名物市長、労組事務所の立ち退きを迫るが…

少し古いネタなのですが、鹿児島県阿久根市竹原信一市長といえばその極端な議会・市役所との対決姿勢やエキセントリックな(悪いという意味ではない)言動で広く知られる名物市長で、市制刷新を訴えて市議会議員から市長に当選後、市職員の給与や年収、退職金などを公開(ちなみに平成19年度の給与等はhttp://www.city.akune.kagoshima.jp/sisei/syokuin.pdf、退職手当はhttp://www.city.akune.kagoshima.jp/sisei/tai_h19.pdfで公開されています)するなどの思い切った手法をとり、職員の給与カットなども実施しています。この2月、対立する議会で不信任を決議されて議会を解散、さらに4月に選挙後の市議会でも不信任が再可決されて失職しましたが、5月末の市長選で再び当選しました。
その竹原市長、選挙公約の一つとして、市役所の一室の市職労事務所としての使用許可を取り消す(要するに追い出す)ことを掲げ、当選後さっそくこれを実行に移しました。これを受けて市職労がその無効を求めて提訴し、訴訟騒ぎになっているようです。
経緯を新聞記事からたどってみると、まずは投票日翌日(6月1日)の朝日新聞から。

2009年6月1日13時29分

 鹿児島県阿久根市の出直し市長選で、再選を果たした竹原信一市長は1日、市役所庁舎内にある市職員労働組合(落正志委員長、約200人)の事務所に早期退去を求めることを明らかにした。職員給与を高いと批判し、「市役所改革」を掲げて選挙戦を戦った竹原市長は、組合事務所については「市民の財産の目的外使用」にあたると主張していた。こうした要求は異例で、市職労は「活動に支障が出る」と困惑している。
 組合事務所の退去について、竹原市長は1日午前の初登庁後、記者団に対し「悪平等であり、市民の税金を不当に使ってしまう運動ばかりしている。背任組織だ。退去はなるべく早くやります」と述べた。退去は選挙公約にも掲げており、当選を決めた5月31日夜にも、「主権を市民から取り上げた自治労(市職労)は阿久根から出ていってもらう」と宣言していた。
 市職労は市庁舎別館の一室(約50平方メートル)を使用している。市行政財産の使用料徴収条例は「市長が公共上必要と認めれば使用料を減免できる」と規定。使用料を全額免除する契約を毎年度結んでいる。電気、水道代に関しては昨年3月までは支払っていなかったが、昨年4月から毎月1万5千円を市に支払っているという。市は今年度も利用を許可しているが、竹原氏は「代理決裁によるもの」として認めない考えを示した。
 竹原氏はブログで「自治労は税金にたかることと職員の間に悪平等をつくることしかできない組織」「長いあいだ光熱費も事務所使用料も払わず、市民の税金にたかってきた自治労事務所を市役所から追放します」と市職労(自治労)を厳しく批判していた。
 市職労のある幹部は「どこの役所にも組合の事務所はある。パスポート印紙の販売や共済事務もやっているので活動に支障が出る」と困惑しており、残すよう交渉していく考えを示した。
 全国労働組合連絡協議会の中岡基明事務局長は「確かに庁舎内に労組事務所のスペースを与えるのは便宜供与だが、どこの自治体でもやっていることで、退去要請は労組つぶし以外の何物でもない。労働組合法の不当労働行為にあたる可能性もある」と話した。
http://www.asahi.com/politics/update/0601/SEB200906010003.html

実際のところがどうなのかはよくわからないのですが、竹原市長は市職員の給与などが高すぎると批判し、その抑制を意図しているのに対し、議会や市職労が反対するという構図がまずあるようです。さらに市議会議員の中に相当数の市職員・市職労OBがいるようで、これらを指して市長は「市民の税金を不当に使ってしまう運動ばかりしている。背任組織だ」と言っているようです。
次に、団体交渉の経過を伝える6月12日の毎日新聞の記事を引用します。

