報告/市村英彦先生、深尾京司先生、戸堂康之先生

続いてRIETIのファカルティフェローを務められている3先生による研究報告がありました。

報告1「包括的高齢者パネルデータの必要性:労働政策の実証による評価を例として」/市村英彦東京大学大学院経済学研究科教授

最初に世界的に高名な計量経済学者である市村英彦先生が登場されて、米国のHRSにならい、欧州のSHEREとの比較可能性にも配慮した高齢者パネル調査である「JSTAR」のご紹介がありました。わが国の社会保障政策について「学部生の卒論程度の中身で社会保障政策を行って」おり、「あまりにもお粗末」と酷評され、政策決定にあたっては社会の「平均的」な姿ではなく、時間とともに変化する多様性を反映させた分析が重要であるので、その分析に資するパネルデータの作成と他のデータとのリンク、それをもとにした専門家グループによる分析が必要であると主張されました。また、できるだけ開かれた形でデータを共有しながら広く多数の人が参加した議論が重要と指摘されました。
さてしょうもない感想ですが市村先生、尋常でなく知的オーラ出まくりですごいです。その後のパネルでは私なんかまさに「学部生の卒論程度の中身で」労働政策を論じていたわけでありまして、パネルの間を通じて勝手にプレッシャーを受けておりました(笑)

報告2「日本の労働と生産性、経済成長」/深尾京司一橋大学経済研究所教授

RIETIが作成しているJIPデータベースを利用したわが国の経済成長に関する分析が紹介されました。

  • 日本では1990年以降、1975‐1990年比で人口一人当たり実質GDP成長率が3%弱低下。
  • 日本の成長率低下の要因は実質為替レートの円安化と人口一人当たり労働時間の下落で、さらにその要因は景気悪化にともなう女性の労働力率低下と男性の団塊世代の労働力からの退出。パートタイム労働の増加も影響。
  • 労働の質向上はもっぱらフルタイムで起こり、パートタイムでは起きていない。全要素生産性の上昇の大部分は企業内で起きている。
  • 全要素生産性の伸び悩みは、日本では特にサービス産業でIT投資が欧米により格段に低迷しているのも一因ではないか。

たいへん面白い内容でしたが、とりわけ興味深かったのは報告の中で紹介された「川口大司・神林龍・金榮愨・権赫旭・清水谷諭・深尾京司・牧野達治・横山泉「年功賃金は生産性と乖離しているか─工業統計調査・賃金構造基本調査個票データによる実証分析─」一橋大学経済研究所編『経済研究』第58巻1号、pp.61‐90、2007年1月、によれば、正規労働者・パート労働者間の生産性格差は、賃金率格差よりも大きい。企業は、雇用の柔軟性を手に入れるためプレミアムを払っている可能性が高い。」という調査結果で、まことに不勉強にしてこの論文は知りませんでした。世間では往々にして「非正規労働は本来雇用が不安定な分のプレミアムが乗って賃金が高くなるはずなのに、現実はそうなっていない」という言われ方をするわけですが、この研究とはそれとは逆の「正規とパートの間では現実もそうなっている」という結論が得られているということのようで、これはさっそく勉強してみなければ。「経済研究」はどこにあるのか、鶴舞か丸の内に行かないといけないか…。

報告3「経済のグローバル化と国内雇用」/戸堂康之東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学専攻准教授

戸堂先生かっこいいです(笑)。報告のほうは、まずは日本経済がいかにダメかが述べられ、続いて日本の経済・雇用・就労がグローバル化していないことを示し、さらに企業のグローバル化が生産性を拡大するという戸堂先生自身のものも含む先行研究を紹介します。続けて、グローバル化は少なくとも長期的には必ずしも雇用を悪化させないが、ただし労働需要が高度人材にシフトするという、やはり戸堂先生自身のものも含む先行研究が紹介されます。ということで、含意は「雇用への悪影響を恐れず、人材の高度化を進めつつ大胆なグローバル化を進めるべき」ということであり、実際日本には生産性が高いのにグローバル展開していない企業が1,200社もあるので、これらがグローバルに打って出れば成長の可能性は十分、とのことでした。
感想としてはまあそうなんだろうなと思うわけですが、グローバル化が雇用を悪化させない、といわれても実感にあわない人というのもたくさんいるわけで、実際「長期的には悪化させない」にしても、足元で悪化したらとりあえず俺たちは困るんだ、ということになるでしょうし、さらにそうした人たちの多くは「グローバル化しないからダメなんだ」と言われても困ってしまうだろうことも容易に想像できるわけでして…。まあ、それはまた別の政策の枠組みの中で解決すればいい話なので、関係ないといえば関係ないのでしょうが…。