雇用大乱

お隣の国、韓国の話題です。韓国の失業率は3%台で概ねわが国に近い水準にありますが、求職断念者などが多く実態はもっと雇用失業情勢は厳しい、と言われており、就業率も6割程度でわが国と同じくらいです。数字をみるとわが国と似たような感じで、かなり深刻なのでしょう。韓国の全国紙「中央日報」(日本だと日経新聞という感じでしょうか?)の日本語サイトに、2月13日付の社説の日本語訳が掲載されていました。お題は「働き口の質を問う時ではない」。

先月は10万3000の働き口が失われた。自営業と非正規労働者に集中して消えた。政府が推定した今年の雇用減少20万件のうち半分以上がわずか1カ月で消えた。2〜3月はさらに心配だ。50万人の高校・大学卒業生があふれ出てくるためだ。すでに雇用大乱は出口のない現実となった。最近のように失業がひどい悲劇だったことはなかった。通貨危機当時は主に大企業と金融部門で構造調整が進められ、名誉退職金のようなまとまった金をもらって退職した。いまは社会的弱者層の非正規職・自営業を中心に雇用調整が進められており、失業は「新貧困層」への転落を意味する。
きのう企画財政部の尹増鉉(ユン・ジュンヒョン)長官が明け方の労働市場を訪れた。尹長官は、「働き口を最優先する。いまは仕事の質を問うほど余裕のある状況ではない」と述べた。われわれは尹長官の危機意識に全的に共感する。いまは低い年俸の社会的働き口か臨時的なインターンかを問うときではない。まず働き口から増やすことが最もよいセーフティネットであり景気対策だ。大企業を中心に進められるワークシェアリングを通じた雇用維持努力も積極的に支援する必要がある。
働き口が最優先の政策なら、当然予算の割り当ても調整しなくてはならない。すでに積立金が減り始めた雇用保険基金では失業氷河期を乗り越えるのは難しい。3兆ウォン(約1950億円)規模に策定された失業給与予算から果敢に増やさねばならない。必要なら雇用創出効果が低い土木中心の公共事業支出を減らし、雇用予算に回せるだろう。なにより雇用指標はあとからでるものという事実を忘れてはならない。雇用対策は悪化した雇用統計が出るはるか前に先制的に執行されなければ効果は出ない。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=111291&servcode=100§code=110

この「雇用大乱」というのは韓国経済のキーワードになっているようで、その背景には、2007年に施行された「非正規職保護法」があります。韓国KBSテレビの日本語サイトから引用します。2月9日に放送されたニュース解説の要約のようです。

【非正規職労働者】
契約社員とパートやアルバイトなどの期間労働者を非正規職労働者と言う。
 これに対して正社員は、雇用期間が特に決められておらず、1日中勤務し、使用者が直接雇用した労働者を指す。
 この三つの条件のいずれか一つでも当てはまらない場合は、非正規職労働者だ。
 使用者としては人件費、解雇に伴う費用、福利厚生費の負担などが少なく、採用と解雇が簡単なので、非正規職労働者を好む。
 反対に労働者は、比較的就職が容易だが、契約期間が終われば解雇されるなど、雇用の安定性に欠け、賃金や福利厚生などの条件も不利だ。
【7月雇用大乱説】
 今の非正規職保護法は2007年7月に施行された。
 この非正規職保護法は雇用主に、2年以上雇用した非正規職労働者を正社員として雇用することを義務付けている。
 非正規職保護法の施行からちょうど2年になる今年7月になれば、企業は契約期間が2年になった非正規職労働者を大勢解雇することが予想される。
 解雇しなければ、正社員として雇用しなければならないためだ。
 そのため7月には大量の失業者が出てくるのではないかと憂慮されている。
http://world.kbs.co.kr/japanese/news/news_newissue_detail.htm?No=888、以下同じ)

まあ、そりゃ当然そうなるでしょうね。もっとも、こういう考え方もあるようです。

 一方では、すでに構造改革の過程で不必要な人員は削減しているので、残っている非正規職労働者は正社員として雇用される可能性が高いという見方もある。

ということで、KBSテレビの記事によれば、

 政府と与党は、非正規職労働者の保護と雇用の拡大を図るため、非正規職労働者の雇用期間を延長することなどを盛り込んだ非正規職保護法の改正を進めているが、労働界はこうした政府の案はかえって雇用の不安を拡大するとして反対している。

ということだそうで、政府としてみれば「雇用大乱」を防ぐためには、この非正規職保護法改正について「景気が悪化している中で、企業と非正規職労働者の両方を保護するためだと説明している。つまり、職を失うよりは、雇用の質は多少落ちても、雇用を延長する方が労働者にとっても得」だと考えているが、労組の側は「そんなのは話が違う、約束どおり正規雇用にしろ」と言っている、ということでしょうか。
で、最初に引用した中央日報の社説は、一段の雇用失業情勢の悪化を受けて「すでに雇用大乱は出口のない現実となった」と述べているわけです。政府高官が「働き口を最優先する。いまは仕事の質を問うほど余裕のある状況ではない」と述べ、中央日報紙も「われわれは尹長官の危機意識に全的に共感する。いまは低い年俸の社会的働き口か臨時的なインターンかを問うときではない。まず働き口から増やすことが最もよいセーフティネットであり景気対策だ」と主張しています。
たしかに、雇用を増やすことが最もよいセーフティネットであり景気対策だというのは100%そのとおりだと思いますが、それにしても「働き口の質を問う時ではない」「仕事の質を問うほど余裕のある状況ではない」というのは、まことに大変な危機意識です。要するにどんなひどい仕事でもないよりはましだ、ということでしょうが、それほどに危機的状況だということなのでしょうか?実際のところは韓国に行ってみないとわからないでしょうが…。それにしても、non-decent(と言うのか?)な仕事であっても職があるなら文句を言わず働け、というのは、(decentの水準にもよるでしょうが)OECD加盟国としては少々さびしいものがあるのではないかと思います。まあ、わが国にも年配者を中心に「選ばなければ仕事はあるのに、キツイとか賃金が安いとかゼイタク言って失業しているのはけしからん、俺の若い頃なんかはな…」とかいった時代錯誤独善オヤジ(オヤジとは限りませんが)は多いので、他国のことは言えませんが…。
ちなみに、社説は「大企業を中心に進められるワークシェアリングを通じた雇用維持努力も積極的に支援する必要がある」と述べていますが、これに関してはやはり韓国の有力な全国紙である東亜日報の1月29日付の社説の日本語訳が同社の日本語サイトに掲載されていました。お題は「「賃金引き下げで、仕事の分け合い」本格的に推進せよ」。

