今年の最賃

今日から2009年度の最低賃金改定に向けた中央最低賃金審議会の審議が始まるということで、日経新聞が記事にしています。

 2009年度の最低賃金の改定論議が30日スタートする。全国平均で7年連続の上昇となるかどうかが焦点で、7月中の合意に向けた調整が活発化しそうだ。ただ引き上げを求める労働側と、引き上げを阻止したい経営側の対立は根深い。昨年秋からの金融危機と景気後退が響き、賃上げの環境は例年より厳しいとの見方も出ている。
 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会で改定論議を始める。労使の代表と中立委員が参加し、09年度の最低賃金の目安を決める。厚生労働省が30人未満の約4000事業所を対象に実施した賃金改定状況(09年6月時点)がたたき台となる。これを踏まえて都道府県が引き上げの是非や幅を決定する。
厚生労働省の毎月勤労統計によると、残業代などを含む現金給与総額は昨年6月から11ヶ月連続で前年同月の水準を下回っている。…賃金改定状況ベースの賃金上昇率もマイナスになるとの観測が浮上している。
(平成21年6月30日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

実際の「賃金改定状況ベースの賃金上昇率」の数字がどうなるかは今後の検討の中で示されるでしょう(昨年は2回めの小委員会で提示されました)が、最低賃金は基本的に所定内賃金について設定されるものですから、「残業代などを含む現金給与総額」と比較するのはあまり意味がありません。記事が書いている「賃金改定状況ベースの賃金上昇率」(昨年の結果はhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0709-13a.pdfにあります)も、所定内に関するもののはずです。雇用保険の基本手当の日額等については、これは残業なども含めるのが妥当でしょうから、毎勤統計の定期給与額(残業代を含み賞与を含まない)に連動して改定されています(これは法定されています)。記者に混乱があったのでしょうか。もっとも、毎勤統計の所定内給与(30人以上、産業計)も昨年8月からこの5月まで10ヶ月連続で対前年比マイナスになっていますので、「賃金改定状況ベースの賃金上昇率もマイナスになるとの観測が浮上している」という結論には変わりはないでしょうが。

…経営側は厳しい経済情勢を理由に、賃上げ阻止を主張する構えだ。…一方、労働側は引き上げを求める見通しだ。連合の高木剛会長は15円程度引き上げてほしいと話している。
 労働側は働いても自活できない「ワーキングプア」の解消に賃上げが役立つとみる。非正規社員を世帯主とする世帯を救う効果もあるという。

労働市場の需給がこれだけ悪化している中で最低賃金を引き上げれば雇用の減少につながるであろうことは見やすい理屈です。いっぽうで、せっかく昨年あれだけの議論をして、全国平均16円という大幅な引き上げが実現したわけですから、まだ生活保護水準の高い都市部を有する都道府県で最低賃金生活保護のいわゆる「逆転現象」が残っている現状、連合としてみればこの流れを大切にしたいとの思いは当然あるでしょう。
ただ、最低賃金引き上げが雇用の減少につながるとしても、実際問題どれほどの影響が出るのかは検証の必要がありそうです。マスコミなどは最低賃金割れの例などを書き立てますが、現実問題として最低賃金ぎりぎりで就労している人がどれほどいるかといえば、それほど多いとも思えません。全国平均703円の最低賃金が718円になった場合の影響がどれほど大きいかも冷静に考えてみる必要がありそうです。もっとも、たしかに個別企業レベルで見れば、最賃ぎりぎりのパートタイマーを多数雇用している例もあるでしょうから、大きな影響を受けるケースも出てきそうです。
これは労組の側の主張でも同じことで、時給703円が718円になればワーキングプアが解消するかといえば、あまり期待できないように思われます。やはり技能を高め、より付加価値の高い仕事へとシフトしていくことで賃金水準を上げていくのでなければ、ワーキングプアの解消はおぼつかないでしょう。非正規社員を世帯主とする世帯を救う効果もたしかにあるでしょうが、年間2,000時間就労するとして、15円の引き上げがすべて効いたとしても年30,000円です。もちろん、30,000円は決して小さな金額ではなく、救いであるといえば救いでしょうが…。
最低賃金は労働力の買い叩き・安売り競争を止めるためのもので、現在のような不況期には重要な役割があり、一定の水準が確保される必要がありますが、いっぽうで最低賃金はほとんどすべての仕事・労働者に適用されるものですので、付加価値などの実態からあまり離れてしまうと弊害も大きくなります。そもそも最低賃金にどれほどの政策的効果が期待できるかということも認識する必要があるでしょう。
そのうえで今年の決着がどうなるかですが、日経新聞に登場したエコノミストたちのお見立ては、日本総研の山田久氏がゼロまたは2〜3円、大和総研の渡辺浩志氏とみずほ総研の大和香織氏がゼロ(引き上げは難しい)となっています。まあ、統計がマイナスでも、引き下げというのはなかなか政治的に難しいでしょう。例年どおりのスケジュールだと決着は8月初め前後くらいなので、衆議院解散のタイミングによっては引き上げが政治的に要請されるかもしれません。となると1円というわけにもいかないでしょうから、まあ2〜3円くらいでしょうか。ということで私も山田氏の予想に1票という感じです。あるいは5円くらいの決着もあり得るかもしれません。