金融経済の専門家、雇用回復策を語る

ベストセラー作家の村上龍氏が編集長を務めるメールマガジン「JMM」の本日配信号で、雇用問題が取り上げられていました。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer570.html
お題はこんなシンプルなものです。

 ■Q:1027

 7月の完全失業率は過去最悪の5.7%でした。雇用を回復させるためには何が必要なのでしょうか。

ダイレクトな設問ですが、寄稿者たちの回答をみていきましょう。
最初に登場するのは真壁昭夫信州大学経済学部教授ですが、実は各回答者の回答内容は非常に類似・共通した部分が多くなっています。真壁氏の回答はその最大公約数的なものですので、長めに紹介します。

…今回の過剰人員の背景には、米国の家計部門での消費力の下落という、構造的な問題が潜んでいます。そのため、政府の対策で一時的に需要が回復しても、その効果が薄れてしまうと、再度、需要が落ち込む可能性も払拭することが難しい状況です。企業経営者としては、簡単に従業員を増やすことができないのは当然といえるでしょう。
 そうした状況を勘案して、雇用を改善させるための方策を考えます。先ず、一つは、今、政府が行っているような景気対策や、雇用調整金などを支給することで、企業が雇用を続けることを直接支援する方法が考えられます。ただし、国の財政状況を考えると、そうした政策を長く続けることはできません。一時的な対症療法でしかないということです。
 二つ目は、景気を回復させることです。景気が回復すれば、少しずつ、家計の可処分所得が増加するはずです。家計部門の可処分所得が増えれば、消費に回るお金も増えますから、徐々に消費が回復して、企業が新規に人員を雇用する可能性も高まります。
 ただ、わが国は、既に人口減少局面を迎えており、少子高齢化も世界最速のスピードで進んでいますから、国内の需要を増やすことはそう簡単なことではないはずです。…
 国内の需要を増やすことが難しいのであれば、需要の拡大を海外に向けることが選択肢になります。世界全体の人口は増加を続けていますから、購買意欲に合致した商品を、購買力に見合った価格で提供することができれば、需要を見つけ出すことができるはずです。…特に、わが国は、成長可能性の高いアジア諸国と物理的に近いこともあり、アジア諸国が必要とする製品を上手く掴むことが出来れば、相応の需要を見つけることはできるでしょう。
 ただし、そうした新しい需要に目を向けているのは、わが国企業ばかりではありません。国際競争…の中で生き残るためには、他の企業にはない技術力や、製品開発能力が必要になります。わが国企業が、そうした能力を発揮できれば、国内の雇用状況は改善に向かうと思います。

要約すれば、

  • 景気対策雇用調整助成金などは、必要ではあるとしても効果には限界がある。
  • 景気回復が最大かつ効果的な雇用対策である。
  • 景気回復には需要の増加が必要だが、国内での需要増は多くは見込めず、外需の拡大が期待される。
  • 内外の需要拡大にはイノベーションがきわめて重要である。

というところでしょうか。まことに納得のいく主張であり、これがおおむね民間エコノミストの一般的論調に近いのでしょう。
次は中島精也伊藤忠商事金融部門チーフエコノミストです。

…失業率上昇の最大の理由は需給ギャップの拡大です。大幅な需給ギャップが存在する限り、企業は過剰雇用を減らそうとしますので、雇用は回復しません。よって、需要を刺激して需給ギャップを解消することが、雇用回復のために不可欠なことです。…
…日本は輸出依存型の経済構造になってしまっているので、世界経済が回復しない限り、景気回復、ひいては雇用の回復もないというのが実際のところでしょう。残念ながら、…政府の財政刺激策は需要の誘発効果が小さいのです。
…短期的にはなかなか能動的に雇用を回復させることは難しい状況です
が、そういう時でも長期的な雇用拡大の施策は着実に実行していくべきです。1つは規制緩和を実施することで新規ビジネス、特に医療、保健、介護などのサービス分野の雇用拡大を図ることです。第2は技術革新を推進することで新産業を創造して雇用を根っこから増やしていくことを志向すべきです。その目的のために研究開発費、高等教育費などに予算を優先的に配分することが重要です。第3にグローバル化への対応。21世紀の世界の成長センターとなるアジアとの経済関係を強化して、東アジア共同体など地域経済圏の拡大を実現することで、日本の成長を刺激することです。

