ワークシェアリング「耕論」

週末の朝日新聞のオピニオン特集コーナー「耕論」が、ワークシェアリングを取り上げています。このコーナー、時の話題について複数の論者の見解を掲載するという体裁のものですが、今回登場したのは前連合会長の笹森清氏(労福協会長)、弁護士の中野麻美先生、そしてhamachan先生こと濱口桂一郎JILPT統括研究員です。まずもって、この人選が朝日らしくて爆笑ですね。
さて、笹森氏はいきなり御手洗経団連会長のワークシェアリングに関する問題提起に対して

…まず労働者のクビを切ってさらしておきながら、シェアしませんかという提案に、労働側が乗れないのは当然のことだ。
(平成22年2月22日付朝日新聞朝刊から、以下同じ)

と挑発的な否定論をぶちます。まあ、ナショナルセンターの立場からすれば、正規・非正規全体でのシェアでなければならないということになるのでしょうか。ただ、御手洗氏はどうか知りませんが、経営サイドがワークシェアリングをいう場合の多くは、その対象者は基本的に正社員です。非正規社員の雇い止めを進めつつ、それでもなお人員が過剰だとなったときに、それでは赤字決算などで必要性が高まった段階で、合理的な人選のもとに、採用ゼロや非正規の雇い止めなどの回避策を尽くし、さらに労働組合などとの協議など手続も尽くしたうえで整理解雇に踏み切りますか、そうなる前に希望退職で人減らしをしますか、それとも労働時間を定時以下にして賃金カットして対応しますか、といった議論になるわけです。ナショナルセンターは「乗れない」と言いますが、単組レベルでは大いに乗り目のある、というかこれに乗らずしてどうする、というテーマでありましょう。このあたりは組織の事情でツラいところなのでしょうが、まあ余計なお世話でしょうが…。
続いて笹森氏は2002年の政労使合意に触れたあと、

…その後、景気は回復。緊急の雇用対策も打ち出されて、議論は立ち消えになった。ところがこの間に、米国からの規制緩和の要求や、雇用重視の日本型経営の変革を主張する経済界の声を背景に、非正規労働者が急増した。

と断罪していますが、これはさすがに事実と異なるでしょう。笹森氏がこんなバカなことを言うとは思えませんので、おそらくは朝日の記者が勝手に書いたものと推測します。
現実には、「米国からの規制緩和の要求」はあったにしても、直接的に「非正規雇用が増えるような規制緩和」を米国が要求したことが「背景に」と言えるほどの程度であったかといえば怪しいものです(もちろん米国系企業が個別に規制緩和を求めたといったようなミクロのケースはあったでしょうが、それを言い出したら何でもそうなってきりがないわけで)。また、「雇用重視の日本型経営の変革を主張する経済界の声」ってのも、いったいぜんたいどこにあったのか、見せてほしいものです。これまた、一人二人はエキセントリックな経営者がいて(奥谷禮子さんとか宮内義彦さんとか)、そんなことを発言していたことは事実でしょうが、「経済界の声」というほどに大勢を占めていたかといえばそんなことはありません。たしかに労働者派遣や有期契約の規制緩和を求める「経済界の声」は大きなものがありましたが、それはあくまで(正社員の)「雇用重視の日本型経営」を堅持していくために必要だったわけで。その「変革」を求めていたのは、経営者ではなく一部の学者、それこそ当時の中谷巌さんとか、池田信夫さんとか福井秀夫さんとかであったというのが現実でありましょう。
さて、笹森氏は

…非正規の人たちがまず雇用調整の犠牲になるが、その屍の上に次は正社員の屍が乗せられるのは明らかだ。正規・非正規という二極分化の中で、全体の雇用を守るにはワークシェアリングしかない。正規労働者が譲るべき時だ。

と、さらに続けてナショナルセンターの立場を主張します。しかし、繰り返しになりますが個別労使レベルになれば、「非正規の人たちがまず」というのは現時点での日本の雇用慣行における一種の「ルール」のようなものですし(だからこそ裁判所も正社員の整理解雇を回避するために非正規の雇い止めを求めている)、「次は正社員」というのも、順序はそのとおりとしても「それを起こさないためにワークシェアリング」という発想になるでしょう。問題は雇い止めされた多くの非正規の中に、一部それによって生計維持が困難となり困窮する人がいる、ということであり、そうした人たちに必要な支援が行き渡らないということであるはずです。支援が必要な人、比較的必要でない人を区別して考えなければ、全体を守るために正規労働者が譲りに譲った結果、今度は正規労働者が家計を維持できなくなるといったことになりかねません。
さて笹森氏は最後に

…02年3月の政労使合意で議論の土台はできている。再びこの土台に戻って、さらなる議論を積み重ねるべきだ。

と、「さらなる議論」を求めています。冒頭に「乗れない」と言い切っていますので、これは要するに労働サイド主導での議論を求めたものでしょう。もっとも、02年の政労使合意をみると、多様就業型ワークシェアリングに関する合意の中に、そのメリットとして「経済のグローバル化、産業構造の変化等に対応し、企業による多様な雇用形態の活用を容易にすることにより、経営効率の向上を図ることができる」「労働者と企業の多様なニーズに応え、労働力需給のミスマッチを縮小することができる」などと書かれていますし、緊急対応型ワークシェアリングについても「緊急対応型ワークシェアリングは、個々の企業において従来から行われてきた雇用調整措置とは異なる新たな雇用調整の手段として位置づけられるものである」「次の点について十分に協議し、合意を得ることが必要である。…所定労働時間の短縮に伴う収入(月給、賞与、退職金等)の取り扱い(注)時間当たり賃金は、減少させないものとする」などと書かれていて、特に緊急対応型は非正規労働者の雇い止めを前置することが前提とされていることは明らかなように思われます。というか、これを受けて厚生労働省が設置した「多様就業型ワークシェアリング制度導入実務検討会議」という長い名前の会議では、その議論の中心は「短時間正社員」だったくらいで。となると、この政労使合意を土台にした議論というのも、なかなか連合ペースとはまいらないかもしれません。いずれにしても、労使で、場合によっては「政」もまじえて議論を進めることは重要であり、三者ともにあまり教条的でない対応を期待したいところです。
中野弁護士の談話は「日本型雇用をやめれば楽園がやってくる」というスバラ式空想非科学小説で、語られる理想はすばらしいのではありますが、残りは企業に対する罵倒と陰謀論で占められています。まあ、こういうものにも一定のニーズはあるのでしょう。タイプするのがしんどいのでいちいちコメントはしませんが、企業には企業の社会における機能、役割があって、それはそれで大切にしないと経済社会が成り立ちません。いっぽうで企業にできることにも限界はあるわけで、ワークフェア政策を進めながらそれで届かない部分は社会福祉政策でカバーしていくといった、国が関与した現実的なビジョンを描かないと現実は動かないと思うのですがどんなもんなんでしょう(あ、為念申し上げておきますが、私は中野先生の精力的な社会活動には一定の敬意を持っています。もちろん意見は合わないところが多いのですが)。
長くなってきましたので、hamachan先生については明日にします。