 公企業を中心に賃金を引き下げ、新規採用を増やす「仕事の分け合い」が推進される。韓国電力とその子会社である韓国水力原子力をはじめ、さまざまな国策金融機関では、大卒初任給を下げ、新入社員を追加採用する計画を明らかにしている。今のところ、参加公企業は多くはないが、民間企業も積極的に参加すれば、その効果は少なくないだろう。
 今、我々には一つの雇用も大切だ。1月の輸出は29%も減少し、韓国開発研究院(KDI)は今年の成長予測値を0.7%へ下方修正した。1998年の通貨危機以後最悪の状態であり、新たな雇用増大どころか、減少は避けられない現状だ。新たな雇用を生むためには、少なくとも2%台の成長を遂げなければならない。卒業シーズンの2月以降、最悪の雇用大乱が懸念される。政府や企業、労組が苦痛を分かち合い、手を取り合って仕事の分け合いを先導すべきだ。政府も企業の参加を誘導するため、貸出金利の引き下げや税金支払いの延期などインセンティブの準備をさらに急ぐべきだ。
 仕事の分け合いが成功するためには、賃金水準を下げなければならない。1日12時間の勤務を8時間3交代へと変え、雇用を増やしても、人件費が減らなければ無用である。アイルランドやオランダは、労使政が賃金引下げや雇用増大に合意したことで、成功の事例として取り上げられている。過度な労働市場に対する規制も緩和されるべきだ。採用や解雇条件、雇用条件を巡る規制が柔軟でなければ、余裕のある企業すら雇用を渋るだろう。フランスは法定労働時間を短縮し仕事の分け合いを試みたが、雇用増加へと繋がらず失敗した。
 大卒初任給であれ、社員の賃金であれ、引き下げてこそ追加採用が可能となる。韓国内の大卒初任給は、競争諸国の水準に比べ、過度に高い。昨年、ある経済団体の調査結果、韓国の大卒初任給は日本よりも高く、競争国である台湾の2倍に上る。この格差なら、競争力を失わないためにも、大卒初任給の引き下げが必要だ。
 一部の大手企業や公企業の大卒新入社員の過度な高賃金が、国家経済に及ぼす悪影響は大きい。大卒者らが高賃金の大企業や公企業に拘り、就職浪人は増えているが、中小企業は求人難で、地団太を踏んでいるのが現状だ。高い教育費を払い、育てた人材資源の無駄遣いに他ならない。このような雇用構造を変えない限り、中小企業で一途に働く人が成功し、社会的に優遇を受けることは不可能である。
 大卒初任給は学歴、職種別の賃金水準を比較する基準値となる。大卒初任給が上がれば、高卒の賃金も同様に上がり、日雇いや非正規の賃金も影響を受ける。したがって、日本より20%も高い大卒初任給では、産業競争力の維持は難しい。韓国内価格が高く、ゴルフのため海外へ行き、観光客が来ないのもこれと無縁ではない。遠因を突き詰めると、国際的に価格競争力の落ちる高賃金、高費用の構造にある。このままいくと、輸出増大や国際収支の改善とも期待できない。雇用大乱を目前にしている今こそ、逆に「高費用の難病」を治せるチャンスでもある。
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?bicode=080000&biid=2009012267918

中央日報もそうでしたが、ここでも2月に新卒者が労働市場に大量参入することをふまえた「2月雇用大乱説」が展開されています。
それにしても、はっきり書くものですねぇ。反発はないのでしょうか?「仕事の分け合いが成功するためには、賃金水準を下げなければならない」「大卒初任給であれ、社員の賃金であれ、引き下げてこそ追加採用が可能となる」とは、またなんとも明快な物言いです。とりあえず、フランスのワークシェアリングが失敗と断じられ、オランダの成功が賃金引下げのみによるかのように書かれていることには、大陸欧州マンセーな人には異論があるでしょうが…。「韓国の大卒初任給は日本よりも高く、競争国である台湾の2倍に上る。この格差なら、競争力を失わないためにも、大卒初任給の引き下げが必要だ。/一部の大手企業や公企業の大卒新入社員の過度な高賃金が、国家経済に及ぼす悪影響は大きい」というのも、労組や学生は反発しそうです。もっとも、「大卒者らが高賃金の大企業や公企業に拘り、就職浪人は増えているが、中小企業は求人難で、地団太を踏んでいるのが現状だ。高い教育費を払い、育てた人材資源の無駄遣いに他ならない」ということであり、「高賃金の大企業や公企業」でなければnon-decentだ、ということになっているのであれば「働き口の質を問う時ではない」「仕事の質を問うほど余裕のある状況ではない」というのもわかりますが、まさかそんなことはないと思いますが…。