六本木ヒルズ特区のすすめ

先週金曜日に開催された第1回産業競争力会議課題別会合の資料が官邸のウェブサイトに掲載されておりました。その中に国家戦略特区の提案に対する田村厚生労働大臣提出資料というのがあるのですが、PDFをみると表紙には「厚生労働省提出資料」となっていて、まあ同じ意味ではあるのでしょうが、しかし田村大臣としては渋々な面もあったのではないかなどと邪推されて趣深いものがあります。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai1/siryou7.pdf
内容的には医療と雇用に対する特区の提案に対する回答で、最初に書かれた基本的な考え方は「日本再興戦略に基づいて我が国の成長戦略の推進に取り組むことは重要」「厚生労働省としても、世界で一番ビジネスがしやすい環境を作り上げるための国家戦略特区に前向きに対応」「具体的な対応については、提案の内容に応じて、全国での規制制度改革や支援措置で対応することも含め、積極的に検討していく」となかなか勇ましいのですが、とりあえず雇用に関する部分をみると、個別論のレベルになると途端に保守的になっているようです。
まず(a)特区内の一定の事業所(外国人比率の高い事業所)を対象に、有期雇用の特例(使用者が、無期転換を気にせずに有期雇用できる制度に)という提案に対しては、厚労省の資料では「海外からの進出企業が、人材の見極め等のために、有期雇用を活用しつつ、必要な人材がキャリアアップしつつ円滑に職場定着し、能力発揮できるようにすることが容易となるよう、特区において、総合的な支援策を検討」と大々的に書かれていて、その下に控えめに「※労働契約法第18条の特例として、「無期転換権の事前放棄を有効とする」旨の規定を創設することは困難」となっています。
また、(b)「特区内の一定の事業所(外国人比率の高い事業所、または、開業5年以内など)を対象に、契約書面により、解雇ルールの明確化」という提案に対しては、やはり大きな字で「海外からの進出企業や、起業後まもない企業が、我が国の雇用ルールを的確に理解し、紛争を生じることなく事業を展開することが容易となるよう、特区において、総合的な支援策を検討」と書かれた下に、小さく「※労働契約法第16条の特例として、「特区内で定めるガイドラインに適合する労働契約条項に基づく解雇は有効となる」旨を規定することは困難」と書かれています。
もうひとつ、(c)「特区内の一定の事業所(外国人比率の高い事業所、または、開業5年以内など)を対象に、労働時間ルールの適用除外」に対しては、「「日本再興戦略」に基づき、多様な働き方を実現するため、企画業務型裁量労働制を始め労働時間法制について、9月27日から労働政策審議会において、ワーク・ライフ・バランスや労働生産性向上の観点から検討を開始」となっています。
ということで現実的にはゼロ回答ということで、それどころか前2つの提案に対しては「現行ルールが遵守されるよう徹底します」という中身になっているわけで、これはさすがに提案した側からみればふさけるなという話ではないでしょうか。実際、同じ会議にはWG座長の八田達夫先生の名前で「国家戦略特区WG規制改革提案に関する現時点での検討状況」という怒りの?資料も提出されております。余談ながらこちらは座長個人名が記載されているのもなにやら趣深いですな。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai1/siryou5.pdf
さて厚生労働省提出資料だけではなぜ「困難」なのかが不明なわけですが、上記八田先生資料をみるとその言い分と思しき内容が記載されています。
まず総論として厚労省の言い分は3点あり、
(1)そもそも、雇用は特区になじまない。労働者の公平、企業の公正競争に関わるので、全国一律でなければならない。
(2)雇用ルールは、条約上、労使間で協議することが求められており、労政審での審議を経ることが必須。
(3)雇用ルールに係る周知徹底など、特区内で総合的な支援策を検討することは可能。
ということのようです。まあWG座長による記載なので厚労省の言い分を正確に反映しているかどうかはわからないのですが、だいたいそういうことなのでしょう。
