日経「経済教室」の「雇用創造 拡大するミスマッチを断つ」シリーズ最終回は獨協大学教授の阿部正浩先生が登場されました。日経がつけたとおぼしきお題は「職業訓練の効率性高めよ 前職経験や資格重視 企業の欠員情報の整備を」となっています。
企業の外から労働力を採用しようとするときに、問題となるのがミスマッチだ。特に産業や職業構造の変化は、それまでの仕事で必要とされた能力や知識と、新しい仕事で必要とされる能力や知識との間に大きなギャップを生じさせ、問題を深刻なものにする。例えば、製造作業で必要な能力や知識の多くは医療・福祉の仕事では有用ではなく、製造作業で働いていた人たちが医療・福祉の仕事に就くには新たな能力や知識を身につける必要があるだろう。
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ミスマッチ問題を小さくするには、教育訓練をより効率的なものにする必要がある。…職業訓練がどれだけ効率的であるかを判断することは難しい。受講者の就職率は景気の良しあしによって変化するだけでなく、様々な要因が影響するからだ。例えば、新規学卒者と違い、転職者は即戦力として企業から期待されることが多い。しかし、職業訓練受講者は仕事に就くためのスキルが少ないから職業訓練を受講するのであり、経験者に比べ知識や能力が見劣りするだろう。…訓練修了後の就職率をより高め、職業訓練の効率性を高めることは望ましい。そのために、以下の点を改善していく必要がある。
一つは、どのような職業教育が求められているかに関する情報の整備だ。企業は必要な人材を確保できないことがしばしばある。その原因の一つが人材の供給不足だ。もし欠員情報が市場で流通すれば、欠員の多い仕事に就くために適切な職業訓練を受けようとする人が増えるだろう。…現状では企業の抱える欠員に関する統計の整備は遅れており、職業訓練の整備のためにも、欠員に関する詳細な情報を整備することが重要だ。
(平成23年7月21日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から)
ここまでは概ね同感できる内容で、続いて企業へのご注文となります。
もう一つは、企業による採用や訓練のあり方を考える必要がある。これまで多くの日本企業は職場内訓練(OJT)をはじめとする自社内での教育訓練に重点を置いてきた。この結果、企業外での訓練や公的資格を重視しない傾向が強い。
リクルートワークス研究所が04年に実施した調査によると、「仕事をするうえで『資格』は必須」と答えたのは全回答者の21.5%にすぎず、「あれば望ましい」が23.3%、「必要ない」が55.0%だった。資格を必須とする産業や職種もあるが、一般的には資格の必要性は小さい。
筆者らの研究でも、資格保有者と非保有者との間には転職成功率の違いがなく、資格があっても転職に成功するわけではないようだ。
また、筆者の最近の分析では、現在の賃金水準に前職での経験年数が影響しておらず、たとえ同一職種で転職しても転職前の経験がほとんど評価されていないことが示されている。このことは、他社で培った人的資本を企業が積極的に評価していないことを意味している。
たとえば自動車運転免許は「資格」に含まれているのか、という疑問はありますが、しかし通勤できるのであれば必要ない、という仕事が過半なのかもしれません。資格の有無と転職の成否に有意な関係がみられない、というのもそうだろうなと思います。現在の賃金水準に前職での経験年数が影響しないというのも、多くの企業が年次管理の年功的(しかし差はつく)な人事制度を採用していることを考えると、前職での経験年数よりは全キャリアの就労年数が転職後の賃金に影響するためでしょう。で、それが問題だという指摘になります。
資格や前職経験が企業に評価されないということが、企業外での職業訓練の効率性を低下させている可能性がある。企業は自社にだけ有用な特殊熟練を重視しすぎるあまり、労働者が外部で蓄積した知識や能力が有用でも低く評価する。その結果、企業外での教育訓練の効率性が低くなっているのではないか。
もし企業が公的資格や企業外で培った人的資本を正確に評価でき、それらを企業内で有効活用できるならば、企業外部での職業訓練の効率性はより高まるかもしれない。それには、企業の特殊熟練に対する先入観を改め、外部で得た人的資本の価値を認めていくことだ。
「企業は自社にだけ有用な特殊熟練を重視しすぎるあまり、労働者が外部で蓄積した知識や能力が有用でも低く評価する。」というのは証拠があるのでしょうか。いや資格や前職経験で評価すればそれですむのであれば、人事部の皆さまもさぞかし楽だろうとは思いますねえまあ私もう他人事ですが。それで企業外での職業訓練の効率性は向上するかもしれませんが、資格と前職経験だけで採用して採用のクオリティが落ちれば、外部の効率性は向上しても内部の効率性は低下するわけで、これはなかなか企業としても受け入れにくいでしょう。
とはいえ、企業の雇用慣行をすぐに変更することは難しい。その代わりに、前職や職業訓練で蓄積した人的資本の内容を明確にして、企業と労働者の間の情報の非対称性をできる限り埋めようとするジョブカードの利用促進は一つの解決策だろう。
産業構造や職業構造が変化する際に労働力再配置が円滑になされることは、経済成長だけでなく社会政策の観点からも望ましいことだ。企業外部で実施される職業訓練の効率性を高めるため、欠員統計の整備や特殊熟練に対する企業の考え方を徐々に変えていくことが求められる。
ジョブカードについては、これが普及・定着してきて、企業の間に一種の相場観ができてくれば(この程度の評価であればけっこう戦力になるなとか)、たしかに外部で形成された人的資本をより正しく評価することの役にたつかもしれません。とりあえず実践的な能力認定という意味では公的資格に較べると実用的で、キャリア段位も同様に有意義な可能性はあります。「特殊熟練に対する企業の考え方を徐々に変えていくこと」がそれらを意味しているのであれば、これは現実的な提案だと思います。