三菱東京UFJで契約社員を組織化

メガバンクの一角、三菱東京UFJで、契約社員12,000人が労働組合に加入できるようになり、うち7,000人が加入したとのことです。本日の日経朝刊1面トップで報じられていました。

 三菱東京UFJ銀行の窓口業務などを担う約1万2千人の契約社員が正社員と同じ労働組合に入れるようになった。今春、希望する7千人が加入。新たに銀行と雇用契約を結ぶ人は全員が組合員になる。契約社員の大規模な組織化は大手銀行で初めて。産業界全体で非正規社員の正社員化や待遇の改善が広がるなか、組合への加入が進めば、会社側に対する交渉力の向上を通じて労働条件の改善や雇用の安定を促しそうだ。
 契約社員は期間を限って雇用契約を結ぶ労働者。三菱東京UFJは約4万8千人いる全従業員の4人に1人が契約社員だ。支店の窓口業務や顧客の案内、後方の事務作業などを担い、職場の過半数契約社員の支店もある。数年かけて6千人を超える派遣社員を銀行本体による直接雇用の契約社員に切り替えてきたが、正社員の労組には入れなかった。
 三菱東京UFJの労組は職場で存在感を増す契約社員を組合員に加えれば、より多くの従業員の代表として、会社側に対する交渉力が増すと判断。昨年、組織化の方針を決め、3月に組合規約を改正した。会社側も組合の方針に理解を示している。組合に入った契約社員はフルタイムが月900円、パートが同500円の組合費を負担する。
 これまで契約社員が労働条件の改善を果たすためには、一人ひとりが銀行と交渉する必要があった。労組に入れば銀行は組合の同意なしに労働条件を変更できなくなる。労使交渉を通じて待遇改善を要求できるようになり、雇用の安定につながる効果が見込める。
…日本全体でパートやアルバイトに契約社員などを加えた非正規労働者は1906万人に上り、役員を除く雇用者の37%を占める。いまや3人に1人となった非正規の待遇改善はデフレ脱却に向け待ったなしの課題だ。…
平成26年4月4日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGC0302D_T00C14A4MM8000/

政治面にはこんな解説記事もあります。

 三菱東京UFJ銀行の労使が約1万2000人の契約社員を組合員に迎えるのは、いわば「財源なき還元」。人材不足のなかで人件費の極端な増加を抑えつつ、正社員以外の優秀な人材を確保する狙いがある。足元の収益は過去最高に近い高水準だが、欧米勢とのグローバル競争は厳しい。コスト体質を改善する手綱を緩めずに職場の魅力を高める策として、大規模な組合員化に踏み切ることにした。…かつて正社員が担っていたような業務を受け持っている契約社員はすでに全従業員の4分の1。銀行員の雇用形態は着実に変わってきたともいえる。
契約社員が組合員になることで目先、追加の賃上げが期待できるわけではないが、中長期的には交渉力が強まり、経営側に権利を主張しやすくなるなどの意味をもつ。三菱東京UFJとしては従業員に報いる経営の姿勢を鮮明にした。
 足元の景気回復で銀行のリテール(小口金融)部門は、小売りや飲食業界との人材獲得競争にさらされている。こうした部門に契約社員が多いことも、銀行に待遇改善を促したとみられる。…
平成26年4月4日付日本経済新聞朝刊から)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0302U_T00C14A4PP8000/

