」とか言わなければならない現状が残念であることも事実ですが)。そういう、微妙なところでひっくり返ったボーダーライン上のケースであるだけに、判決文を読めば、ああ妊娠前の原職相当職に戻すと約束しておけば大丈夫な可能性は高いんだなとか、復職後も本人と相談して育児負担との関係で妊娠中の軽易業務を続けたらどうですかとか相談するという手もありそうだなとか、その他さまざまな人事管理上の留意点というものもわかってくるわけで、そうした意味でも有意義なものと言えるのではないかと思われ、まあ絶妙というのはいかにもほめすぎなのでやはり微妙な判決だなと思うわけです。
さて話は変わって違う意味で微妙(笑)というか残念な人たちというのも何種類かいらっしゃるわけで、ひとつはメディアにも多数登場しておられましたが勝った勝ったと喜んでおられる活動家の方々です。
いやもちろん勝って喜ぶのは当然ですしその限りでご同慶ですが、得たものがどれほどあるかというと、必要性と特段の事情があれば本人が合意しなくても降格できますというのがそれほど喜べるものなのかどうか。まあ、均等法のほうでも争う理屈が新たに追加されたということはそれをご商売にしている皆様には結構な話なのかもしれませんが。
もちろん、皆様が口々に主張されるとおり、そもそもこんな裁判を待つまでもなく明らかに均等法違反なマタハラが横行しているということも事実であり、そうした現状を改善する上で「こんな降格は違法ですよ」とメディアで大々的に広報されたことの効果は相当なものでしょう。
もう一群の微妙な人たちは当然ながら2ちゃんねるなどに集まる皆様方であり、典型的にはこのあたりhttp://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1414067669/になりましょうか。
まあこのあたりの方々は活動家の皆様とは本気度も当事者意識も桁違いに低いわけで、「自分で要望して楽な仕事に変わったのに職位も賃金も下がらないなんておかしいよね」という素朴な直感で発言している人が多いようですが結果としてマタハラの住宅展示場みたいになっております。ご多分に漏れず権利を主張する活動家への感情的反発も横溢しておりますし、繰り返される「ますます女性が雇われなくなる」という主張は福井秀夫氏を思い出させて趣深いものがありますが、しかしこういう人にまじめに向き合って説得しないとなかなか事態は改善しないのかなとも思いました。