ほぼ同じです。ただ、内需の部分で「規制緩和でサービス分野の雇用拡大」という話が出てきます。これもまあ、よく言われる話の部類でしょう。そういえばかなり以前(2001年)に島田晴雄先生が経済財政諮問会議の「サービス部門における雇用拡大を戦略とする経済の活性化に関する専門調査会」で530万人の雇用を創出するとかいうレポートを出しておられましたが、あれはどうなったのだろう(ここにありましたhttp://www.kantei.go.jp/jp/sangyoukouzou/dai1/pdfs/khokoku.pdf)。
さて次は評論家の水牛健太郎氏です。

…巨大な需給ギャップが残る中で、仕事そのものを増やすのは極めて難しい状況にあります。そうした中で雇用を回復させようとするならば、ワークシェアリングの推進が一つの方法でしょう。ただこれは、日本の雇用慣行、ひいては企業文化などの変革と表裏一体のものであり、息の長い取り組みが必要になります。いずれにしても、即効性は期待できません。
 本来労働需要がありながら、応募者がまだまだ少ない分野、例えば福祉サービス関連などについては、労働条件を改善するなどして応募者を増やし、不足を解消していく必要があるでしょう。早急な取り組みが必要な問題と言えます。
 ただ、結局大きな雇用の回復に結びつくような施策にはなりません。失業率そのものは、当面高止まりを覚悟せざるを得ないと思います。新政権としては、ある程度高い失業率を前提に、失業者の生活不安の解消に取り組む方が先決であり、また政治的効果も大きいと思います。

ということは、とりあえずお手上げということですか水牛先生。で、雇用回復とは直接の関係がない「不安の解消」についても、「給付の拡充など」と書かれているだけです。「社会的な安心感の保証は、民主党が是非とも取り組むべきテーマであることに、間違いはないと思います。」と言われるわけですが、具体論も少しは述べていただかないと…ま、政府が考えろ、ということかもしれませんが…。
続いては菊地正俊メリルリンチ日本証券ストラテジストです。

 雇用は労働需給で決まりますので、雇用を拡大させるためには、需要促進策と、労働供給の改善が必要だと思います。日本で産業として持続的に雇用需要が増えそうなのは、医療・福祉、サービスしかないでしょう。…製造業は…基本的に生産性向上や、工場の海外移転によって、雇用は減少傾向にあります。

 一方、労働の供給側としては、経済と企業活動のグローバル化によって、要素価格均等化の原則が働くようになってきています。いくら民主党最低賃金1000円を目指すといっても、同じ仕事を時給100円でこなすアジア人がいれば、生産性が低い国内労働者に1000円を払う企業はないでしょう。…
…雇用を増やすためには、世界の企業が雇用したいと思うような質の高い労働者を育成する必要があります。そのためには、国の教育改善、個々人での自己鍛錬が必要だと思います。この点で、民主党の高校教育の支援策は評価されますが、大学教育も強化してほしいものです。

サプライサイドについても言及しているのがこれまでの回答者と違うところですが、いかに「質の高い労働者」でも需要がなければ雇用されません。とすると、需要が出てくるまで賃金を下げるということになるのでしょうか。つまり「世界の企業が雇用したいと思うような質の高い、しかも賃金の高くない」労働者を育成する必要があるということになります。育成コストに見合うだけの賃金が確保できればいいのですが…。また、実際問題としては仕事がない以上は追加的な雇用は難しく、結局は質は同程度でより賃金の高い労働者を解雇して、より賃金の低い労働者を雇用して代替する、ということになります(まあ、ワークシェアリングで対応できる可能性もなくはないでしょうが…)。こうした人の入れ替えというのは意外とコストがかかりますので、代わって雇われる人の賃金も相当下がらざるを得ないかもしれません。なかなか、つらいところです。
逆に、需要が増えて供給不足になれば、質に見合う以上の賃金で雇われ、企業の負担で育成されることになる可能性は高いわけですから、やはり需要サイド施策のほうが効果的なように思われます。
続くのは経済評論家の津田栄氏です。

