日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)をめぐって(3)

きのうの続きです。今回の判決を受けて、店長の人事管理がどのように変化していくかについて述べています。

 そこで、今後の方向性です。ちょっと不穏当というか、適切でないかもしれませんが、一面の現実として誤解をおそれずに申し上げますと、店長にふさわしい、それなりに高い基本給が設定されていて、ある程度まとまった金額の店長手当が支給されていて、それが実際の労働時間で計算した時間外割増より多いとか、同じくらいとか、それなりに納得のいくものになっていて、あとは労働時間や休日がほどほどであれば、労働基準法上は問題であるとしても、とりたてて苦情を述べる店長はいないのではないでしょうか。日本マクドナルド事件にしても、店長手当をはるかに上回る残業、長時間労働をしていたところが問題の発端になったわけで、残業が月20時間とかだったらなにも裁判所に行こうなどとは考えなかったでしょう。この判決以降、追随して同様の訴訟が提起されているようですが、それにしても報道などでみるかぎりかなり少数のようです。裁判所に行くというのもかなりのエネルギーを必要としますので、それが制約になっているということはあるにしても、店長に対するこうした人事管理はかなり幅広く行われていることに較べれば訴訟の数は非常に少なく、多くの店長は、それは雇われているわけですからそれなりに不満もあるでしょうが、それほど大きな不満を持っているわけでもないと考えていいのではないでしょうか。
 一時期、成果主義が流行した時期に、それとセットにして、中堅ホワイトカラーを対象とした「定時残業制」、あらかじめ30時間とか、一定時間分の時間外割増を手当として支給することとしておき、実際の残業がそれを下回っても手当は減額せず、上回った場合は追加的に割増賃金を支払う、という制度が流行したことがありました。これは、働いた時間の長さじゃなくて、成果で評価しますよと、そういう会社の考え方を制度で体現したものだったわけですが、いっぽうでやはり実際の労働時間も残業30時間相当程度くらいには抑制しましょう、それ以上は働きすぎだから超えないようにしましょうというポリシーの体現でもあるわけで、それとも似ているように思います。実際、店長に時間外割増を支払わないいっぽう、労働時間の抑制に取り組む事例もあります。ユニクロの例では、月間の基準時間を超えて勤務する店長には、地域を統括するスーパーバイザーが月半ばでも勤務シフトを是正するよう指導し、従わずに勤務する店長には強制的に休暇を取らせているそうです。店長は管理職扱いで、従業員の労務管理などを自主的に決定する権限を持たせ、時間外割増はありませんが、店長昇格と同時に年収を二割増やすなど、給与面でも差をつけているということです。残業がどのくらいなのかは具体的にはわからないのですが、それほど多くはないでしょうから、残業がふえずに年収が2割増ならなかなかの厚遇といえましょう。
 ただ、ここまで徹底してやるのであれば、割増賃金を支払うか支払わないかはそれほど大きな違いではないという考え方もあるでしょう。実際、類似の試みに取り組む企業の中には、割増賃金を支払うことにした企業もあります。セブン・イレブン・ジャパンでは、店長は管理職扱いのまま店長手当を減額し、それを原資に時間外割増を支払う制度に変更しましたが、それと同時に残業削減のための効率化運動をはじめたそうです。残業が少なくなって個別にそれほど大きな違いがないのなら、早く帰る人は給料が多少少なくて、少し遅くなる人が若干多くてもいいだろう、という考え方も十分ありうるわけで、どちらが正しいというわけではなく、その企業に合う考え方をとればいいわけです。どちらかといえば、残業代を払ったほうが法律的には安全とはいえそうなわけですが。それはそれとして他にもいくつか例をあげますと、さっきも少し紹介しましたが、AOKIホールディングスやはるやま商事などの紳士服販売大手でも、店長に支払っていた業務手当などの手当を縮小・廃止して時間外割増を支払うとともに、自動集計機能のついた自動つり銭機を導入したり、業務改善委員会を設置するなどして効率化に取り組んでいます。日本マクドナルド自身も、さきほどふれたように、店長手当を廃止して割増賃金を支払ういっぽう、労務監査室を設けて長時間労働の抑制をすすめる方針を示しました。基本的には望ましい方向性であり、今後こうした動きが拡大するものと思われます。
ただ、やや脱線になるかもしれませんが、ここでひとこと触れておきたいのが、効率化も大事だけれど、店長の長時間労働対策としては要員配置の改善が必要ではないか、ということです。今回の日本マクドナルド事件や、これに追随した類似のケースの多くは、長時間労働問題というよりは長時間営業問題ではないかと思うからです。長時間営業をするには、当然シフト勤務を組むことになります。そのとき、各シフトで必要なシフトマネージャーが確保できないと、店長がそれを兼ねざるを得ず、必然的に店長が2シフト、ひどい場合は3シフト勤務となる可能性もあり、一気に長時間労働となってしまいます。日本マクドナルド事件もまさにこうしたケースでした。前にも言いましたが日本マクドナルドでは店長の平均残業時間は月30時間、しかも「優秀な店長ほど残業が短かった」といいます。このあたりは私に誤解があるかもしれないのですが、日本マクドナルドではシフトマネージャーの確保は店長の才覚に任されていたようで、うまくシフトマネージャーを確保できた店長は残業が短くなり、できなかった店長が長時間労働になったと考えると辻褄が合うわけですが、ここに根本的な問題があるのではないでしょうか。各シフトでシフトマネージャーが必須であれば、それはやはり店長が確保するのに任せるのではなく、会社がきちんと確保すべきでしょう。配置に融通のきく正社員として採用し、必要であればシフトマネージャーとしての訓練も積ませて、計画的に配置していく、こうした要員配置の改善を行わなければ、店長の長時間労働はなかなか解決しないのではないでしょうか。