 「自治労(市職労)は阿久根から出ていってもらう」。出直し市長選(5月31日)の再選の弁で、竹原信一市長(50)が2期目の抱負に真っ先に挙げたのは市職労事務所問題だった。その通りに11日、「1カ月以内の退去」を市職労側に通告。労組事務所周辺では、「竹原派」の市議や市民らも集まり、「組合は阿久根から出ていけ」などと抗議。一時、騒然とした雰囲気に包まれた。
 この日に予定されていた団体交渉を巡るやりとりも「竹原流」だった。市民も交えた「公開」の交渉を要求し、組合側と決裂した。拒否した形の市職労側は「市長は誠意をもって交渉する気がない」と反発する。
 労使の話し合いが不成立の中、竹原市長は、事務所退去を命じる「通告書」を決裁。総務課長が市職労事務所の玄関など2カ所に張り出した。
 市職労の落正志委員長(53)は記者団に「市とは毎年度正式に契約を結び、今年度も使用許可を受けている。竹原市長は聞く耳を持たず、きちんと交渉する気がない」と怒りを込めて話した。
 市職労の事務所周辺には「主権者は我々市民だ」などと書いたプラカードを掲げた市民約40人が詰めかけ、「市職労は出ていけ!」などとシュプレヒコールを上げた。
毎日新聞 2009年6月12日 地方版
http://mainichi.jp/area/kagoshima/news/20090612ddlk46010575000c.html

普通はプラカードとシュプレヒコールで気勢を上げるのは労働組合の方だろうと思うのですが、阿久根市ではそれが完全に逆転しています。これは、竹原氏が出直し市長選でも当選したように、公開された賃金・退職金などの「大企業並の高さ」に反発した一部の市民が竹原市長を強力に支持しているということが背景にあるようです。
そこでいよいよ訴訟となったわけですが、それを伝える6月17日の毎日新聞の記事です。

 鹿児島県阿久根市竹原信一市長(50)が庁舎内にある市職員労働組合(落正志委員長、203人)の事務所使用許可を取り消したのは地方自治法違反だとして、市職労は近く、取り消し無効を求める訴訟を鹿児島地裁に起こす。落委員長は「労使交渉ではらちが明かず、司法に委ねるほかないと判断した」と話している。
 竹原市長は出直し市長選(5月31日)で市職労について「市民の税金を不当に使うことばかりしている背任組織」などと激しく非難し、「市職労事務所の追放」を公約。失職前の4月、来年3月までの事務所使用許可を決裁していたが、再選後の6月11日、「許可条件に疑義が生じた」として許可を取り消し、7月11日までの退去を命じていた。
 自治労県本部によると、地方自治法は行政財産の使用許可取り消しには(1)公共のために使う必要が生まれた(2)使用者が許可条件に違反した−−のいずれかの要件が必要と規定しており、「今回の処分は該当せず違法」としている。
 一方、竹原市長は17日、毎日新聞の取材に「人の家(市役所)に上がり込んでおきながら、『出ていけ』と言われて提訴するとは。あきれた話」と、市職労を改めて非難した。
 市職労は市条例に基づいて78年から市庁舎内の「機械棟」の一室(50平方メートル)を無料で使う契約を結んできた。08年4月からは電気・水道代約1万5000円を支払っている。
毎日新聞 2009年6月17日 12時03分(最終更新 6月17日 12時22分)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090617k0000e040059000c.html

