正規雇用転換に補助金

週末の報道によると、与党は今後の経済対策のひとつとして、非正規雇用正規雇用に転換した事業主に補助金を支給することを検討しているのだとか。

 自民、公明両党は十八日、今月末にまとめる追加経済対策の柱の一つとして、正規雇用促進策を盛り込む方針を固めた。パートなど非正規雇用者を正規雇用に切り替える際、事業主が負担する必要がある社会保険料を三年間程度補助し、国が事実上、肩代わりする。雇用情勢の悪化が懸念されるなか、企業負担を軽減し、正規雇用の増加を促す。
 大企業を含めたすべての事業主が対象。現在、雇用者全体の約三割が非正規雇用だ。
 厚生年金などの社会保険料は原則労使折半で五〇%ずつ負担するが、事業主の負担分を国が事実上肩代わりする。一人分として年五十万円程度を補助する計画だ。
 与党内では対策案を実現するため、年一千億円程度の予算を確保すべきだとの声が浮上している。この場合は約二十万人分の非正規雇用者の正規雇用化を促進することになる。深刻な財政事情に配慮し、財源は一般会計からではなく、積立金が過去最高水準に達している労働保険特別会計から捻出(ねんしゅつ)することを検討している。
(平成20年10月19日付日本経済新聞朝刊から)

ということは、正規雇用で1人雇うと「事業主が負担する必要がある社会保険料」が「年50万円程度」かかるということで、なかなか重いものがあり、なるほど標準報酬月額の改竄も起きるわけだ…とこれは悪い冗談ですが、世間では企業は社会保障の負担を免れるために非正規雇用を増やしている、という説もあるわけで、であればこういう発想も出てくるのでしょう。現実には、非正規雇用の増加には目先のコストもさることながら、雇用量の柔軟性の確保という側面も大きいはずです。だとすると、これだけ経済が混乱し、先行きの見通しが持ちにくい状況下で、3年間で150万円の助成があるからといって、基本的に定年まで雇用しなければならない正規雇用を現時点の年収420万円*1で増やすだろうか、と考えると、効果のほどは不透明と言わざるを得ないように思います。もちろん、記事にもあるとおりそういう状況下だからこそ雇用対策が重要なわけですが…。
それにしても、新規財源不要の「埋蔵金」ということで政治的に魅力なのはわかりますが、労働保険特会を流用するというのはどんなものなのでしょうか。まあ、雇用保険の財源を利用して雇用対策を実施すること自体は、失業が発生すれば結局は失業給付が支給されるわけなので、だったらその財源を失業防止に使おう、という理屈でそれなりに正当化できなくはないかもしれません(一部で不評な雇用調整助成金でも同じような理屈があったように思います)。ただ、それはあくまで雇用保険の範囲内での話で、専ら事業主が保険料を拠出して労災補償にあてている労災保険の会計から流用するのは筋が違うというべきです(労災保険の積立金は労災補償年金などの将来給付の財源として確保されている部分もあるわけなので。適正規模かどうかは議論があるのかもしれませんが)。
また、カネに色がついているわけではないので細かいことを言っても意味はないのかもしれませんが、やはり理屈として社会保険料を補填するという性格を与えるのであれば、これは労働保険料の一部をそれ以外の社会保険料につけかえるということになります。どちらも労使で拠出しているんだから同じことじゃないか、ということかもしれませんが、労災保険料は使用者のみの負担ですし、雇用保険も三事業の分は使用者のみが拠出しているわけですから、本来労使折半とされている厚生年金や健康保険の保険料の負担割合が崩れることになります。まあ、そんなことどうでもいいだろう、ということなのかもしれませんが…。
本来なら、労働保険特会が余っているなら労働保険料を引き下げるのが正論なわけですが、それではなかなか新規(正規)雇用が増えるほどの力はない、というのもなんとなくわかりますので、政策的に重点志向するのだ、ということかもしれません。たしかに、それで本当に正規雇用が増えるのであれば悪い施策ではないかもしれませんが、与党がやろうとしているように、他の経済政策、特に労働需要を増やすような経済活性化策とのセットが決定的に重要でしょう。とりあえず、これが「追加経済対策の柱の一つ」とまで期待できるかというと、そうでもないような気がします。

*1:社会保険料の事業主負担分の料率は厚生年金、健保、雇用保険労災保険まで入れるとだいたい1000分の120くらい(上限があったり、労災保険は業種によって料率が違ったりとかするので、大雑把な数字ではありますが)なので、年50万円から逆算すると年収420万円くらいが想定されているということになると思われます