大内伸哉『どこまでやったらクビになるか』

どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門 (新潮新書)

どこまでやったらクビになるか―サラリーマンのための労働法入門 (新潮新書)

「キャリアデザインマガジン」第83号に載せた書評を転載します。



 副題に「サラリーマンのための労働法入門」、オビの惹句に「身近な実例で学ぶ我が身の守り方」とあるこの本、Q&A形式の「講義」18講と、それぞれの講義の補講という形でまとめられている。このQがなかなかふるっていて、第1講から第4講までを紹介すると「ブログで社内事情を書いている社員がいてヒヤヒヤしています」「会社に秘密で風俗産業でアルバイトをしている女性社員がいます」「社内不倫しています」「私用の飲食代を経費として精算したのがバレてしまいました」。いずれもありがちな今日的話題だが、さて『どこまでやったらクビになるか』?
 たしかに、いずれもほめられた話ではない。本人としても、なんらかのペナルティがあっても致し方ないとは思うだろう。しかし、それが「クビ」=解雇ということになると、事情によっては「ちょっと厳しすぎるんじゃないの?」「これでクビにされたのではたまらない…」などと思う人もまた多いにちがいない。「私はそんなことはしないから大丈夫」と思うかもしれないが、たとえば第7講では「会社がひどい法令違反をしています」というQが出てくる。今のうちに内部告発すれば影響は小さくてすむ。しかし、内部告発すれば社内で報復される、下手すれば解雇されるかも知れない…。こうした状況におかれる可能性は低いかもしれないが、しかしそれが免れ得ない現実となることは誰にもあり得る。ほかにも、たとえばとても応じられないような転勤を命じられたら、健康を害するような大量の仕事を与えられたら、そして働いた時間に応じた割増賃金が支払われなかったら…。これらはすべて本書に出てくる例題だが、こうしたときに頼れるのは結局は「法」だろう。必ずしも裁判所には行かないにせよ、当事者同士の話し合いで解決を模索する上でも当然「法」は意識されざるを得ないはずだ。
 この本は、こうした職場のトラブル18例をとりあげ、法律の観点から解説している。もちろん、現実にはこうした類型化された事例とまったく同じトラブルに遭遇するということは少ないだろうが、この本の事例と解説を学べば、なにより法が敵にも味方にもなるということ、万一のときには法の正しい知識をもってことに当たることが大切だということ、そして「このケースならだいたいこんな感じではないか」という相場観を知ることができるだろう。さらには、トラブルには巻き込まれないのがなによりであり、トラブルを避けるためにどう行動するのが賢明か、といったことも学ぶことができる。
 コンパクトな本なので、もとより詳細な解説は望むべくもないし、法律の本にありがちな堅苦しさ、読みにくさを避けるためにも、ポイント・要点を中心にわかりやすく親しみやすい記述とされているから、まさしく副題にあるとおりの入門書であって、たとえば人事担当者の参考書とするには物足りないことは否めない。しかし、一般の勤め人ならこの程度の知識があれば当面は十分で、あとは必要に応じて学べばいいだろう。価格はリーズナブルだし、読むにもそれほど多くの時間や労力は要しない。万一のときにあわてずにすむような心構えをつくるために、忙しいビジネスパーソンには最適の一冊といえそうだ。