スウェーデン・モデルの限界

6月15日のエントリで取り上げた連合総研の機関誌「DIO」6月1日号に、連合総研の「第3回雇用ニューディール研究委員会」のレポートが掲載されており、北海道大学大学院法学研究科教授の宮本太郎氏によるスウェーデンの雇用失業情勢に関する報告の要旨が掲載されています。非常に興味深い内容ですので、備忘的に転記しておきます。

(1)スウェーデンの今次不況の特色と政府の対策

 スウェーデンの大手銀行はバルト諸国に大きな投資をして稼いできましたが、バルト諸国は金融危機の影響で大きなマイナス成長に落ち込み、その影響もあって、スウェーデン経済は3月の企業倒産が前年同月比で85%増です。完全に外需依存で、貿易収支の黒字幅は大幅に縮減し、ボルボ・サーブも相当厳しく、ボルボのトラック部門では大規模な人員削減が進んでいます。失業率は今8.3%まで上昇しています。恐らく2010年中には10%を超えるだろうと言われています。
 政府の経済危機対策パッケージは、一つは政策金利の大幅引き下げ、二つには財政出動です。去る12月23日に第1弾の財政による景気刺激策が行われ、第2弾が1月22日の刺激策です。さらに第3弾として4月15日に春予算制度による財政拡大策が打ち出されています。その財政規模は、2009年度分だけで450億クローナ、名目GDPの1.4%程度です。ヨーロッパでは相当大きな規模です。その歳出内容は、労働市場政策、なかんずく訓練プログラム重視の政策が再び取られています。2006年の社民党から保守への政権交代では、保守党が社民党社会保障モデルを全面的に取り入れました。今回の対策も労働市場政策で25万人規模の対策を打ち出しています。もう一つの対策は公共事業増政策で、「修繕・改築・増築」に対して減免税手続きの発動による公共事業喚起策です。ただ日本と違い、既存施設の維持管理が公共事業に直結していくシステムが制度として作られています。
 もう一つの対策は、日本ではワークシェアリングとして紹介されていますが、経済危機を乗り越えるための労使協約を3月2日にIF Metal(製造業労組合体の金属労組)とそれに対応する雇用主団体との間で締結しています。その内容は、労使協約を締結して協約賃金および手当を2割まで引き下げる(労働時間削減)ことを認めたもので、その削減された時間数に対応して職業訓練を企業内、また地元の公的職業訓練と連携して行うよう努めるとした労使プログラムです。3月2日以降で既に150くらいの協約が結ばれています。
 スウェーデンでも有期雇用が拡大しています。ある程度の労働時間を満たせば社会保険等、基本的には正社員と同じ条件を得ることができますが、今回の不況のなかでやはり真っ先に雇用削減に直面しています。
 もう一つ注目すべきは、現業中心のLO組織が派遣協約を締結していることです。これは派遣会社における労使協約で、派遣先の企業の労使協約が派遣労働者に適用されることを義務付けた協約であり、一つは派遣労働者の生活擁護、二つには労働ダンピング回避が目的になっています。

(2)スウェーデン・モデルの機能不全の発生

 スウェーデンの今回の雇用危機は必ずしも経済危機だけによるのでなく、従来のスウェーデン・モデルが機能不全に陥っていることが根本要因にあります。それは、従来のスウェーデンの雇用レジームであるレーン・メイドナー・モデルが限界に直面していることです。縦軸に生産性および賃金をとり、横軸に企業や部門をとると、企業や部門間の生産性較差により賃金水準に差が生じる産業構造が示されます。この生産性較差に対して、賃金格差縮小の連帯的賃金政策が取られ、生産性の低い部門には意図的に生産性を上回る賃金を設定して産業縮小プレッシャーを加え、他方、生産性の高い部門には連帯賃金で生産性を下回る賃金を設定して、生産性の高い部門の雇用・成長を促します。そして、高生産性部門の利益余剰に対して雇用主に負担金を課し、それを社会保障策に活用する社会的契約がその趣旨です。しかし最近では高生産性の成長センターが雇用を吸収せず機能不全に落ち込んでいます。一方で地方には失業者が潜在的に滞留して社会保障をあてにしている深刻な問題を生んでいます。
 この完全雇用を実現できない現状は、雇用を前提としたスウェーデン社会保障制度についても機能不全をもたらします。労働市場外の人たちに対する最低保障はありますが、労働市場内との間には保障水準が違い、市場外の人にはペナルティー的機能を与えています。年金を別にして社会保険の保険料は雇用主負担が中心です。所得比例型社会保障給付は就労とそのパフォーマンスに対する報償という意味合いで成立していました。ところが完全雇用が揺らぎ、失業など労働市場外にある人々に対する各種の社会保障プログラムの受給者が労働者の2割を上回り、この制度の持続可能性に問題が生じているのです。
 2006年の選挙で保守党が勝利したのは、この労働市場外にいる2割、50万人に就業を与えることを呼びかけたことが大きく影響したといわれています。保守党は「ニューレーバー」を自ら標榜して、ワークフェア政策を掲げたのです。
 スウェーデン保守政権の就労支援策は、就労第一原則(work first principle)を掲げ、アクティベーション重視です。その雇用対策の一つの柱は、失業者を雇用する企業への給与税32%免除です。また、スウェーデンの失業保険制度は労働組合が失業保険事業を管理運営しているゲント制ですが、保守政権は、この失業保険の労働組合管理に対して雇用主負担の保険料を引き下げ、給付上限要件を厳格化してじわじわと空洞化を図ってきています。また、疾病保険では病気やけがで就労できない人たちに対する所得保障、この受給者が相当な割合に達していますが、これに対してワークファースト的な制度改革を行っています。雇用主にはその稼働能力の低下に見合って仕事を探すことを義務付けています。
 最後に、スウェーデンは失業率全体に対して若年失業率は4倍になっています。これはスウェーデンの若者が高等教育に入るタイミングが非常に遅いことが影響しています。また高等教育の期間が長く、これらには高等教育が無償であり、また若年者の就労・就学への生活保障を行う下支え基盤があることも、この高い失業率に影響を与えています。
http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio239.pdf

宮本先生はかねてから北欧システムをレコメンドしておられましたが、その状況が悪化していることをも率直に紹介される誠実な姿勢には好感が持てます。というか、そのくらいスウェーデンの状況がよくないのでしょう。
一部の論者が強く推奨する北欧やオランダの成功例について、このブログでは以前からその相当部分は実は好況のなせるわざではないのか、景気後退期のパフォーマンスを確認してからでなければ評価は難しいのではないか、と疑問を呈してきましたが(たとえばhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090127#p2)、とりあえずスウェーデンでは景気後退の影響は否定できないようです。
まあ、手厚い失業保障ゆえに失業率が10%を超えても大きな社会不安は招かないのでしょうし、ワークフェアアクティベーション重視の雇用政策には参考になる部分も多いとは思います。いっぽうで、すでに国民負担が非常に高い中で、さらに福祉的政策を強化する余地も大きくはないでしょうから、さらに景気が悪化すると雇用・福祉のシステム全体が危なくなる危険性もありそうです。そこに至る前に、なんとか景気悪化は止まってくれそうなので、うまく切り抜けられそうではありますが。