…今問題になっているのは、物価の下落です。7月の消費者物価は前年比2.2%低下と過去最大の下げ幅を記録しています。この背景には、そもそも所得が長期にわたって低迷して需要不足が慢性的になっていたところに急激な景気悪化で雇用が一段と悪化し、所得が減少して、需要をますます減少させてしまった面があると思われます。…この需要低迷が物価下落圧力となって続くならば、デフレ懸念が現実化し、企業収益の落ち込みを通じて雇用・所得のさらなる悪化、一段の消費の低迷という形で景気をさらに下押しするという、物価下落と景気後退が同時進行するデフレスパイラルに陥る可能性があります。…
…この悪化している雇用が回復するには、グローバル経済のもとで日本が外需依存型経済構造になっている現状では、海外需要が回復してくるのが一番いいのですが、そうしたことは期待しても期待通りにはいきません…
…日本の政策として雇用を回復させる方法があるかということになりますが、基本的には需要を回復させて生産増につなげることにより雇用増を図ること
かないと考えます。つまり、景気を回復させるしかないということです。…長期的視点に基づいた成長戦略による景気回復策あるいは新規雇用創出政策、そしてその着実な実行しかないように思います。
 もちろん、悪化していく雇用の現状を考えると、失業者に対する失業手当などのセーフティネットの拡充、自立に向けた職業訓練中途採用推進に向けた環境整備、あるいは将来的にワークシェアリング導入の試みなど、雇用不安の緩和を図ることが必要です。しかし、それだけでは、景気が回復するわけでも、雇用が増えるわけでもありません。
 やはり、成長戦略として規制を緩和・廃止して、ある程度の競争を促進し、新規参入や新規事業などにより市場を活性化することが必要なのではないかと考えます。例えば、よく言われますが、非効率なサービス産業を効率化し、新規参入を促して労働生産性を引き上げることや、多段階にわたる問屋や卸業が介在する流通業の効率化を図ることなどです。あるいは、医療・保健・介護のようなサービス事業、農業のほか漁業・林業などの一次産業に関連した事業、クリーンエネルギーなどの新規分野など、規制を緩和して、民間の活力を引き出すようにすべきではないかと考えます。そのためには、人材育成、技術革新、研究開発のための教育サービスの向上が必要であり、その分野においても規制緩和が求められましょう。(ただ、規制緩和をすればあとは自由だということではなく、市場における規律を求め、規制緩和による暴走を常時監視し、落ちこぼれる人たちのためのセーフティネットを整備すべきことは当然です。)

デフレについて触れているのがこの中では珍しかったので引用しました。あとはやはり雇用拡大策ということになっています。供給サイドについても触れていますが、たしかに需要が増えてきたときのことを考えれば供給サイドも改善されていたほうが再就職が円滑に進みやすいことは間違いなさそうです。そういう意味では供給サイド対策も必要でしょう。ただ、需要が出てこないと直接には改善につながらないところがつらいところではあるわけです。
次は北野一JPモルガン証券日本株ストラテジストです。これはなかなか異色の、強気の見通しを述べています。

