社保庁懲戒職員救済策

なにかとゴタゴタしていた社保庁職員の再雇用問題ですが、一応おさまったようです。asahi.comから。

社保庁職員救済策、自治労受け入れへ 集団訴訟回避
2009年12月1日23時39分

 年末の社会保険庁廃止を前に、長妻昭厚生労働相が公表した再就職先未定の職員の救済策について、約8千人の職員が入る社保庁最大の労働組合全国社会保険職員労働組合」と上部組織の自治労は1日、東京都内で会見し、受け入れる方針を明らかにした。解雇される職員による集団訴訟を回避するため、長妻厚労相側と自治労側が折り合った形だ。
 処分歴のある職員は約320人。救済策は、懲戒処分歴のある職員も応募できるよう厚労省の非常勤職員として200〜250人を公募する。
 自治労の徳永秀昭委員長は会見で、「受け皿を基本的に確保できる方向であり、了解したい」と語った。そのうえで、無許可で組合活動をしていた「ヤミ専従」問題で処分を受けた約20人には応募を自粛させ、自治労で再就職先を探す方針を示した。
 しかし、自治労は当初、社保庁の後継組織として来年1月に発足する日本年金機構に懲戒処分者を一律不採用とした閣議決定について、「二重処分に当たる」などと見直しを求めていた。徳永委員長は「社保庁廃止まで1カ月を切り、受け入れなければ次善策がない」などと説明した。
 今回の救済策は、長妻氏側と自治労側が水面下で折衝を重ね、ぎりぎり折り合える案としてまとめられた。徳永委員長には11月27日夜の段階で、細川律夫厚労副大臣が基本的な考えを説明していた。
 背景には、それぞれ抱える事情があった。長妻氏側には、過去の処分歴をもとに機構に一律不採用とすると、民間で解雇にあたる「分限免職」の回避努力が不十分とみられ、訴訟を起こされた場合に負けかねないリスクがあった。
 一方、自治労側も、集団訴訟民主党政権を訴えることは絶対に避けたかった。連合傘下で民主党を支え、来夏の参院選比例区で組織内候補が民主党から出る中で、真っ向から政権と対立することはできないと幹部は考えていた。
 このため、度重なる不祥事で社保庁への不信感が根強い国民世論を意識しつつ、解雇される職員による集団訴訟を避ける救済策を検討。2年3カ月という有期の非常勤として公募し、民間からの応募と同列に扱うことにした。ただ、救済策に応じない考えの職員もおり、100人以上が分限免職となる可能性がある。(石村裕輔、江口悟)
http://www.asahi.com/seikenkotai2009/TKY200912010516.html

