「深刻化する雇用の二極化 「有期契約」長期化で埋めよ」鶴光太郎経済産業研究所上席研究員

続いて、5月11日に掲載された鶴光太郎先生の論考で、日経のつけた(と思しき)見出しは「処遇への配慮が重要 労働者にインセンティブ」です。

…残業減や一時休業で対応する企業の割合がかなり高く、労働時間による調整の度合いが大きかった…正規労働者の減少率は…前回より小さく、希望退職者の募集や解雇を行った企業の割合も前回を下回った。
 一方、…08年末から派遣労働者の削減や臨時・季節工、パートタイム労働者の再契約停止・解雇を行う企業の割合が急激に増加した。09年以降、非正規労働者の減少が明確になったが、そのかなりの割合が派遣労働者であった。
雇用調整助成金の対象拡大と支給要件緩和が大きく影響している。…文字通り「ケタ外れ」の額となっている。…これはあくまで緊急避難的措置であり、…「出口戦略」を視野に入れる必要がある。
…派遣など非正規労働者への政策対応については、セーフティーネットの充実という観点から、雇用保険の適用範囲が拡大され、訓練・生活支援給付が導入されたことは評価されるべきであろう。一方で、改正労働者派遣法案が今国会に提出されている。…特定の派遣形態を単に禁止することで、そこで働いていた人々の雇用の安定につながるかどうかについては有識者からこれまで様々な疑問が呈されてきた。派遣労働者がより幸福になるため本当に必要なことは何であろうか。
 こうした問題意識のもと、経済産業研究所…は09年1月から3回にわたり、『派遣労働者の生活と求職行動に関するアンケート調査』(…)を行った。特に、この調査では主観的幸福度に着目し、対象者に「普段どの程度幸福だと感じていますか」を0〜10の数値で答えてもらう質問も行っている。
…幸福度に対して、基本属性(性別、年齢、学歴、所得、資産、居住地)、家族環境(既婚・未婚、世帯人員、子供数)、雇用形態(派遣か否か、業種、契約期間、労働時間)、雇用形態の選択理由、過去の経験(労災など)を説明変数にした式を推計した。有意な結果を整理すると、やはり、所得や資産の少ない人は幸福度も低いことが分かった。しかし日雇い派遣や製造業派遣など特定形態の派遣を含め、派遣労働と幸福度に有意な関係は見いだせなかった。
 一方、雇用契約期間の短い人の幸福度は低い。また、…非自発的非正規雇用…の幸福度も低くなっている。…年齢や学歴は幸福度と有意な関係はなかったが、男性の方が幸福度は低く、未婚の人も低いという結果が得られた。したがって、派遣の中でも製造業派遣の幸福度が比較的低いことはその雇用形態というよりも、製造業派遣は単身世帯の未婚男性が多く、正社員を希望する割合も高いためと説明できる。
 この結果から分かるのは、第一に、当然のことながら「幸せはお金だけで決まるわけではない」ことだ。所得や資産以外に、雇用や家族の状況は幸福度に影響を与えうる。やはり、働くこと自体や、家族を持つことによる喜びや充実感も重要である。
 第二に、非正規雇用を特徴付ける(1)「雇用関係の軸」(直接雇用か派遣か)(2)「契約期間の軸」(有期か無期か)(3)「労働時間の軸」(フルタイムかパートか)のうち、幸福度の関連からいえば「契約期間の軸」が最も重要であることだ。雇用期間の長期化や正社員への希望実現を通じた雇用の安定が幸福度を高める可能性があることを考慮すると、今後の非正規雇用問題への政策対応としては、有期雇用の問題へと焦点を絞っていくべきである。
 その際、無期雇用の正規労働者と有期雇用の非正規労働者とが極端に二極化してしまっている現状において、その間をいかに埋めるか…具体的には、5〜10年の比較的長期間にわたる有期雇用契約の解禁による中間的な雇用形態の導入などが考えられる。勤務地・職種限定型など多様な「准正社員」制度の創出も検討されるべきだ。
 本稿では特に二極化の間を「連続的」に埋めるという視点から、有期雇用の雇用期間に応じた処遇の重要性を強調したい。企業の側からみた有期雇用活用のメリットはコスト削減や雇用調整の柔軟性確保である。しかし、その問題点は有期労働者に対して努力や能力向上のインセンティブ(誘因)をほとんど与えていないことである。その結果、企業の生産性が低下してしまえば有期雇用活用のメリットは小さくなってしまう。目先の利益を追うのではなく、コストは少々かかっても労働者に対するインセンティブに配慮することが、企業の長期的な利益拡大につながるはずだ。
 実際、スペインの製造業を対象とした最近の実証分析では、有期雇用の割合の高い企業ほど生産性は低いが、同時に、有期雇用から正社員への転換率が高い企業ほど生産性が高くなるという結果が出ている。インセンティブの重要性を如実に物語る結果だ。
 正社員への転換のほかに、有期雇用労働者のインセンティブや納得感を高めるもう一つの方法は、短いながらも期間に応じて年功的な賃金や退職金を用意することである。費やした金額の高低が問題ではない。有期雇用であっても能力を向上させながら期間を重ねて働き、組織に貢献することに対して、企業が責任を持って評価していると明示的に伝えるのが重要なのだ。
 契約期間終了後の雇い止めについては、一定条件のもとで無期雇用と同様にみなすような法的扱いを求めるケース(解雇権乱用法理の類推適用)もある。しかし前述のように雇用期間に比例して労働者を処遇する「期間比例原則」への配慮を進めるならば、過度な類推適用は避けるべきであろう。むしろ、雇い止めのトラブルは金銭で解決する新たな仕組みを導入することが、有期契約更新の判断をより柔軟にするという意味でも、労使双方にとって大きなメリットがある。期間比例原則への配慮と同時に、雇い止めに関する労使の認識ギャップの縮小を図ることが、有期雇用問題解決への突破口になることを期待したい。
(平成22年5月11日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=96959996889DE2E5E3E3E1E6EBE2E3E2E2E7E0E2E3E29997EAE2E2E2;b=20100511