 7月の失業率は過去最悪の5.7%になりましたが、すでに回復の兆しは表れていると思います。…そろそろ失業者数も減少する時間帯に入ってきたと思います。…
 仮に、回復が始まったとして、どこまで戻るかは、リーマンショック前の経済活動の水準が、バブル的に膨張したものだったのか、それとも、その後の落ち込みが逆バブル的に委縮し過ぎたものだったのかによります。後者ならば、雇用回復に必要なのは、我々が「正気に戻る」ことでしょうし、前者ならば、元の水準にはもう戻らないと考えた方がよいでしょう。私は、後者であると思います。
…雇用を「回復」させるのではなく、「拡大」させる施策としては、今回の民主党公約の目玉である「子育て支援」をあげることができると思います。「支援」などという言葉を使っているから、紛らわしいのですが、これは子の保護者が提供する「子育て」という「労務」に対し、国家が「報酬」を与える「雇用」であると解釈して良いのではないでしょうか。要するに、保護者が国家公務員になるということです。…
…社会が求める子を、親が労務を提供して育てる。その報酬として月2万6千円(もっと高くてもよいかもしれません)を支払う。親が国家公務員になり、子育てがGDP化されるのですから、これは究極の雇用拡大策であり、内需拡大策です。
 では、その報酬を誰が支払うのか、というか何処から取ってくるのか。これは、「普通の国」を目指すという1993年体制のもとで、優遇されてきた企業、金持ちから、まずは取り戻せば良いのではないかと思います。
…今週末のG20では、銀行員の給与に上限を設定することが議論されるようですが、所得に上限を課したいのなら、ある金額以上の所得税最高税率を100%にすれば良いのです。その意味では、この銀行員の給与上限策も、所得税の累進性の強化に結び付くのではないかと思います。
 結論ですが、循環的な意味で、雇用は回復すると考えております。一方で、「子育て支援」は、これまでGDPの外にあった子育てという家庭内労働に報酬を支払うことによる究極の雇用拡大策だと思います。

子育て支援、というか民主党子ども手当にどれだけの経済効果があるかについては諸説あるようですが、再分配ですからそれなりの効果はあるでしょう。もっとも、子育てする親に子ども手当を給付するから親は国家公務員であり、したがって雇用も増えるのだ、というロジックはややインチキくさい、というかインチキでしょうが、そこは「循環的に回復する」という落ちをつけているということでしょうか。それはそれとして、育児に外部経済があることは明らかなので政府が支援することはいいと思いますが、財源としては勤労所得課税税よりは資産課税・資産性所得課税のほうがいいと私は思います。
さて次は生命保険関連会社勤務の杉岡秋美氏です。

雇用調整助成金によって維持されている雇用を、余剰人員とみなすと、日本の製造業は余剰人員を大量にかかえた状況にあります。ただでさえ、雇用は景気の回復に対して遅行性がありますから、現在、景気が思惑とおり立ち上がりかけているとしても、今後の雇用回復のスピードは緩慢なものになるのはやむを得ないところです。
 現在、製造業の景況感は、中小企業も含めて、今年の1月、2月を底に著しく回復していることが観察されます。このままで行けば、早晩雇用にも改善の傾向が現れて来ると思われます。
 景気回復のなかで回復するであろう雇用数を、少しでも多くするのが政策課題だとすると、いくつか留意点があります。
 賃金はフレキシブルな方が良いでしょう。現在民主党が考えているよう様な最低賃金の引き上げは、限界的な生産者の雇用を海外にもって行くことになります。
 また、賃金上昇でサービス価格を中心に物価が上昇すると、低物価で維持されてていた、低所得層の生活レベルが破壊されるおそれがあります。例えば、ネットカフェ難民が雇用にありつけないまま、ネットカフェの利用料やマクドナルドのハンバーガーの値段が上がってしまうような事態が危惧されます。
…賃金をコントロールするのではなく、所得そのもの最低水準を何らかの方法(例えば、負の所得税や住宅費補助、公営住宅など)で保障してしまうほうが、市場価格メカニズムの効率性に対するダメージは少ないのではないでしょうか。
 また、日本の雇用の価値を高める方法としては、法人税を下げることも考えられます。内外の企業が日本と外国の工場立地を比較検討するとき、法人税が低い分だけ日本での立地が魅力的に見えるはずです。昨年から円高が進んだ分、海外生産が合理的ですが、法人税が低ければ企業経営者は気を変えるかもしれません。
職業訓練の拡充のような方向性は、市場に介入するというよりは、市場の変化に伴う摩擦を和らげ、企業の欲しがる人材を提供するという意味から望ましいものがあります。