そこでWGとしては「こうした理由で「特区になじまない」といったら、およそ特区は成立しない」と憤懣やるかたないわけですが、まあこれは中央官庁の発想として致し方ないことなのでしょう。そもそも日本のようは中央集権的な官僚組織にあっては特区そのものがなかなか受容されにくいものでしょうし、加えていかに特区とはいえそこでの実績に応じて全国展開することが想定されているということになると官僚としてはどうしてもそれを念頭に慎重に構えざるを得ないでしょう。これは良し悪しではなくまあこういう話を官僚に言っても仕方がないよねえという話で、役所がどう言おうとやるのだ、ということで閣議決定なりなんなりの政治プロセスに持ち込むしかないんじゃないでしょうか。
まお続けてWGは「労働者の属性、企業の特性に応じて制度に差異を設けることは、現行制度にも例があり、否定されていない」と書いていてこれは「全国一律でなければならない」に対する反論なのでしょうがしかし厚労省としてみれば「労働者の属性、企業の特性に応じて制度に差異」があってもそれで全国一律なら差支えないということでしょうからやや論点がずれているように思われます。
(2)に関しても、WGは「労使間協議を行う場が、労政審である必要はなく、別の場を設けて迅速に協議しても構わないはず」と言っていて、これは例の賃上げ政労使会議を念頭においているのかもしれませんが(違うかな)、まあ確かに時間はかかるかもしれませんが労政審というどこからも文句の出ない枠組みがあるんですからそれでやればいいんじゃないでしょうかね。三者構成でやる以上は手間という面でも足して二で割る妥協案という面でも大きくは違わないでしょうし、それこそ閣議決定なりなんなりで方向性が明確に定まっていればそれほど時間のかからない話が多いのではないでしょうか。
(3)に対してはWGは「法令の周知徹底は当然実施すべきことであり、特区の措置には該当しない」と述べていて、まあ厚労省としてみれば特区についてはそもそもそれ自体に否定的でかつ具体的にも特に何もする気はないところ何かやりますという形を整えるためにはこのくらいのことしか書けませんということでしょうか。まああれかな、無理やりにでも規制緩和させるぞというのなら、同時に労働基準監督も徹底的にやるからな覚悟しとけよということなのかもしれません。まあそれこそ「当然実施すべきことであり、特区の措置には該当しない」のではないかと思いますが。
続いて各論ですが、上記(a)(b)(c)について、厚労省資料は「海外からの進出企業や起業後まもない企業で、労働者が意欲と能力を発揮し、成長にも資するよう、以下の対応を行う」「労働者保護や公正競争の確保のため全国的対応が必要なルール見直しについては、労使を交えた検討を進める。また、特区における必要な支援策の具体化を急ぐ」と総括しています。厚労省としては「労働者が意欲と能力を発揮」「労働者保護や公正競争の確保」はやってもいいけど「海外からの進出企業や起業後まもない企業」への支援なんかやる気はさらさらないということのようです。
個別論をみると、(a)については厚労省の言い分は「労働者に対し無期転換権を放棄するよう、使用者が強要する可能性があるため、不可」となっていて、WGは「交渉力の比較的高い労働者の集まる事業所を対象に、労使双方の同意を前提とした上で、かつ、不当労働行為や契約強要・不履行などに対する監視機能強化を特区内で行うなら、検討可能」と反論しているのですが、正直素人だなと思います。要するに長期雇用慣行が念頭にない外資系企業を呼び込むことが想定されているのでしょうから、そもそも無期転換権そのものの適用除外を求めたほうがよかったのではないかと思うわけで、もちろん厚労省はさらに強く抵抗するでしょうが、「使用者が強要する可能性がある」と言われて「監視機能強化」で対抗するよりはスマートではないかと思うわけです。
(b)については厚労省は「契約書面で解雇要件等を明確にすることは奨励している。ただ、裁判になったときは、その後の人事管理・労務管理などを含め、総合判断せざるを無い。(契約書面は、労使双方にとって有効でない)」という見解だそうで、WGは「「総合判断」という限り、労使双方にとって予測可能性が担保されない」「書面で明確にすることが、労使双方にとってプラスのはず」「不当労働行為や契約強要・不履行などに対する監視機能強化を特区内で行うなら、検討可能」と主張しています。