市職労が税金をムダ遣いしているかどうかとか、竹原氏のやり方がどうかとかいった問題は別として、労使関係として考えたときに、この一件はどんなものなのでしょうか。
普通に考えて、市当局が職員の労働条件を見直そうとしているときに、市職労が現状の労働条件を守ろうとすることは労働組合として当たり前のことと申せましょう。記事をみると一応団体交渉は行われているようですが、それらの場で市職労が議会と結託して?抵抗することに竹原市長はイライラしておられるのでしょうか。
だからといって報復的に事務所を市役所から追い出すというのもいささか大人気ないといえば大人気ないように思われますが、だから追い出すことはできないかというと、それはそれで別問題でしょう。
周知のとおり、労働組合法は使用者から経理上の援助を受けるものは労組法上の労働組合にはあたらないとしていますが、最小限の広さの事務所の供与は除くとされています。この例では事務所の広さは約50平米で、7m四方相当の広さです。職員7〜8人分の机とコピー機ファクシミリ、キャビネットなどは置けるでしょう。これが組合員約200人の労組(前述の給料の表が管理職も含めて268人でしたので、組織率はかなり高そうです)に対して「最小限」かどうかは意見が分かれるような気がしますが、まあ長年(78年からということですから、もう30年以上ということになります)供与されてきて、それが組合活動のベースとして定着しているのならそれが「最小限」なのかもしれません。となると、これを理由として退去を求めることは難しいと申せましょう。また、この例では昨年度から光熱費は組合自らが負担しているようですが、光熱費負担も経理上の援助からは除かれると考えるのが一般的なようです。
手続という面ではどうでしょうか。通常であれば、労働組合への便宜供与を打ち切る場合にはその理由と必要性を説明するなどの手続を経るのが一般的でしょう。この例が面白いのは、そこで市側(市長)が「公開の団体交渉」を求め、労組がそれを拒んだというところです。市長としてみれば、公開にすれば支援者が多く傍聴することで交渉を有利に運べるという思惑があったであろうことは想像に難くありません(邪推かもしれませんが)。もちろん労組としてはそれは受け入れ難いでしょうが、話題が組合事務所の供与ということでは非公開にしなければならない強い理由も見当たらず、「なぜ堂々と市民の前でやることができないのか」と言われるのは痛いところでしょう。とはいえ、労使間の力関係の違いを考えれば労組が非公開でと言ってきたなら使用者としても少なくとも一度は非公開で応じるのが誠意ある姿勢であるような気はします。詳細はわからないのですが、すでに何回か非公開の交渉が行われた上で、市長側が「このままでは歩み寄りが難しそうだから、市民の前でやろうじゃないか」と申し入れたのか、それともそもそも「非公開では受け付けられない」というスタンスだったのか、それによっても市側の「誠意」の評価は異なってくるでしょう。いずれにしても、当事者以外のメンバー(上部団体の役員とか)を団交に同席させて交渉力を強化するというのはもっぱら労働組合の側の手法であるわけで、この一件はそれが逆転している面白いケースと申せましょう。
もうひとつのポイントは、すでに来年3月末までの使用許可があるにもかかわらず、それを打ち切ろうとしている点でしょう。記事にもあるとおり、地方自治法第238条の4第9項には「…行政財産の使用を許可した場合において、公用若しくは公共用に供するため必要を生じたとき、又は許可の条件に違反する行為があると認めるときは、普通地方公共団体の長又は委員会は、その許可を取り消すことができる。」との定めがあります。まあ、たとえば今のご時世、「あの部屋は就労相談室として活用することになった」とかいうことで「公用若しくは公共用に供するため必要を生じた」という形を作ることは可能でしょう。その必要性や緊急性が、すでに使用許可を受けている人を今すぐ追い出すほどに高いかどうかというのは議論がありそうですが…。
ただ、市長は本件決裁を「代理決裁によるもの」として認めない考えを示しているそうです。なるほど、竹原氏は昨年(2008年)8月31日の選挙で当選していますので、使用許可を決裁したのは今回が初めてということになります。なにしろ30年間も続いてきた便宜供与ですから、市の幹部が市長に対して「この案件は長年繰り返してきたものですから、決裁しておきますね」といった具合で、十分な説明もなしに手続してしまったということは、いかにもありそうな話です。ただ、一応手続は完了しているわけですから、だから途中で無効として打ち切るというわけにいくのかどうか、これは私には見当がつきません。