強気なのか弱気なのかよくわからないのですが、「景気回復のなかで回復するであろう雇用数を、少しでも多くする」というスタンスは、雇用政策の検討にあたっては重要なものと申せましょう。また、さまざまな優遇策で産業を誘致する、という手法は雇用創出の有効な手段として古くから行われてきましたが、ここで改めて持ち出されてみると他の人が言わない分だけ目新しく?感じられるのは不思議です。
次はアカデミズムから土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授の登場です。

 雇用の回復は、当然ながら、我が国経済の景気回復、ひいては世界経済の景気回復がなければ実現しません。政策を講じて「回復させる」ことは、容易なことではなく、あくまでも補助的なものに過ぎないと考えるべきです。ただ、政策を講じて「回復させる」ために必要なことは、労働市場における「市場の失敗」を是正するという発想で臨むことです。目下の日本経済の情勢から見て、より具体的に言えば、労働需要側で生じている雇用慣行の変化に伴う労働の過少需要を是正するべく、企業の労働需要のインセンティブを高めることと、政府支出の変化が雇用に与える影響をきちんとぎんみすること、です。
民主党中心の政権が本格的に始動してから、企業側に不利になる政策が実行された場合、これは一見すると雇用とは無関係な政策に見えるかもしれませんが、当然ながら、企業の費用が増大したり利益が減少したりすることにつながれば、雇用に対しては悪影響が大なり小なり及ぶことになります。まだ正確にはわかりませんが、可能性があるものとしては、租税特別措置の廃止縮小や公開会社法の制定、さらには企業悪玉論的な発想で講じられる左派的な政策などが、自民党中心の政権ではありえなかったけれども民主党中心の政権ではありえる政策です。他方で、雇用促進の政策を講じたとしても、企業側に不利になる政策を実施すれば、雇用促進の効果は減殺されてしまうでしょう。一見すると雇用とは無関係に見える政策がもたらす副作用こそ、雇用回復を阻止する恐れがあるものとして注意深く吟味しなければならないのです。
…我が国の労働市場の構造から見て、低賃金労働者や非正規雇用者にお金を給付するような類の政策だけで、雇用が維持・拡大できるかといえば、それほど単純ではないと考えます。非正規雇用の根深い原因には、社会保障制度や正社員の解雇規制なども作用しており、こうした制度にも改革のメスを入れなければ、本質的な雇用の回復は図れないと考えます。

まず結論として「政策を講じて「回復させる」ことは、容易なことではな」い、というのがあって、でもそれだけではつまらないので、あれこれ書いてみた、という感じの回答になっています。それはそれとして、企業に不利になるような政策を強行すれば、それは結局雇用の回復を阻害しかねない、という指摘は重要であると思います。対企業政策を検討するにあたっては、単細胞な(大)企業悪玉論に終始するのではなく、それが雇用にどんな影響を与えるのかをまさに「注意深く吟味しなければならない」ものと思われます。そもそも、社会を豊かにし、ひいては雇用の増加をももたらす技術革新は、その相当部分が企業によってもたらされる(もちろん大学の研究室や行政の研究所によるイノベーションも重要ですが)ことを考えれば、企業を痛めつけても結局は得にならないことは明白だと思うのですが。もちろん、企業が生産性向上や技術革新につながりにくいような高率の低い投資を行っているのであれば、それは投資家や従業員に分配したほうがマシだ、という冷静な議論は大いに必要だとは思いますが。
続いて山崎元楽天証券経済研究所客員研究員の登場です。