まずこの話についての全般的な感想を簡単に書きますと、これは非常にけっこうな話だと思いますし、三菱東京(長いので以下省略)の労使に敬意を表したいと思います。契約社員などの非正規雇用については労働市場の需給関係から労働条件が決まるというのが通常と思いますが、もちろん団体交渉を通じて改善することもありうるでしょう。特に、マーケットプライスが上がっているのに企業内の労働条件が上がってこないとき、通常だと契約社員はより条件のよい仕事に転職しなければ労働条件を改善できないわけ(したがってそれをとどめたければ企業も労働条件を上げることが必要になる)ですが、労組に加入することで、団体交渉を通じて転職せずに労働条件を改善する可能性が出てくることは重要なポイントではないかと思います。
また、契約社員がこれだけの勢力を占めるとなると、労組組織を通じて正社員とはまた異なる契約社員の就労実態や意見要望を集約できることは経営サイドにもメリットが大きいものと思われます。
次に記事についての感想ですが、最初に間違い探しをしておきますと、実務家ならすぐ気づく話ですが「労組に入れば銀行は組合の同意なしに労働条件を変更できなくなる」という記述は誤りといわざるを得ません。多くの場合労働条件は賃金規定などもふくむ就業規則によって具体化されていると考えられるところ、その変更にあたっては過半数代表者の意見を聴取すれば足りることとなっており、現に過半数代表者の意見聴取のみで合意のない労働条件変更が有効とされた例もあります。細かくいえばさらにツッコミどころはあり、「組合」というのはまあ東京三菱の組合を指しているのだろうと読めばいいのでしょうが一般論としては少数組合も含まれてしまうとか、単に「労働条件を変更できない」と書かれてしまうと労働条件の引き上げも同意が必要になってしまうとか、まあここまで突っ込むのは意地悪としたものでしょうが。
もうひとつ実務家ならすぐに目につくのが「職場の過半数契約社員の支店もある」という部分で、ああ労使協定が結べなくなったなと思う人も多いと思います。金融では正社員でも管理職待遇の非組合員もかなりの割合になるはずで、職場の過半数が非組合員という支店はさらに多いと思われ、いっぽうで36協定などの労使協定は事業場単位での締結届出が必要なので、支店の労組役員が過半数代表にならない支店はかなりあるのではないかと思うわけです。もちろん、国内だけでも700店以上の店舗があるらしいので、さすがにすべて個別にはやっていないだろうとは思うのですが(通常は労基署単位と思われます)、徳島支店や長崎支店は県下に1店舗らしいので、こちらもさすがに他の店舗と一括でとはまいらないのではないかと思います。まあ選挙をやればいいだけの話ですし三菱東京ほどの大企業であればそういうこともぬかりなくやっておられるでしょうが、組合員化してしまえばそういう心配や面倒もなくなるというメリットもあるわけです。まあニュースバリューもないでしょうから記事にはならないでしょうが。
さて、記事ではあまり触れられていませんが重要な論点だと思うのが「目先、追加の賃上げが期待できるわけではないが、中長期的には交渉力が強まり、経営側に権利を主張しやすくなる」という部分で、なにかというと有期契約の反復更新の期間の上限を5年とした改正労契法との関係です。現状では三菱東京の採用サイトをみると契約社員の期間については「長期」となっており、想像するに契約を反復更新してできるだけ長く働いてください、でも業績が悪くなったら雇い止めさせていただきますがということのようなのですが、それが通用するのもまああと4年という話で、まさに記事にある中長期的なスパンではこれが重要なのではないかと思うわけです。記事は一応「雇用の安定」を2回書いていますので、期間の定めのない雇用への転換ということも視野に入れてはいるということなのかもしれませんが、しかしまあ賃金の話しか関心がなさそうに思えます。もちろん、反復更新して5年を超えたときに無期転換という「権利を主張しやすくなる」ことは間違いないでしょうが、主戦場はそこではなくて、5年を超える前の雇い止めがどうなるかであって、そこでどう発言し主張するかが、労組の真価をもっとも問われる場面になるのではないかと私は思います。
もうひとつ、これを「財源なき還元」と書いているのもやや首をひねったところで、まあこれは三菱東京契約社員がどの程度基幹的な機能を果たしているのかにもよるわけですが、正社員(の組合員)に対して(今回のベアを)「還元」というのは、要するに正社員は会社の業績にコミットしていて、したがって業績が改善したとかその要因として生産性が向上したとかいうことがあれば、それを労働条件の改善を通じて還元される、ということでしょう。一般的には契約社員のような非正規労働者はそこまで企業業績にはコミットしておらず、したがって業績改善の還元もない(とまではいわないにしても限定的なものにとどまる)、典型的には正社員のような相当額かつ変動の大きい業績還元的な賞与の支給はない、という説明がされていると思います。もし三菱東京契約社員が世間一般の非正規労働者と同程度に業績にコミットしていないのであれば、そもそも「還元」という発想にはならないはずですし、いやいや三菱東京においては契約社員も正社員と同等、あるいは近いレベルで業績にコミットしているのだ、というのであれば、現に業績が改善している以上労働条件の改善は「財源ある還元」というべきだろうと思うわけです。
さて、記事によれは契約社員12,000人中、労組に加入したのは7,000人とのことですが、加入しなかった5,000人がどう考えたのかも興味深いところです。会社は理解を示しているとのことですから経営サイドからの引き止めがあったわけでもないでしょうし、そろそろ転職するからまあいいや、といったような人もそれほど多数ではないでしょう。
ということで、考えられるのは「別に組合に入っていないからと言って、組合員と労働条件に差がつくわけじゃないですよね?だったら月500円払って組合に入るまでもないや」といういわゆるフリーライダーが相当数いるのではないかということで、まあここはオルグにとっては永遠の課題なのでしょう。三菱東京労組の健闘を祈りたいところです。