野川先生の名言

ちょっと書いてる時間が乏しいので労働政策研究会議はお休みして、昨夜ツイッターを眺めていて発見した野川忍先生のつぶやきをご紹介したいと思います。

theophil21 野川 忍
(1)労使関係の未熟さを批判する折に、どうしても労働組合に対して厳しくならざるを得ないのは、日本の労組、特に中央団体に、使用者側とサシで勝負して労働条件の改善やブラック企業の排除を勝ち取ろうという姿勢が希薄で、ことあるごとに政府の力を借りようという態度が目に余るためである。
6月20日
http://twitter.com/#!/theophil21/status/82656375355871233

theophil21 野川 忍
(2)たとえば、派遣労働者が酷い目に合わされている現状につき、なぜ、経団連ビルに行って「違法派遣先を放置するな!」とデモを繰り広げないのか。労組中央団体の名において派遣先企業を徹底糾弾しないのか。なぜ、厚労省に行って「お代官様、お助け下さい」というような態度をとるのか。
6月20日
http://twitter.com/#!/theophil21/status/82658162838220800

(1)については概ね名言、ほぼ全力で同意するところです。もちろん助成金を出せとか言った話は政府に働きかけることになるわけですが、労働条件の改善は基本的に団体交渉によって実現するのが労働運動の基本ではないかと思います。
そこで「概ね」だの「ほぼ」だのと歯切れが悪いのは「ブラック企業の排除」が入っていて、それは相当部分労働基準監督署=政府の仕事ではないかと思うからです。まあ法違反はしていないけれどブラックだという企業(ノルマが厳しいとか妙に体育会系とか)もあるかもしれませんが、法違反がある場合はそれこそ政府が直接的に介入できるわけで、なにも組合作って交渉して勝ち取らなければいけないというものでもないでしょう(もちろん労使自治で是正がはかられることはたいへん望ましいですが)。
(2)のほうでも、違法派遣先の指導監督取締は監督署なり職安なり政府の仕事であって中央労働団体であれ誰であれ「違法派遣先を放置するな」と言いたいのであれば筋の面でも実効性の面でもまずは経団連より厚労省に対してということになるでしょう。いや現実には経団連会館の前までデモ行進してシュプレヒコールを叫んでいる中央労働団体というのもなくはないわけで(連合ではありませんが)、もちろんやりたければ世間にご迷惑でない範囲でやればいいとは思いますが、それでなにか変わったかというとまあなにも変わっていないわけです。なおなぜ連合が門前で叫ばないかと言うと言うまでもなく会議室できちんと話ができるからであり、実際に対話も行われている中では賃上げに限らずコンプライアンスの話などもされているのではないかとは容易に想像できるところです。こちらもそれでどれだけ変わるのかという問題はありそうですが、まあ門前で叫ぶよりは多少は実効性があるかもしれません。
いっぽう、労働条件の改善についていえば、これは野川先生ご指摘のとおり政府に向かって「最低賃金を上げてください」「定年を65歳にしてください」などと頼みにいく話ではなく、団体交渉で正々堂々と勝ち取るべきものであり、そもそもそれが労組の存在意義というものでしょう。
で、ドイツの労働者代表による経営参加や北欧型のネオ・コーポラティズムにシンパシーのある(のではないかと思うのですが)野川先生としてはこうなるのかもしれませんが、しかしわが国の現実はといえば中央労働団体経団連に労働条件改善を要求して団体交渉を求めたところで経団連にはその当事者としての資格も能力もないわけで(まあ中央労働団体のほうも怪しいものだとは思いますがこらこらこら)、中央や産別が共闘の旗を振るとはしてもやはり当事者は単組レベルの個別労使ということになるでしょう。
個別労使で労働条件の改善にしっかり取り組み、成果をあげることがスタートで、成果が上がった労使が増えればそれが世間一般に拡大していくというのが正論であり、労働協約の拡張適用とか特定最低賃金(連合はこれをやるために企業内最賃協定の旗を振っていますね)とか、それをサポートする制度も設けられているわけです(まあ現状のこれらがいいかどうかには私は疑問を持っていますが)。制度がない分野でも、個別労使の取り組みの成果があがって、業界の相当部分が一定水準を達成したときに、産別なり中央労働団体なりが「業界の6〜7割(適切数字は分野によって異なります)がこの水準に達しているのですから、これを法定の基準にしてください」と政府に頼みにいくのであれば、これは野川先生に叱られることはないでしょう。
同じく、「中央労働団体の名において派遣先企業を徹底糾弾」するというのは、経団連の門前で叫ぶよりはあり得る話かもしれないと思いますが、これまた中央労働団体の人が派遣先企業の徹底糾弾にのこのこと出向いていったところで帰れという話になることは目に見えているわけで、まずは派遣先企業なり派遣労働者なりを組織化するところから始めるのが正論ではないかと思います(一人でも組織化すれば団交を要求できるという現行制度には疑問なしとはしませんが)。先ほどの法違反していないブラック企業についても、やはりその企業の労働者の代表が「社長、3ヶ月に1回くらいは達成できるくらいのノルマにしてくれないとみんな嫌になってかえって売れませんよ」とか「そんなに根性とか気合とかばかり言っていたら若い人が居つきませんよ」とか言ったことを話し合って解決していくことが望ましいわけで、中央労働団体には直接の介入よりは組織化支援が期待されるのではないかと思います。
ということで、労働条件の改善は労組が使用者側と交渉して勝ち取るものであって政府にお願いするものではない、という野川先生のご指摘には大賛成ですが、その方法はわが国においては中央団体交渉ではなく個別労使交渉の積み上げによることが望ましいというのが私の意見ということになります。野川先生はそれこそが「未熟さ」だと言っておられるのでしょうが。