さて、いずれにしても既得権をいきなり取り上げられようとしている労組が憤るのは当然として、はたしてこれが「退去要請は労組つぶし以外の何物でもない。労働組合法の不当労働行為にあたる可能性もある」とまでいくかどうか。同じ記事の中に「「どこの役所にも組合の事務所はある。パスポート印紙の販売や共済事務もやっているので活動に支障が出る」と困惑して」いるという市職労幹部の談話が出ているくらいで、これで組合がつぶれるということはなさそうですが…。いっぽうで、竹原市長の「自治労(市職労)は阿久根から出ていってもらう」という「宣言」もさすがに行き過ぎでしょう。労組事務所は市役所から出て行け、ならまだしもとしても、労組は阿久根から出て行け、というのは、文字通りにとれば市内では組合活動はさせないぞという宣言であり、それこそ「組合つぶしを意図している」と受け止められても仕方がないと思います。
詳細な事実関係などが不明なので今後の展開は読めないわけではありますが、しかしこれらの情報を見る限りにおいては、取り消し無効の仮処分が出る可能性が高いだろうと思われます。その場合、市が控訴するには議会の承認が必要で、現在の議会の状況では承認の可能性も低そうなので、竹原市長はに不本意でしょうが、そのまま事務所の供与を続けざるを得ないことになりそうです。問題はその後の展開で、あくまで事務所を供与しないという姿勢を貫くのであれば、今度は来年度の許可を決裁せず、許可の期限が切れる3月末をもって退出を求める、ということになるでしょう。逆に言えば、なにも今すぐ事を荒立てなくても年度末にやればよかったのに、という感もあるわけですが、まあ市長としてはそう公約した以上はやらないわけにもいかないのでしょうか。
また、それでは年度末で退出させられるかどうかというと、必ずしもそうでもないかもしれません。市職労としては、おそらくは30年以上にわたって既得権となっていたことや、労組を嫌悪し排除しようという意図があることなどを主張して、あらためて継続使用を求めて訴訟を起こす可能性が高いのではないでしょうか。竹原市長は「人の家(市役所)に上がり込んでおきながら、『出ていけ』と言われて提訴するとは。あきれた話」と言っているそうですが、過去30年間以上供与されてきた実績があることを思えば、そう簡単に「あきれた話」とも言えないかもしれません。
政治的にはどうか私にはわかりませんが、労使関係という観点からすれば、市長がここまで強硬な姿勢をとることが得策かどうかはかなり疑問ではないかと思われます。ことここに至ってしまってはもはやどうしようもないかもしれませんが、労働条件の引き下げという荒業?に訴えようとするのであれば、やはり労組との対話はていねいに行うべきだというのが普通ではないでしょうか。もちろん、ハナから歩み寄りは期待できないかもしれませんし、市長にしてみれば市民の支持は自分にあるという自信もあるのでしょうが、逆にいえばその分話し合いもしやすいでしょう。交渉自体は労組の意見をのんで非公開にしたとしても、事後的に議事録などを公開すれば市民のチェックも働き、それによって労組の側にも歩み寄りの気運が出てこないとも限りません(まあ、難しいでしょうが…)。
事務所についても、少なくとも竹原市長が誕生する前の2008年4月からは労組が光熱費を支払うようになっていたわけですから、まったく議論の余地なしということもないでしょう。もちろん、実態としては役所内での事務所供与は「どこの自治体でもやっていること」に違いありませんが、だから当然に供与しなければならないというものでもないわけで、事務所供与が市の財政上どれほどの負担となっているのか、他の活用の用途は何で必要性はどういうものなのか、といったことをしっかり説明して話し合うことが望ましいでしょう。その上で、たとえば段階的に適切な賃料を徴収するとかいった対応も考えられてよいはずです。市場価格の賃料を一定期間支払い続ければ、労組も外部に事務所を構えやすくなり、近所に適当な物件があれば自然に移転という話になるかもしれません。市役所内に事務所があると組合員には便利かもしれませんが、しかし独立性を高めるという点では役所外の事務所にもメリットがあるでしょう。
議会対策はともかく、労使関係については「出て行け」「追い出す」といった強権的な対応ではなく、対話を重視して漸進的にことを進めるのが結果的には得策のことが多いと思うのですが、それがなかなか難しい政治的事情があるのでしょうか。泥沼になるのは市民にとっても幸福なことではないはずだと思うのですが…。