…ここ2年の雇用情勢の悪化は、この間に大きな構造的変化があったわけではないので、大半が景気の悪化によるものと理解していいと思われます。
 よくいわれることですが、短期的には「景気対策が、最大の失業対策だ」と考えるべきでしょう。
…日銀に金融引き締めを促したり、財政収支の赤字を急激に縮小したりせずに、マクロ経済の全体像を考えた経済運営をすることが重要です。

 即効的な雇用対策という意味では景気の回復以外にないのが現実でしょうが、やや長期的に見て考えるべき要素として、正社員と非正社員の格差解消があると思います。これは、非正社員を現在の正社員待遇にすることを強制するのではなく、現在制度的に強く保護されている正社員の既得権をもう少し緩和する方向に制度を変えるべきではないでしょうか。
 正社員は、社会保険などのコストも余計に掛かるし、何よりも将来状況が変化した場合でも解雇が難しいことの潜在的コストが高く、これが、企業側が人の採用を抑制する大きな原因になっているように思えます。
 社会保障を個人単位にして正社員と非正社員で企業側が実質的に負担するコストを同一条件にすると共に、働いてより稼ぐことのインセンティブが失われないような形でのセーフティーネットを整備する必要がありますが、現在の正社員よりも社員を雇うことのコストが下がると、人材に対する需要は増加するでしょう。
 この際に、企業に対する課税は必ずしも強化する必要があると思いませんが、企業に対する適当な課税と組み合わせると、正社員と非正社員の条件を平準化することによって、雇用全体を増加させることは可能であるように思えます。

 特に長期勤続の正社員(多くは管理職)に関して、社員の側では自分に対してフェアである賃金を労働の能力・実績両方に対して過大評価しがちでしょうし、他方で雇う側では彼らに対して彼らがフェアであると感じる賃金を払わないと彼らがマジメに(サボらずに、不正を行わずに)働いてくれないのではないかという懸念を抱いています。労使双方のこのような心理の結果、彼らに対する報酬が高止まりして、労働全体に対する(数的な)需要が不足する現象が起こっているように思えます。
 彼らのものの「感じ方」の背景には、年長者や長期勤続者は偉いので、賃金はそれを反映した水準でなければフェアでない、というような通念が大きく影響しています。
「年長者が必ずしも高賃金に値するわけではない」ということと、「多くの場合はそうではない」ということを十分広く知らしめて、年長者が低賃金でも恥ずかしくないと感じることが出来るような雰囲気を醸成することに成功すると、雇う側から見た労働の価値と賃金の水準の乖離が縮小するので、雇用全体を増やすことが出来るのではないでしょうか。雇用には、即ち失業にも、心理的・文化的な要素が大きく関係しています。