これについては厚労省の見解はまさにそのとおりで、いかに労働契約に定めをおいたにしても、実際に解雇になれば権利の濫用が争われる可能性はありますし、最終的な結論は裁判所が総合判断することになります。今すぐに予測可能性100%にするのは無理に決まっているわけで、攻めるべきポイントはいま予測可能性がたとえば50%だとすれば、それを70%、80%にしていくことでしょう。たとえば従業員の半数が外国人の米国企業の日本法人であれば、そこに入社しようという人は普通に考えて事情によっては一方的な解雇もありうるという前提で応募しているでしょう(違うのかな)し、採用する側も業績や能力に問題がある場合や事業規模を縮小する場合は解雇しますという説明をするでしょう。でまあそういうケースであれば特区を設けるまでもなく能力不足や業績不振を理由に解雇したとしても裁判所は有効とする可能性が高いだろうと思うわけですが、それがまあやってみなければわからない五分五分だというのであれば、それを70%、80%にする手だてを提案すべきだろうと思うわけです。
(c)については厚労省は「全国レベルで慎重に検討中」というわけで「慎重に」がなんとも笑わせるわけですが、これに対してWGはまたしても「不当労働行為や契約強要・不履行などに対する監視機能強化を特区内で行うなら、検討可能」と言っていて、まあこれは事前規制から事後規制という理念を示した念仏なのかな。これに関してはすでに相当の検討が加えられて法律案要綱にまで落とし込まれた案がすでにあるわけですので、それこそ監督強化とセットで特区で先行実施するというのは、特区の趣旨を生かそうというのであれば十分考えられる話ではないかと思います。
ということで、全体としては日本の今のところ企業社会のすべてをそうしようという話ではなく、成長戦略として外資系企業を呼び込みましょうとか新規開業を増やしましょうという話を進めるために、今現在も外資系や新規開業企業ですでに事実上行われていることについて、紛争になった際の予測可能性を高めたいというのがWGの趣旨ではないかと思います。ということで、厚生労働省も一応は「日本再興戦略に基づいて我が国の成長戦略の推進に取り組むことは重要」「厚生労働省としても、世界で一番ビジネスがしやすい環境を作り上げるための国家戦略特区に前向きに対応」と建前を述べるのであれば、各論に対して法技術論で上げ足を取るのではなく、こうすればできるんですよという逆提案をするくらいの度量があってもいいのではないかとは思いました。特区自体にアレルギーがあることは別とすれば、労働キャリアであれば、外資や新規開業に限定的で拡大できないような制度設計もお手のものではないかと思いますし。でもなあなにかな、当事者の厚労省にそれを期待するのは無理というものかな。経済産業省とか内閣官房とかの官僚がしっかりサポートすべきところなのかもしれません。
最後に私の意見を書きますと、やり方は十分考える必要がありそうですが、やってみる価値は十分にあると思いますし、たぶん厚労省にとっても悪い話にはならないだろうとも思っています。
私は以前「六本木ヒルズ特区」をやれ、と提案したことがあります。意外にもこのブログではまだ書いていないようですが、いくつかのセミナーなどでしゃべりましたのでご記憶の方もいるかと思います。国家戦略特区は範囲が広すぎるので、それこそ六本木ヒルズとか、広くても臨海副都心のあるエリアとかに限定して、大幅に労働規制を緩和するわけです。もちろん規制緩和が適用されるのは新規に特区内で雇用された人に限ります(それをやらないと特区に転勤させて首切りとかいうのが出てきそうなので)。そうやって規模を限定したうえで、実験的にやってみる。もし労働規制が原因で外資や起業が少ないというのなら、こうした特区には生産性と付加価値の高い外資ベンチャー企業が集積し、「交渉力の比較的高い労働者」が集まってきて、大いに活況を呈するはずです。
でまあ「厚労省にも悪い話ではない」というのはたぶんそううまくはいかないだろうと思っているからでありまして、だからケチなこと言わずにやらせてやれよそれであきらめがつくならと考えるわけです。そもそも六本木ヒルズあたりはすでに事実上そうした実態にあるのではないか(笑)と思われるところ、そこで労働者の権利を少々取り上げるとか紛争の予測可能性を高めたところで外資がジャンジャン入ってくるとも思えませんし、ましてや交渉力の高い人が集まるとも思えないわけで。どうなんでしょうかね。ただ逆に言えばたとえば特区で過労死がジャンジャン出るとか言った困った話にもたぶんならなかろうとも思うので、なんだ規制緩和しても大丈夫じゃないか、だったら全国でもやれよ、という話になる可能性はあるわけですし、こういう試みを行うことで「外資系とかであらかじめ解雇の可能性ありと合意していたのであれば実際解雇されて紛争になった場合にも普通(何が?)の日本企業の場合に較べて労働者の勝ち目は薄くなるらしい」とかいうことが周知される効果もありそうで、厚労省がそれも歓迎しないというならまあどうにもならないというところでしょうか。