野村證券の特定社員制度

きのうの読売新聞に、野村證券成果主義を徹底した新しい報酬制度を導入すると書かれていました。記事にはありませんが「特定社員制度」という名称のようです。

 野村証券は7月から、社員個人の業績を報酬に連動させる新たな報酬制度を導入する。
 成果主義をより徹底し、業績次第で高い報酬が得られる制度とする。新しい報酬制度を適用するかどうかは、社員自らが選べる。外資系の金融機関に近い報酬制度を取り入れることで、昨年、部門買収した米証券大手、リーマン・ブラザーズ出身の社員との融和を進めたい考えだ。
 新制度が適用された社員は、金融業務の専門性を高めるため、部門間の異動は行わない。一方、終身雇用の保証や企業年金制度はない。個人や所属部署の業績に応じて報酬が大きく変動し、これまでより社員間の報酬の格差が広がることになる。
 対象となるのは、法人取引部門と管理部門の社員の一部で約2400人。支店勤務が中心の国内営業部門は含まない。現在、法人取引部門の半数近くにあたる約700人が移行する意思を示しており、今後も人数は増える可能性がある。
 リーマン・ブラザーズを部門買収した野村は、リーマン出身の社員が多く所属する海外拠点と国内との間で、業績評価や処遇方法を統一するなど野村社員と旧リーマン社員の人事体系の一本化を急いでいる。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20090621-OYT1T00192.htm

なるほど、リーマン合併にともなう人事制度の統合ということでしょうか。少しフォローしてみたら、4月4日の日経新聞の記事がみつかりました。

 野村証券は2009年度から世界共通の基準で社員を評価する新しい人事報酬体系を導入する。国内と海外拠点の垣根をなくしたうえで、業績が報酬に直結する「特定社員」と呼ぶ新たな職種を設ける。金融業務の専門性が高まるなかで優秀な人材をつなぎ留めるとともに、昨秋に部門を継承した旧リーマン・ブラザーズ出身社員との人材の融合を加速する。
 人事報酬制度の改定は、業務の専門化やグローバル化に伴う措置。同社では欧州とアジアを中心に昨秋に約8000人の旧リーマン出身の社員が加わっており、日本と海外では全く違っていた業績の評価手法や処遇方法を一本化することにした。国内、海外の勤務地にかかわらず同じ手法と土俵で各社員を評価する。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090404AT2C0301703042009.html

これを読むと、日本の野村の社員にもリーマンの報酬制度を適用するように読めますが、上の読売の記事を読むと、特定社員を選びたい人は選べるようにした、ということのようです。かなり大きな変更になりますから、さすがに全員一律にとか、望まない人まで強制的にとかいうのは無理だと判断したのでしょうか。
で、結果どうかというと、6月10日の日経の記事にこんなのがありました。

 野村証券は7月から、社員の報酬が業績に連動する成果報酬型の雇用制度を導入する。新たに導入する「特定社員」と呼ぶ職種を社員が自ら選択できるようにするもので、国内の法人取引部門では全体の約45%の社員が同職種に移行するもよう。外資系金融機関と似た働き方を取り入れることで、旧リーマン・ブラザーズ出身の社員との人材の融合を急ぐ。
 移行の対象となる約2400人の国内社員のうち、7月から特定社員になることを決めたのは約850人。中でも国内法人取引部門(約1600人)では約45%となる700人強が特定社員になることを決めたようだ。今回は選ばなかった社員も来年以降、移行を選択できるため、今後も人数が膨らむ公算が大きい。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20090610AT2C0901P09062009.html