土居先生も最後に少しだけ触れていましたが、ようやく(?)本格的な(?)解雇規制緩和論が出てきました。
雇用の安定も総合的な労働条件の一部ですから、雇用の規制緩和は(他の条件が同じなら)すなわち労働条件の切り下げであり、労働条件の低下は広い意味で価格の低下ですからその分は需要が増えるだろう、というのは経済学ではたいへん一般的な考え方なのでしょう。これはそのとおりだろうと申し上げざるを得ません。
ただ、それこそ土居先生ではありませんが、その「もたらす副作用こそ、雇用回復を阻止する恐れがあるものとして注意深く吟味しなければならない」のではないかと思います。雇用の安定が損なわれたときに、人材育成の効率はどうなるのか、イノベーションはこれまでのように生み出されるのか。とりわけ先端技術、中でも画期的な最先端技術の開発・実用化は、かなりの程度長期にわたり、しかも成功の確率はおよそ高くありません。企業がそれを成功させ、それによる利益を独占的に自社のものとしようとするのであれば、いつ解雇されるかわからない、という雇用条件ではおぼつかないのではないかと思われます。逆に、効率的な人材育成やイノベーションの実現は長期的には雇用の増加に結びつくわけで、こうしたことをはば広く検討・検証した上でなければ簡単に結論は出ないでしょう。
なお、「社員の側では自分に対してフェアである賃金を労働の能力・実績両方に対して過大評価しがち」というのはまったくそのとおりですが、それはなにも「長期勤続の正社員(多くは管理職)」に限った話ではありません。これは非常にドライな言い方で反発を招くかもしれませんが、未熟練であまり職業能力を有しない、教えなければ仕事ができない若年者のほうがより「過大評価しがち」な可能性すらあります。自分を過大評価するのは年齢や勤続にかかわらず一般的に見られる現象ではないでしょうか。私がかつて仕えた超一流の人事のプロ(もはや故人となってしまいましたが)は「人は自分のことをだいたい2割は課題評価するもの」と言っていましたが、多少の個人差はあれ傾向としては当たっているように思います。
もちろん、長期雇用慣行においては賃金水準も長期精算(かつ長期雇用グループ内精算)ですので、「賃金」と「労働の能力・実績」とが乖離する局面は当然ありえます(というか、ほとんどそうかも知れません。世間でよく言われているのは、仕事を覚える段階の若年期と、定年が近づいてきた高年期は賃金が高すぎ、その間の期間は賃金が低すぎるというものです。これだと、賃金が見合っているのは二つのカーブがクロスする2時点だけということになります)。しかし、それを一時点での水準だけをを単純に比較して、「中高年を1人解雇すれば若年が3人雇える」といった短絡的な議論に直結することは避けるべきでしょう。
また、「年長者や長期勤続者は偉いので、賃金はそれを反映した水準でなければフェアでない、というような通念」というのも、あるかもしれませんが一般的かどうか。もちろん、年長者や「先輩」に対して一定の敬意を払う、例えば敬語で接するとか、一応意見を聞くとかいったことは一般的に行われていることでしょう。しかし、賃金が高くなければならないというのが通念かどうかというとかなり疑わしいものがあります。むしろ、60歳定年制が普及した昭和40年代後半においてすでに「55歳からは賃金が下がる」といった制度は一般的に導入されていたくらいで。
さらに山崎氏は「「年長者が必ずしも高賃金に値するわけではない」ということと、「多くの場合はそうではない」ということを十分広く知らしめて」と言われますが、これまた十分広く知らしめられていると言うべきでしょう。近年でも、90年代後半以降の成果主義騒ぎはこれを広く周知せしめるのに大いに貢献したものと思われます。
また「年長者が低賃金でも恥ずかしくないと感じることが出来るような雰囲気」というのも、下世話な話で申し訳ないのですがやはり「賃金が低い」ということは多くの場合あまり威張って言う話ではありませんし、「賃金が下がった」ということもおよそ自慢になることではないわけで、これも基本的には年齢とはあまり関係のない話です。若年者のうちは賃金が低くても比較的体裁が悪くないのは「これから仕事を覚えて、腕を上げれば賃金も高くなる」という可能性が認められるからであって、ある程度の年齢になればそうも言ってもらえなくなります。
ただ、年長者が、という特定の部分を外してしまえば、山崎氏の指摘は一面の重要性を有しています(残念ながら山崎氏の論旨とは無関係なのですが)。つまり、賃金の高さ≒職業的な成功をもって人生の成功とし、賃金の低い人生は失敗であるという考え方が一部に根強いことが、さまざまな不幸の原因になっている可能性はあるわけです。これはまた別の議論になりますが。
さて山崎氏の大いにトンチンカンな議論にはいささか疲れましたが、続く外資系運用会社企画・営業部門勤務の金井伸郎氏で最後になりますので、もう少しがんばりましょう。