ちなみに毎日jpによれば「長妻氏は野党時代に「社保庁職員はハローワークに行け」と主張。厚労省での採用に否定的だったが、労組出身の平野博文官房長官からも救済を迫られ、抗しきれなかった。」のだそうな(http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091202ddm005010014000c.html)。いま、駅の売店でオレンジ色の表紙のカストリもといビジネス雑誌が売られていて、労組がいかにとんでもないかという特集を掲載していますが、あれはあれでいかがなものかと思うのではありますが、しかしこういう話が出てくるとあの手の組合叩きが出てくるというのもわからないではないかなと。
ただ、これは労組出身の平野官房長官が連合・自治労の意を受けて長妻厚労相に圧力をかけて、という話の部分に限っての話で、いやなんで圧力をかけちゃいけないんだという議論もあるわけですが、それはそれとしてそれでは長妻氏がかつて言っていたように懲戒職員は全員分限免職にしてハローワークに行け、ということでいいのかどうかというと、いかに「度重なる不祥事で社保庁への不信感が根強い国民世論」があるにしても、そうはいかないわけでして。
社保庁の後継組織の人員ニーズが社保庁職員全員分はないので、全員は新組織には行けませんよ、というのは当然ありえますし、その際にそれでは誰が新組織に移り、誰が移らないのか、という判断基準として懲戒歴を使うのもまずまず考えられるでしょう。
そのうえで新組織に移らなかった人をどうするか、というのが今回の問題ですが、厚生労働省の別の仕事で人員が必要であればそちらに異動してもらうというのが比較的望ましい対応でしょう。記事にはありませんが、そういう形で引き続き常勤の公務員として厚生労働省に残る人も相当数いるはずです(のはずなのですが。もし間違っていたらご容赦を)。このときに、残る人と残らない人を決める基準として懲戒歴を使うというのも、考え方としては一応あり得るでしょう。
それでもなお人が余ってしまうとしたら(新組織では民間から1,000人程度の採用を内定しているはずですので、普通に考えれば余るでしょう)、これはいよいよ分限免職という話になってきます。たしかに国家公務員法の条文をみると今回のように組織がなくなる場合には分限免職ができることにはなっています。ただ、国会答弁などで公務員の出血整理はしない、といったことが確認されていることなどもありますし、裁判例などをみてもやはり解雇(分限免職)回避措置などが求められると考えるべきでしょう。これはなにも厚生労働省での仕事に限らず、別のそれなりの仕事を紹介、斡旋するというやり方もありますが、まあ昨今の雇用情勢を考えればそれもそれほど容易というわけでもなく(もっとも、それでも官民人材交流センターには100人程度の求人があるということですから、ミスマッチがあるにしても数十人くらいは民間に転身できるでしょうが)、厚生労働省がみずから非常勤で…ということになったのでしょうか。
さて、これは常勤の国家公務員を非常勤にするわけですから、当然ながら労働契約を労働者の不利益に変更するということになります。厚労相としては、「度重なる不祥事で社保庁への不信感が根強い国民世論を意識」して、懲罰職員は分限免職にはしないけれど、親方日の丸で身分安定の国家公務員ではなく、雇用期間があって期間が切れたあとの保障のない非常勤職員にするということで国民の理解を求めたいというところでしょうか。野党時代には分限免職にすると言っていた(らしい)けれど、実際やってみたらそこまではできないことがわかったから、これで勘弁してくれ…というところでしょうか。実際、自治労サイドもかなり不満を持ちながら「受け入れなければ次善策がない」という見解のようですし。
これに対して「ただ、救済策に応じない考えの職員もおり、100人以上が分限免職となる可能性がある」ということは、この100人(以上)はいったん分限免職された上でその無効を訴えて裁判所に打って出ようとの考えであることは容易に想像がつきます。厚労相としては、この訴訟には成算があるとの考えなのでしょうか。
このとき、この救済策が解雇(分限免職)回避措置として妥当かを考えるにあたっては、公務員については労働契約法は適用されないわけではありますが、しかし労働契約法10条はおおいに参照されるべきでしょう。「…労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」ことが求められるというものです。公務員は適用除外ではありますが、労働契約法制定後初の本格的な事件になるかもしれません。
そこで、社保庁解体自体や新組織で民間人を採用することがそもそも不当違法だとの訴えにはならない(だろうと思うのですが)のでしょうから、まあ一応組織変更にともなって職員を減らさなければならない必要性は認められると考えていいでしょう。「不利益の程度」や「変更後の相当性」については、提示された非常勤の労働条件によって判断が大きく左右されるでしょう。非常勤とはいっても事実上定年までの雇用が期待でき、賃金もさほど遜色ないのなら(これは国民に対してはいささか欺瞞的の感は否めませんが)、まあよかろうということになるでしょうし、本当に契約期間後は明日をも知れぬとか、賃金も大幅ダウンとかいうことになると、これはどんな判断になるか予断を許しません。「労働組合等との交渉の状況」については、自治労はしぶしぶながらもこの救済策を容認したようですので、これは救済策をサポートする方向に働くものと思われます。
また、契約法からは離れますが、「懲戒歴のある職員」という人選の合理性についても争う余地があるかもしれません。もちろん懲戒されるような非行のあった人はそうでない人に較べて人事上の取扱いが劣後することは自然ですが、しかしそれ相応以上の大きな差をつけるとすれば不当となる可能性も否定できません。これまた、判断は常勤と非常勤の差がどの程度かに相当依存するでしょう。また、「懲戒歴」と十把一絡げにしていますが、単に興味本位で有名人の納付歴を見てみただけの人と、確信犯で納付歴をチェックしてマスコミにリークしていた人、あるいは他の類型の非行とでは扱いは当然違ってくるはずで、案外これはそうした個別の事情に細かく踏み込んだ判断が必要になってくるのかもしれません。
そういう意味では、ヤミ専従の20人については再雇用に応募せず、自治労が就職先を探すとのことですが、これとてヤミ専従自体が職場の長年の慣行として定着していて、ヤミ専従していた人はごく当たり前に、なんら悪いという自覚もなしに専従していた可能性もあります。だとすると、これが分限免職やそれに相当するようなペナルティの根拠になるかというと、必ずしもそうではないかもしれません。まあ、常識的に考えれば違反を自覚してヤミ専従していたとは思いますが。いずれにしてもこれに関しては自治労も自らに相当の非があることは認めざるを得ないでしょうから、彼らについては役所の救済には乗せずに、自治労が自分で面倒をみようという判断になったのでしょうか。
いずれにしても、記事見出しには「集団訴訟回避」とありますが、おそらく訴訟は避けられないでしょう。この先まだまだ曲折がありそうで目が離せないところではあります。