全体としてたいへん妥当な提言のように思われます。非正規労働をめぐっては非常に多くの議論が行われてきていますが、実証研究の結果が出てくるにつれて、こうした方向性に収斂しつつあるようなのは好ましいと感じます。
そのうえでいくつかの感想を書きますと、まず現状の有期雇用の問題点として「有期労働者に対して努力や能力向上のインセンティブ(誘因)をほとんど与えていない」ことを指摘していて、それはそのとおりなのですが、能力向上のインセンティブは有期労働者だけではなく、企業の側にもあります。つまり、OJTなどで労働者に能力開発の投資を行い、それ以上のリターンが得られる場合には、企業にも能力向上のインセンティブがあるわけです。企業、有期労働者の双方がインセンティブを持てば、能力向上がより進みやすいだろうことは見やすい理屈です。
このとき、企業にしてみれば長期の勤続が見込めるほど多くの回収が期待できるわけで、逆にいえば1年、2年での雇止めが確実な有期労働者には能力向上投資のインセンティブは働きにくいでしょう。雇用期間の長期化はこの面からも要請されるわけです。スペインでの調査結果も、正社員登用を見込む従業員に対しては企業も能力向上投資を積極的に行う結果だと解釈できそうに思えます。
「短いながらも期間に応じて年功的な賃金や退職金を用意すること」も、能力向上を反映した形であれば十分可能でしょうし、現に実施している企業も数多くあります。世間では有期労働者の賃金は上がらないという思い込みがあるようで、もちろんなかなか上がりにくい有期労働者も相当数いますが、昇給している有期労働者も相当割合にのぼるはずです。「有期雇用であっても能力を向上させながら期間を重ねて働き、組織に貢献することに対して、企業が責任を持って評価していると明示的に伝えるのが重要」との指摘は実務実感ともまことによく一致しています。
ここで、重要なポイントがふたつありそうです。ひとつは、勤続が長くなるにつれて、あるいは勤続を延ばしていくためには、賃金は100%職務給ではなく、能力給、職能給的な考え方を取り入れていくことが必要だということです。実際、有期労働者の基幹化が進んだ大手スーパーでは、有期労働者にも正社員と同じ職能資格制度を適用しており、勤続も長くなっています。
もうひとつは、これは法律や行政指導などによって他律的に行われるべきではなく、各企業が自ら有期労働者の能力向上などに応じて適切に行うべきだということです。これは当然のことで、法律で決められているから昇給します、というのでは「企業が責任を持って評価していると明示的に伝える」ことにはなりえないからです。逆にこれを法定した場合、業務によっては昇給を免れるための雇止めが多発しかねないことにも留意が必要です。
雇止め時の金銭給付については、トラブルの金銭解決ではなく、勤続期間等に応じた一定の雇止め手当*1を給付することで雇止めを疑問の余地なく成立させるという法制度を導入することが「雇い止めに関する労使の認識ギャップの縮小を図ること」にかなうのではないでしょうか。さらに進めて、雇止め手当の給付自体を義務化して、その給付をもって雇止めが疑問の余地なく成立するとしてもいいかもしれません。

*1:たとえば、勤続月数×平均賃金の2.5日分、といった計算式が考えられます。これだと1年勤続で約1か月分、12年勤続すれば1年分になります。