 現象面からみれば、景気回復が最大の雇用問題の解決策であることは事実ですし、「景気回復なくして雇用回復なし」と言える側面もあります。一方で、…単に景気回復を実現するだけでは、長期的な雇用問題を解決するには不十分ですし、内需主導の経済を確立する上では、「雇用拡大なくして景気拡大なし」ともいえます。そこで、新規の雇用需要を拡大するめの市場分野を開拓することが最も根本的かつ重要となりますが、包括的な施策と時間を必要とする課題となります。また、雇用制度上の対策としては、雇用調整の対象となる労働者に対する救済=セーフティーネットを確保することと同時に、景気変動が過度の雇用調整につながらないよう、より長期的な安定した雇用関係に誘導するための条件を整備することが重要となります。
 後者の雇用制度については、特に雇用保護=解雇規制と賃金制度の調整が重要となりますが、企業にとってのコスト上昇による雇用需要の低下のトレード・オフを考慮する必要があります。…例えば、非正規雇用の制限を含めた雇用保護=解雇規制の強化は、企業を新規雇用に対して慎重にし、雇用需要の低下を招くものとされます。…長期雇用を志向するように企業を誘導するためには、年功的な賃金体系を見直すことは重要でしょう。

 最低賃金の引き上げ自体については、限界的な低賃金労働の需要が賃金に対して弾力性が低い意(賃金が上昇/低下しても、あまり雇用需要が減少/増加しない)可能性がありますし、仮に雇用が減少したとしても、所得が増える効果と差し引きして、現実の低賃金労働者の生活が改善し、社会的な安心感が高められるのであれば、十分に実施の価値があるでしょう。たしかに壮大な社会実験となる可能性もありますが、低賃金労働者の生活実態を把握する調査と併せて、実施すべき政策であると考えます。

 賃金制度の関連からは、米国では飲食店の店員などチップ収入が見込める職場では、最低賃金以下の賃金での雇用が認められている点が注目されます。(実際には、チップ収入を従業員間で分配する仕組みとなっており、それらを賃金に加えても最低水準に達しない場合は、雇用者が補てんする仕組みとなっています。)…米国などでチップ制が支持されている背景には、サービスに対して消費者が自ら価格付けできることによる効用の認識、店員のサービス向上に対するインセンティブ、といった側面が評価されているからでしょう。
 今後の雇用機会の拡大のためには、製造業での新たな競争分野での優位性の確立と並んで、サービス業での新たな需要と生産性向上が課題とされています。医療・介護・保育などの分野はサービス需要が拡大する分野として注目されていますが、既存のサービス分野であっても、従来は価格に含まれていたサービスが独自に市場で価格付けがなされることで、新たな付加価値を生じる可能性もあります。それは、先に指摘した事例、米国などでチップ制が支持されている事実などからも類推されます。…これまで販売費用として生産者などが負担していたコストを、消費者が「サービス」として認識し、対価を負担する仕組みに転換することによって生じる付加価値分野も潜在的には大きな市場といえるのではないでしょうか。

解雇規制を緩和しなくても賃金・労働条件の調整で対応可能だというのは大切な指摘と申せましょう。最低賃金引き上げと雇用との関係はたしかに諸説あるところですが、はたして軽率に実施してしまっていいものかどうか。「低賃金労働者の生活実態を把握する調査と併せて」というのが民主党マニフェストを想起させますが、「十分に実施の価値がある」と言い切るにはあまりにリスキーなような…。
あと、チップ制については、興味深いので備忘的に転載しましたが、スマイル0円がむしろ一般的なわが国になじむのかどうか。かつて、医療機関での医師への謝礼が社会問題になったこともありましたし、善し悪しよりは日本社会にフィットするのかどうかに少し疑問を感じます。
ということで、各回答者それぞれに個性やニュアンスの相違はあるものの、一致したコンセンサスとして「雇用回復のためには景気回復および産業育成・振興による労働需要の増加が必要不可欠であり、そのための政策が重要」というところでしょうか。あと、「需要が増加したときに雇用される人が増えるよう、教育訓練などを実施すべき」というのも一応共通認識のような。「解雇規制の緩和が必要・重要」というのは、「金融経済の専門家」においてはむしろ少数説のようです。