労働政策研究会議

26日に開催された日本労使関係研究協会の労働政策研究会議に出席してまいりました。自由論題のペーパーはJIRRAのサイトに掲載されていますし、JIL雑誌の特集号も出るかと思いますので、詳細はそちらをごらんいただくとして、若干の感想など。
自由論題セッションは12本の報告が3会場を行われたのですが、どれも面白そうなものばかりで選択に迷い、結局3会場をうろうろと移動して4本聴講しました。

西村純「スウェーデンの労使関係−企業レベルの賃金交渉の分析から−」

スウェーデンにおける賃金決定の事例報告で、初めて聞く話も多く、たいへん面白い報告でした。
現在のスウェーデンでは産別協約で最低賃金、賃上げ率の下限、賃金の原則の三つが決められているそうです。最低賃金は高くなく、最重要なのは賃上げ率ということになりますが、この「賃金の原則」というのが面白く、機械金属産業組合(IF-Metall)では以下の5項目が協約されているとのこと。

(ア)賃金は、労働者個々人の能力によって差がつかなければならない。(イ)賃金は、仕事の責任や難しさ、および労働者のパフォーマンスを考慮して決定しなければならない。また、市場(Market forces)も賃金決定に影響を与えなければならない。
(ウ)難易度の高い仕事は、より多くの賃金を得なければならない。
(エ)全ての労働者は、どのようにすれば自分の賃金が上がるのかを知っていなければならない。
(オ)賃金が生産性や競争力の上昇を促すようにするために、賃金制度(Internal wage system)は、労働者に能力の向上を促すような制度でなければならない。
(カ)賃金に差をつける際に差別的な要素があってはならない。そのような要素があった場合、賃金交渉を通じて是正されなければならない。

スウェーデンは職務給といわれますが、これは横断的職種別賃金という意味においてのようで、実際の賃金決定にあたっては能力要素が相当に考慮されると、少なくともこの「原則」からは読み取れます。また、報告者も指摘したように、これは「企業内の内部労働市場を成熟させるとともに、賃金の個別化を進めていくことに、労使が合意していると解釈することができる」わけで、巷間スウェーデンは解雇が行われやすく企業間の労働移動が活発であるとされているわけですが、少なくとも産別の当事者においては内部労働市場の成熟が意図されているわけです。
ただ、個別労使レベルでこの原則が貫徹されているかというとそんなことは全然ないようで、ここではボルボの例が紹介されていて、査定によって0%から10%の幅がつくことになってはいるものの、絶対評価でほとんどの人が最高点(10%)を受けるそうです。ちなみに組合員からは「この制度を理解するのは、いたって簡単だよ。普通に仕事すれば、10%になる(Everybody just do their job, and then you have 10%.)」という発言もあったそうで。報告者のいうように「査定は、労働者の賃金を集団的に上げるものとなっているようである。」ということのようです。
また、他のショップでは評価点と昇給額がリンクしておらず、労使の交渉事項となっていて、「Department毎に予算が配られ、その予算の範囲内でスーパーバイザーと評価グループの間で交渉によって決まっている。」とのことです。そしてその交渉はといえば、当事者の説明がそのまま紹介されたのですが、「Mr.Aの賃金は30,000クローナとする。Mr.Bの賃金は25,000クローナとする。彼らのポイントは、Aが50ポイント、Bが100ポイントとしよう。彼らの賃金を見るとAの方が多いので、Bに全てあげるんだ。なぜなら、Aの賃金はBよりも高い、だから、追加の賃上げを行う必要が無いんだ。彼らの二人の賃金を近づけなければならないからね(you have to some equalize those two.)」ということなのだそうで、まことに平等主義的です。私たちの常識では査定は差をつけるためのものですが、スウェーデンでは格差を縮小するツールになっているというのが面白いところです。また、産別の掲げる「能力によって差がつかなければならない」とか「仕事の責任や難しさ、および労働者のパフォーマンスを考慮して決定しなければならない」とかいった原則もほとんど無視されているのも面白いところです。
別のより小規模な企業の事例も紹介されているのですが、これはまあグダグダの一語に尽きる(失礼)ような賃金決定をしていて、本来査定で決まるはずの賃金が交渉によって上積み(特に低下の拒絶)され、制度上の賃金を実際の賃金が上回っているばかりか、各年の賃上げも結局は産別の基準で一律に行われているのでどんどん制度と実態が乖離しているという状況のようです。当然ながら経営上なぜこのていたらくが容認されているのかというのが疑問なわけで、当日も質問が出ましたが、あまり明確ではないようです。まあ、普通に想像すれば、それでもかまわない程度の水準に抑制されているから、ということなのでしょう。平等重視の価値観が強く、再分配が強力でユニバーサルサービスが広汎に提供されているスウェーデンのような社会では、労働者の賃金水準に対する関心が低下するのかもしれません。それでどうやってモチベーションを確保しているのかが不思議ですが、普通に働きさえすれば最高点となる査定においても、少数の例外的な低評価者はいるようなので、そうならないように一生懸命働く、という動機づけなのでしょうか。多くの労働者が昇進昇格にモチベーションを持たない社会というのは、ある意味人事管理がやりやすい部分があるのかもしれません。
私の想像はさておき、スウェーデンではたしかに結果的には産別交渉にもとづく一律の賃上げが行われているものの、それは産別の統制が行き届いているからそうなっているわけではなく、むしろ個別労組が自由に行動した結果そうなっているというところを興味深く聞きました。

