労働政策を考える(35)有期労働契約のルール

『賃金事情』誌に寄稿したエッセイを転載します。

 有期労働契約をめぐるルールのあり方については、一昨年10月以降労働政策審議会労働条件分科会で1年以上にわたって議論が行われていましたが、昨年末に報告がとりまとめられ、同審議会が厚生労働大臣に建議を行いました。
 この議論の内容はかなり幅広く、中でも主要な論点としては有期労働契約の締結を規制する「入口規制」、終了を規制する「出口規制」、および「処遇の改善」の3点がありました。いずれも労使の意見の隔たりが大きく、かつ業種・職種によっても事情が大きく異なることから、とりまとめは難航が予測される中での合意であり、関係者の努力に敬意を表したいと思います。
 内容をみると、まず入口規制については、有期労働契約の締結は合理的理由がある場合に限るべきとの意見もありましたが、締結可能な範囲をめぐる「紛争多発への懸念や、雇用機会の減少の懸念等を踏まえ、措置を講ずべきべきとの結論には至らなかった」とされました。長期雇用慣行が定着しているわが国では、業務量が減少した場合に人員数を調整することを念頭に「期間の定めのない契約では雇用できないが、有期契約であれば雇用できる」というケースが相当数あるものと思われるため、こうした理由での有期契約を禁止すると雇用機会が大幅に減少する懸念は強く、入口規制の見送りは妥当な結論といえそうです。
 出口規制に関しては、新たに通算「5年を超えて反復更新された場合には、労働者の申出により、期間の定めのない労働契約に転換する仕組みを導入することが適当」とされました。この場合、期間以外の労働条件は原則として従前同様とされています。また、期間の通算がキャンセルされるクーリング期間については、勤続が通算1年以上の場合は6ヶ月、1年未満の場合は通算期間の2分の1とされました。さらに、「有期契約労働があたかも無期労働契約と異ならない状態で存在している場合、又は労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されると期待することに合理性が認められる場合には、客観的に合理性を欠き社会通念上相当であると認められない雇止めについては、当該契約が更新されたものとして扱うものとした判例法理について…制定法化し、明確化を図ることが適当である」と、雇止め法理の法定化を求めています。
 これについては、前述のように人員数の適正化を意図している企業においては、雇止め法理への抵触を回避(雇止め可能性を担保)するために3年〜5年程度を上限に予防的に雇止めを行う企業がある一方で、更新時に契約内容を見直しながら5年を超える長期にわたって雇用する企業もあります。前者については大きな変化はないでしょうが、後者については勤続5年に達した時点で企業はその労働者を雇止めするか、定年まで雇用するかの選択を迫られることになります。定年までの雇用となると企業の負担も重く、5年を前にした雇止めが多発するだろうことは容易に想像できます。そのため、この規制が本当に有期契約労働者の雇用の安定につながるのかどうかの評価は難しいように思われ、報告でも5年「到達前の雇止めの抑制策については労使を含め十分に検討することが望まれる」とした上で、5年後にこの規制が現実化してから3年経過後に施行状況をフォローして必要な措置があれば講ずるとされています。
 もっとも、期間の定めのない契約への転換は形成権であり、その申出を行うかどうかは労働者の自由意思によります。したがって、労働者は申出をせずに有期労働契約を継続することも選択できます。期間の定めのない契約への転換にともない、勤務時間などの自由度が低下することも考えられ、現実には労働者自身の意思として有期を継続するケースが多くなるかもしれません。いっぽう、企業の側からこれを提示することまで認めると法改正を骨抜きにすることとなり問題でしょうが、なにもなく雇止めとなるよりは選択肢がある分だけ労働者にメリットがあるとの現実的な考え方もあるでしょう。このあたりは個別に労使で望ましい着地点を見出すことが望まれます。
 なお、雇止め法理については、通算期間の上限を設定すれば不要となるとの意見もあったようですが、現実には5年を超えても有期契約で働く人が出てくるとなると、これの法定化にも一定の意味はありそうです。
 処遇の改善については、「有期労働契約の内容である労働条件については、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、期間の定めを理由とする不合理なものと認められるものであってはならない」という形で織り込まれました。読み取りにくい記述ですが、期間の定めのみを理由とする合理性のない不利益取り扱いの禁止ということでしょうか。しかし、期間の定めの有無にかかわらず配置の変更の範囲等が異ならないというケースは仮にあってもきわめて稀であると思われます。有期労働契約の処遇を改善したいとの意図はよくわかるのですが、合理性の範囲を狭くとると企業の実務に甚大な混乱が予想されることもあり、この部分はその意思を読み取るにとどめ、効力は限られたものと考えるべきでしょう。
 全体的にみると、論点の多さに較べて小幅な法改正にとどまり、かなり現実的な内容となっているように思われます。厳しい雇用失業情勢が続く中にあっては制度変更が労働市場に与える影響が予測しにくく、とりわけ円高などの影響で雇用の海外流出が強く懸念される現状では、ちょっとした規制強化が大規模な雇用喪失のトリガーを引く危険性があることを十分に認識しておかなければなりません。そういう意味で今回の改正が小幅にとどまることは妥当であり、その運用にあたっても極力抑制的であることが求められるでしょう。
 いっぽうで、有期労働契約におけるキャリアの形成、能力の向上といった観点があまり感じられないことは非常に残念です。近年、いくつかの調査で同一勤務先での勤続が長くなるほど能力の向上、処遇の改善、あるいは正社員への転換などが起こりやすいという傾向が確認されています。有期労働契約であっても、スキルが向上し、より付加価値の高い仕事につけば雇用も安定し、処遇も改善するでしょう。そのためには勤続の長期化を促すことが重要になるわけですが、今回の通算勤続の上限を5年とするという改正は残念ながらそれに逆行する面を多分に含んでいます(もちろん、それによって期間の定めのない契約に転換した人は勤続の長期化が見込めますので、両面があります)。また、期間の定めを理由とした不利益取扱いの禁止は、合理性の範囲を狭くすればするほどに、企業は職務や配置の違いを明確化しようとするでしょう。その結果、有期労働契約が現状以上に低付加価値でスキルの伸びにくい、処遇の改善しにくい仕事に固定化してしまう懸念があります。
 一連の議論から感じられるのは、有期労働契約の問題点は有期労働契約のルールだけで解決できるものでもなさそうだ、ということです。より幅広く、労働市場や労働契約のあり方を多様化し、さまざまなキャリア形成や能力開発がはかられるような環境整備が求められているものと思われます。