改正労基法成立

そういえば先週、改正労基法が成立したようです。

 月六十時間を超える残業時間の割増賃金率を五〇%以上に引き上げる改正労働基準法が五日成立した。長時間の残業を減らすのが狙いで、二〇一〇年四月に施行する。ただ中小企業を一部適用除外としており、期待通りの効果を上げられるかどうかは不透明だ。
 いまの割増率は残業時間の長さに関係なく、一律二五%以上となっている。今回の法改正後は残業時間の長さを考慮し、三通りの方法で割増率を決める。
 「月四十五時間まで」の残業の割増率は二五%以上とする。「月四十五時間超から六十時間まで」は労使協議で割増率を決定し、「月六十時間超」は五〇%以上の割増率を義務づける。
 中小企業については「月六十時間超」の残業に五〇%以上の割増率を義務づける規定を適用せず、施行から三年後に再検討する。割増率引き上げの負担が重いためで、法改正の実効性を問う声も出てきそうだ。
(平成20年12月5日付日本経済新聞朝刊から)

これまでも繰り返し書いてきたことではあるのですが、あらためて見てみて、やはり見れば見るほど妙な法律だなあという印象です。まあ、長時間労働の抑止に取り組むぞ、という姿勢だけでも見せるという意味では、それなりに有意義なのかもしれませんが…(特に選挙対策としては)。
まあ、割増賃金というのは時間外労働をさせた使用者へのペナルティという側面を持っていますので、月に60時間も残業をさせたらペナルティが重くなるよ、というのはたしかにメッセージとしては意味がありそうです。ただ、これが直接に長時間残業の抑止につながるかといえば、それはやはり疑問でしょう。
まず、実際にどれほどのペナルティになるのか、という点があります。大雑把な試算として、週60時間=残業約80時間相当以上の長時間労働をしている人が約1割いるそうですから、高めに見積もって(いると思うのですが)月間残業100時間の人が1人、残り9人は残業20時間、月間所定労働時間160時間、時給1,000円という単純化したモデルで計算してみます。改正前(割増率25%)だと総額が1,950,000円です。改正後は1人の人の残業のうち40時間分が割増率25%から50%になりますので、10,000円増えることになります。総額は1,960,000円です。増加率は0.5%で、小さいとは言えないかもしれませんが、しかし2年くらいベアを抑制すれば取り戻せる水準です。
割増賃金は企業へのペナルティである一方、働く人に対しては残業を増やすインセンティブになるものです。それを引き上げるということは、特に所得選好の高い人には、ますます時間外労働を増やす誘因になりかねません。さらに、たとえばベアを抑制して総額人件費が不変になったとすると、結局は時間外労働の少ない人から多い人に賃金を移しただけの結果になってしまいます。残業をすればするほど賃金は高くなり、さらに企業内での分け前も大きくなるというのでは、かえって残業が増えるのではないかと心配になるのが普通でしょう。
もっとも、労働時間の実態は企業により多様でしょうから、もっと長時間労働が多い企業では賃金総額の増加率ももっと高いでしょうし、そういう企業こそ是正をはかるべきなのでしょうから、大雑把に平均的に0.5%、という計算よりは効果はあるのかもしれません。ただ、そこで「割増率引き上げの負担が重いため」「中小企業については「月六十時間超」の残業に五〇%以上の割増率を義務づける規定を適用せず、施行から三年後に再検討する」といってしまったのでは、いったい何のためにやるのか、という話になってくるわけで…。
ということで、とりあえず、長時間労働の抑止に取り組むぞ、という姿勢だけでも見せた、というくらいにとどまる話でしょう。そう考えると、それだけのために賃金計算システムのプログラムを書き換えたりするコストを負担しなければならない企業は気の毒だなあという印象がありますが、まあシステム屋さんはその分儲かるので、それほど悪い話でもないのかもしれませんが…。
こういうのをみると、本当に早く解散・総選挙をして、できればねじれ状態を解消してほしいものです。選挙を目前に、与野党がこういった選挙目当ての大衆迎合的政策を競い合うというのは、かなり最悪な展開ではないかと思うのですが…。