成田史子「企業組織再編における労働関係の移転−ドイツ組織再編法および民法典613a条における労働関係移転の検討」

わが国でも、平成12年に労働関係承継法など所要の法整備が行われ、会社分割の場合には労働関係が原則として包括的に承継されることとされましたが、ドイツではかなり先行して類似の法整備が行われていたことが紹介されました。
もともとドイツでは事業譲渡の際の労働関係の自動的移動には否定的な見解が多かったところ、域内法制度の接近を求めるEC指令を契機に包括承継の法整備が行われたとのことです。そのため、会社分割だけでなく事業譲渡も包括的承継の対象とされており、承継に不服な労働者は異議申し立てができることとされています。ただし、現実には意義を申し立てて元の企業に残ったとしてもそこで解雇されないという保障はなく、現に解雇されることも多いため、異議申し立ては多くないというのが実態のようです。
わが国では営業譲渡の場合には会社分割のような包括的承継の規定がなく、現に一部しか承継されないという実態もあって労働界などで問題視されています。ドイツ同様に営業譲渡にも包括的承継を定めるべきとの所論もありますが、彼我に労働市場や労使関係の実態の相違があることから、報告者はわが国で同様の法制化を行うことには懐疑的な見解を示しました。これには聴講者から異論も出ましたが、あるいは報告者は包括承継そのものに懐疑的なのかもしれません。
わが国では実態として営業譲渡が行われるのは当該営業の成績が振るわない場合が多いと思われますので、結局のところ人員整理が不可避であるとすれば、包括承継したその後に譲渡先がやるのか、あるいはその前に譲渡元がやるのかという問題になりそうで、どちらがいいのかは議論が分かれそうです。まあ、自分で人員整理をしなければならないなら要らないよという譲渡先も多いでしょうから、譲渡元の責任でやるのがいいのかもしれません。だとすると人員整理してから包括承継でもいいということになりますが。

田中秀樹「技術部門における仕事管理−戦略的人的資産管理の視点を踏まえて−」

どうもこの手の米国ビジネススクール発の議論というのが不得手で、戦略的人的資源管理(SHRM)というのも観念的で私にはいまひとつピンとこない概念なので、勉強になろうかということで聴講してみました。ここではSHRMと中村圭介・石田光男(2005)『ホワイトカラーの仕事と成果−人事管理のフロンティア』で提示された「仕事管理」の概念の類似性に着目して、経営戦略をふまえた仕事管理が行われている事例が報告されています。
具体的には、全社戦略を受けて部門目標が設定され、部門目標を受けて部署目標…と最終的に個人の目標を設定するMBOで、目標は基本的にプロセス改善で記述され、部門のパフォーマンス評価はやや大局的だが、個人の評価は厳密な数値化を指向している、といったもので、社名は明らかにされていませんでしたがたぶんオムロンじゃないかなあこれ(外れだったら御容赦を)。特徴的なのはたぶんMBOの制度設計や運用が部門ごとに異なっていて、たぶん営業部門のそれは技術部門のそれとは違うところなのではないかと推測します(推測なのは明確な言及がなかったから)。

金明中「経済のグローバル化が日韓の労働者にもたらす影響の総合的研究−若年層の貧困や格差の拡大を中心に−」

広汎な日韓比較の報告で、韓国でもわが国と同様、1997年のアジア経済危機・IMF管理下から労働力の非正規化が進み、2008年3月時点で35.3%となっているそうです。女性・若年層・高年齢層・低学歴者を中心に増加していることも同様のようです。ただし韓国ではパートタイマーの割合が低く、一般臨時色と期間制雇用に非正規の7割が集中しているとのことです。
いっぽう家族の面をみても、韓国でもわが国同様晩婚化、少子化が進展しており、離婚率も上昇しているようです。非正規ほど結婚しにくいことも同様です。
格差をみても、やはり韓国でも傾向的に格差の拡大がみられるそうですが、当初所得の格差は日本ほど大きくなく(再分配後は同程度)、したがって再分配も日本ほど大きくはないようです。
あと、面白かったのは韓国で親からの経済的援助を受けたり親を刑事的に援助したりしている人の割合の変化をまとめた表で、2000年から2007年にかけて韓国では親子間の経済的援助が拡大しているという結果になっています。その理由は慶弔が多く、特に同居の親の葬儀費用を子が負担するケースが多いようです。
ほかにもさまざまなデータの比較が提示され、興味深いものもありましたが省略させていただいて、最後に聴講者(東大の荒木先生ですが)から韓国で2007年に施行された非正規職員保護法の影響について質問があり、小幅ではあるが非正規比率が低下しているとの回答がありました。昨年、この法律で無期化移行の期間とされる2年間が経過し、その前後の状況が注目されたわけですが、いまのところ雇止めされた人も多いが無期化した人も多く、それらと同程度に有期雇用を継続している人も多いという混沌とした状況であると伝えられています。このあたりの正しい実態が整理されることを期待したいところです。それはわが国での非正規労働政策の参考となるでしょう。というか、そのあたりの情報があるかなあと期待して聴講したのでその点は少し期待はずれだったというか。
さて午後にはパネルディスカッションが行われたのですが、だいぶ長くなってきましたのでこれは明日に回します(笑)。