労働政策を考える(7)名ばかり管理職

「賃金事情」2569号(本年8月5・20日合併号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2009_08_20_H1.pdf


名ばかり管理職


 今年のはじめ、ファーストフードチェーン「マクドナルド」の店長が労働基準法第41条2号の管理監督者にあたるかが争われている事件で、東京地裁は店長は管理監督者にはあたらず、割増賃金の支払いを要するとの判断を示しました(日本マクドナルド事件、東京地判平20・1・28)。企業の組織や人事制度をどうするか、だれを「管理職」として処遇するかはもとより各企業の自由ですが、一方でだれが労働基準法上の「管理監督者」にあたるかまで企業が決められるわけではないことも当然で、この判決自体は従来の裁判例を踏襲したいたって順当なものといえそうです。一般論として、ファーストフード店の店長といえば、それなりに権限は持っているとしても、やはり現場の監督職であって、労基法上の管理監督者にあたると考えるのは常識的に無理でしょう。
 いっぽう、この判決はマスコミで大きく報じられ、それを契機に「名ばかり管理職」問題が世間の注目を集めたことは記憶に新しいところです。その影響は大きく、その後類似の業態の企業が店長の処遇を見直し、割増賃金を支払うこととしたという報道も相次ぎました。たとえばコンビニ最大手のセブン・イレブン・ジャパン、紳士服最大手のAOKIホールディングス、通信カラオケ最大手の第一興商といったトップ企業が見直しに踏み切っています。また、日本マクドナルドはこの地裁判決を不服として控訴したわけですが、そのかたわらでやはり店長に時間外割増を支払うという見直しを行うと発表して世間を驚かせました。その一方で、衣料品チェーン店の「ユニクロ」を展開するファースト・リテイリングなど、店長を引き続き管理監督者として扱い、時間外割増は支払わないとする企業もあるようです。データでみると、日経リサーチが2008年に実施した「第34回日本の飲食業調査」によれば調査時点で店長への時間外割増を不支給としている企業が66%です。これが「今後の予定」となると、不支給が54%で12パーセントポイントの低下、支給は39%で5パーセントポイントの上昇、7%は態度未定となっています。
 もっとも、これが即座に企業のコストアップ、店長の収入増に直結するかというと、必ずしもそうではないようです。同じ調査によれば、店長を管理職扱いにしている企業の9割弱で「店長手当」などの特別の手当が支払われています。これは、店長になると時間外割増が支払われなくなることの補填という性格も持っているのでしょう。実際、店長の処遇を見直す(新たに時間外割増を支払う)各社においては、あわせて店長手当の支給を廃止することが多いようです。したがって、残業時間が店長手当相当より長い企業・店長はコスト増・収入増となることになります。
 さて、それでは店長の処遇を見直して時間外割増を支払えばそれで問題は解決なのかというと、そういうことでもなさそうです。報道などをみる限りでは、日本マクドナルド事件の原告はもともと時間外割増よりは長時間労働の問題を訴えていました。実際、この判決を受けて類似の訴訟がいくつか起こされていますが、みるかぎりはすべて長時間労働の問題があるようです。いずれも、店長は労働基準法上の管理監督者には該当しないから割増賃金を支払え、という訴訟ではありますが、これは裁判で直接的に長時間労働をさせないようにすることが技術的に難しいため、こうした形になっているのだと思われます。
 したがって、割増賃金を支払えいさえすればいくらでも長時間労働させていいのかといえば、当然そんなことはありません。現実の人事管理においては、単に処遇を見直すだけではなく、それが長時間労働を抑制するものになっているかどうかがポイントでしょう。前に紹介した各社でも、店長手当の廃止と時間外割増の支払に加えて、残業を減らし、労働時間を短縮するための取り組みが行われています。たとえば紳士服のAOKIでは全店舗に毎日の売上処理までできる自動釣り銭機を導入するそうですし、日本マクドナルドも「労務監査室」を設置して店長の勤務時間の管理を徹底し、長時間労働を防止するとしています。このような、効率化を通じて労働時間の短縮を進める取り組みは非常に好ましいものといえましょう。もっとも、これは店長に時間外割増を支払うか否かにはかかわりません。前述したファースト・リテイリング(ユニクロ)では、月間の基準時間を超えて勤務する店長には地域を統括するスーパーバイザーが月半ばでも勤務シフトを是正するよう指導し、従わずに勤務する店長には強制的に休暇を取らせる、といった取り組みを進めているそうです。
 つまり、「名ばかり管理職」の問題は、割増賃金の問題である以上に、長時間労働の問題だといえるのではないでしょうか。さきほどの調査によれば、店長を管理職扱いする理由としては「店舗運営の責任があり、時間管理に適さない」が7割強、「非管理職にすれば士気に影響する」が3割弱となっています(複数回答)。ここで大切なのは、企業が「時間管理に適さない」と言うのは、必ずしも労働基準法上の管理監督者として労働時間規制の大半を除外すべきだという意味ではない、ということです。たとえば労働基準法上の管理監督者には労働基準法第35条の1週1日、2項の4週4日の休日の規制は適用されませんが、いっぽうで店長には週休日がなくてもいい、とまで考えている企業がいくつもあるとは思えません。あるいは、企業が「店長は時間管理に適さない」と言ったとしても、店長には労働安全衛生法第66条の8に定める面接指導も不要だとまで考えているわけではないでしょう。企業としてみれば、店長といえば一国一城の主なのだから「時間の切り売り」ではないだろう、一時間残業したらいくらではなく、店をしっかり切り盛りしていくらだ、という気概と誇りを持って、士気高く仕事をしてほしい、という人事管理上の要請があるだけではないでしょうか。もちろん、店長が健康に悪影響が出るような長時間労働にならないようにする必要もあるわけですが、それは安全配慮義務として求められているわけで、賃金の支払い方とは直接の関係はありません。
 そう考えると、ファースト・リテイリングなどのように、店長の長時間労働がきちんと抑止されている場合は、店長は意欲を持って働いていて特段の不満はみられない、というのは当然なのかもしれません(ユニクロの店長になるとそれ以前に較べて年収は2割増えるということですから、賃金水準も確保されているようです)。残業時間の如何にかかわらず定額の手当を支給し、実際の残業時間が手当相当分を超えた場合には相応の割増賃金を追加して支払うという賃金制度は現行法制下でも導入可能で、かつて電機メーカーの技術者などで多く事例がみられましたが、こうした制度は実は「店長」に適しているのかもしれません。労働者保護に欠けない範囲でさらに緩やかな運用を可能とするような規制緩和も考えられていいでしょう。「名ばかり管理職」というキャッチフレーズが一人歩きして情緒的な議論に陥りがちなように思われますが、就労の実態に応じた最適な人事管理を可能にするという観点での議論が必要だろうと思います。