有休100%消化を義務に

毎週月曜日に掲載される日経新聞の連載インタビュー記事「インタビュー領空侵犯」、今日はスウェーデンの大手家具メーカー(というか製造部門は別会社のようですが)、イケアの日本法人のペーテルソン社長が登場しています。お題は「有休100%消化を義務に 仕事はかけた時間より密度」です。

「…イケア・ジャパンは緊急時を除き残業を禁止しています。労働効率を考えれば、8時間以上働くと疲れて仕事に集中できない。大切なのは労働時間の長さではなく、決められた時間の中でいかに生産性をあげるかです」
「…(有給休暇の)取得は当然で、100%消化しないこと自体がおかしい。…普段はよほどのことがない限り、午後6時に会社を出ます」
「…ワークライフバランスというとのんびりした印象を持つかもしれませんが、社員に要求する仕事のレベルは高い。限られた時間で成果を出す必要があるので、社員は結構きついと思いますよ。私たちは1人当たりの労働時間を伸ばして生産高を増やそうとは思わない。時間当たり生産性をあげて、自分の時間も楽しんでほしいのです」
「日本の皆さんが懸命に働いていることには敬意を払いますが、当社は幸い好業績を維持しています。目指す方向は間違っていないはずです」
(平成21年10月19日付日本経済新聞朝刊から)

まず事実関係を確認してみますと、イケア・ジャパンの平均残業時間は月間16時間という情報があります(http://www.vorkers.com/company.php?m_id=a0910000000Hhlw)。まあ、日当たりで1時間未満、休日出勤なら2日分は十分に「メリハリある働き方」の範囲内でしょう。
また、ここでは労働時間が短く、休日が多いかわりに仕事の密度は高いことが紹介されていますが、他の労働条件はどうかというと、とりあえず上記サイトの口コミなどを見るかぎり賃金は高くなく、一般社員はボーナスもなく(これは外資ではよくある話)、福利厚生もそれほど充実しているとはいえないようです。まあこの手の情報は話半分に受け止める必要はありますが、とりあえず労働条件を総合的にみれば「労働時間は短く、休日も多いが、賃金や福利厚生などはそれほどでもない」という、わが国においてはユニークな、特徴的なものを提示しているということになりそうです。これは賃金より労働時間を重視する労働者にとっては魅力的なものでしょうから、それで優秀な人材を集めることができているのなら採用戦略としては成功しているといえるでしょう。「目指す方向は間違っていない」と自信を持つのも当然でしょうし、高賃金は提示できないけれど労働時間の短さや柔軟性なら…という企業にとっては大いに参考となる事例でしょう。
もちろん、すべての企業が同様のポリシーを採用しなければならないというものではありません。ペーテルソン氏も「日本の皆さんが懸命に働いていることには敬意を払います」と述べているように、企業によっては「通常時は日常的に残業してもらいますが、その分賃金は高く、不況期にも残業削減で調整して雇用は保証しますし、能力も早期に伸ばします」という総合的労働条件を提示することがあってもいいわけです。そういう企業にはそれを望む人材が集まるでしょう。求める人材の数や質に応じて最適な労働条件パッケージを提示すればいいわけです。時間当たり生産性を上げて短時間で成果をあげてほしい(稼働時間の短縮は用役費などでばかにならないコストダウン効果があります)というのも、これはもちろん各企業に共通の願いでしょうが、「朝から夕方まで全力疾走ではかなわない、マイペースで働きたい」という人もいるでしょうから、そういう人も活用しようとするならそこはそれに応じた配慮も必要でしょう。このあたりは各企業の人材戦力如何ということになりそうです。
さて、いっぽうで年次有給休暇については、私はわが国でもそろそろ政策的に取得を促進すべき時期に来ているのではないかと思っています。もちろん、取得できない、取得しない人の事情も様々で、中には自分は働きたい、休みたくないという人もいるでしょう。こうした人にまで無理矢理に休ませることの是非については大きな議論があるところだと思いますが、ここではそれは一応脇に置いて、有給休暇取得促進策について考えてみたいと思います。
そこで、職場の事情もとりあえず脇に置くと、わが国の年次有給休暇法制は取得促進にあたっては不利な形になっています。わが国では使用者は年次有給休暇は付与すれば足り、取得は労働者の申出によって時季を決定することとされています。これだと、労働者が申し出ない限り取得が進みません。労働者が自由に時季指定して100%取得するのは理想かもしれませんが、使用者サイドの負担も重く、いまのわが国(というか、諸外国でも)ではあまり現実的ではないでしょう。
そこで、諸外国に例があるように、年次有給休暇の完全取得を義務付けると同時に、時季指定権を使用者に移すのが効果的な方法ではないかと思います。いま、5日を超える分については労使協定で計画的付与が可能となっていますが、労使協定を要しないかわりに取得させることを使用者の義務にするわけです。もちろん、すべてを使用者の指定にするのは労働者にとって不自由なので、現行の労使協定方式と同様、労働者が時季指定できる部分を残す必要はあります。わが国の現状を考えれば、時効にかかって消滅する年次有給休暇繰越分を対象に、一定日数(現行の5日くらいが適当でしょうか)を上回る分について使用者に取得させる義務を負わせ、時季指定権を与えるのが現実的ではないかと思います。細部の制度設計はいろいろ課題がありそうですが、時季指定は原則として年初に一括して行い、一定期間前の予告によって変更できるという運用でしょうか。
また、労働者が時季指定する分で取得できなかったものについては、企業に買い上げを義務づけることも考えていいかもしれません。わが国では「休暇は休むのが本来」ということで、特に買い取りの予約は禁止されているわけですが、年5日が上限でそれを超える分は休むことが担保されるとなれば、事前の買い取り予定を認めてもいいのではないでしょうか。米国会計基準では有給休暇引当金の計上が求められているくらいですし。まあ、わが国では所得選考の高い労働者が多そうなので、買い取りの選択が増えそうではありますが…。
当然ながらこれはコストアップ要因には違いありませんので、経団連あたりは反対するでしょう。ただ、すでに年8日くらいは取得できているので、追加的な取得はやはり8日くらいだと思われます。週休日が年104日、国民の祝日が15日(+α)、すでに取得されている年次有休休暇が8日とすれば、労働日数は平年で238日となります。プラス8日の休暇取得は3〜4%に相当し、これはかなりのコストアップではありますが、しかし総額人件費の観点からは当面は賞与の抑制などで対応し、数年間くらいかけてベースアップの抑制で吸収するなど、総合的な労働条件の中で調整することは可能でしょう。
こうすることで、本当に「忙しすぎるから」「人手不足だから」という理由で年次有給休暇の取得が進まない職場については、企業の対応が進むことでしょう。もちろん、個人の賃金を減らさずに休日が増えればそれにこしたことはないわけで、そのためには生産性の向上を促す必要があります。わが国の労働政策でよく行われているように、まずは企業に努力義務を課し、労使で生産性の向上を通じて年次有休休暇の取得を増やす努力に取り組むことを促すのも有効な方法かもしれません。このあたりは政・公労使で議論して知恵を出していくことを期待したいものです。これなら経団連も乗り目のない話ではないでしょう。生産性を上げ、人件費を増やさずに休暇を増やすことができれば、従業員の意欲や効率が高まり、企業の成長にも資することが期待できるはずだからです。