証券会社であれば、出来高給のような制度がなじむ仕事も多いのかもしれません。対象者2,400人のうち1,600人を占める法人取引部門というのは、まさにそういう仕事なのでしょう。残り800人分は、読売によれば管理部門の一部、ということなのですが、私にはどういう仕事なのかちょっと検討がつきません。まあ、出来高で評価できる仕事は法人取引のほかにもあるということでしょうか。
興味深いのは、いったいこの制度を日本の労働法制下でどのように運用するかです。とりあえず、こうした制度がなじむ仕事の範囲は限られるでしょうから、部門間の異動はない、というのは妥当と思われます。先述しましたがこれだけの大きな変更は労働者の同意なしには難しいでしょうから、選択性というのは一応妥当です。これが魅力的だと思う敏腕な証券マンは新制度を選べばいいわけですし、リスクを回避したい人はこれまでの正社員を選んでおけばいいわけです。結果として、法人取引部門の45%、全体でも35%というのは、多いとみるべきなのか少ないとみるべきなのか、これは難しそうです。常識的に考えて、会社がこうした新制度を導入したということは、それを選択することを歓迎するというかなり強いメッセージが含まれているとみるべきでしょうから、それにもかかわらずこの程度にとどまったのは野村證券としては少し物足りなく思っているかもしれません。
雇用形態については、わが国の法制下では、いわゆる「期間の定めのない雇用」ではこうした制度(雇用を保障しない)の運用は難しいでしょう。おそらくは一年契約の有期雇用で、出来高をベースに翌年の年俸を決定する、成績不振なら雇い止めもありうる、という形をとるのでしょうか。また、もう一つ気になるのは、記事には「今回は選ばなかった社員も来年以降、移行を選択できる」とありますが、その逆に、一度特定社員を選んだ人が従来型の制度に戻ることはできるのでしょうか。会社が特定社員を歓迎しているということは、仮に戻れる制度であったとしてもかなり戻りにくいでしょうが…。というか、特定社員制度は雇用を保障しないことを重要な一部とする制度のようですから、従来型に戻れる制度にはできないでしょう。「雇用を保障しない」を発動されそうになったら従来型に戻る、という対応が可能になってしまっては「雇用を保障しない」の意味がなくなってしまうからです。
このあたり、具体的にはどんなものかと思って野村證券のサイトを調べてみたら、この制度の紹介はほとんどありませんでした。普通、こうした制度を入れたら、採用情報のページには載せそうなものですが、それもありません。わずかにキャリア採用の「応募概要」のページに、職種のひとつとして「全域型社員、地域型社員、専任職、特定社員」とひっそりと?書かれているだけのようです。まあ、導入後間もないということで、サイトの更新が間に合っていないだけかもしれませんが、どうも不自然な感じは禁じ得ません。
そこでもう少しネット上を渉猟してみたら、どうやら「AERA」の6月1日号で紹介されていたようです。

…特定社員とはハイリスク・ハイリターンの職種。実績に応じて億単位の高給に道を開く半面、終身雇用の保証はない。欧米金融機関ではごく普通の制度で、昨年秋、破綻したリーマン・ブラザーズから野村が迎え入れた従業員は、特定社員として雇われている。それを日本人にも広げようという話だ。
 対象は法人取引・管理部門などの約3000人。野村證券の説明では、応募は年1回で、強制ではなく選択制だという。
 日本人社員の平均給与は1000万円台前半だが、旧リーマン組は4000万円ともいわれる。ざっと4倍だ。稼げる選択肢が加わったのだから好ましくもみえる。だが、社員の声に耳を傾けると、真の狙いは別のところにあるのではないか、という疑念がわく。
 人員整理である。それも、バブル世代狙い撃ちだ。
http://www.aera-net.jp/summary/090524_000880.html

なるほど、なるほど。これだけ給与格差があれば一本化するのは無理というものでしょう。それにしても平均(!)給与4,000万円とは立派なものです(以前、産労総研の調査で「社長」の平均年収が約3,200万円とかいうのがあったと思います;ウラを取っていないので自信なし)。そうか、証券会社というのはそんなに儲かるものなのか…。もっとも、儲からなくなれば個別でも平均でも給与は下がるのでしょうし、成績が上がらなければその理由が回避不能な外部要因であってもハイサヨウナラということになるのでしょうが(余談ですがこれは経済学者が想定しやすいスタイルでしょう)…。
それはそれとして、AERAの記事によれば、一応特定社員は読売の記事にあるとおり「社員自らが選べる」ということではあるものの、現実には強要に近い実態もあるのだとか。それでも35%の人しか選択していないということは、やはり多くの人がこの制度に身の危険を感じているということでしょうか。もっとも、野村證券は単独でも従業員数が一万人を大きく超える巨大企業ですから、数百人の「人員整理」のために無理をするとも思えませんが…。
まあ、今回はリーマンとの合併という事情があったわけですが、こうした制度を導入するのであれば、やはり景気が拡大して相場が上り調子のときにやるのが選択する人を増やすという意味では効果的ではないでしょうか。相場が好調なら社員の成績も上がり、そうなればより高給の得られる特定社員に切り替える人もけっこう出てくることが期待できそうに思われるからです。そして、景気がまた後退局面に入り、相場が下がってきたときには、給与が下がっても雇い止めされても本人の選択の結果だから仕方ない、後の祭り…と言うことはできるわけで(あまりドライにやると世間の指弾を浴びるかもしれませんが、元々の高給を考えると世間も特定社員の味方についてはくれないかもしれませんが…)。好況期にはあまり報酬を上げたくない、不況期には減俸も人減らしもしたい…というのはさすがに都合が良すぎるような気がします。