「名ばかり管理職」ってなんだ?

前回は「名ばかり店長」を取り上げましたが、このところ広まっている「名ばかり管理職」ということばも、なにかと意味不明というか、混乱をはらんだ用語のようで…。
きょうは、先週掲載された中日新聞の社説を材料に、そのあたりをみていきたいと思います。まずは全文をどうぞ。

  • あらかじめお断りしておきますが、私は健康被害につながりかねない長時間労働は抑止されるべきだと思いますし、割増賃金も含め法の定める労働条件の最低基準は遵守されなければならないと思っています。そのうえで、今回の議論の混乱をすこし整理してみようということです。

では社説の前半をみてみます。

 「名ばかり管理職」の店長に、八月から「残業代を支払う」と、日本マクドナルドが発表した。他業種の店長に与える影響も大きいはずだ。過労死すれすれで働く労働実態を改める一里塚としたい。
 昭和初期に作家小林多喜二が書いた、プロレタリア小説「蟹工船(かにこうせん)」が売れている今日だ。カニ漁で過酷な労働を強いられるありさまが、厳しい労働環境下にあえぐ現代の労働者に二重写しとなっているのであろう。
 月に百時間を超える時間外労働をこなしながら、「管理職だから」という理由で、マクドナルドの店長が残業代を支払われなかった。
 労働基準法では、一日八時間・週四十時間の労働が原則で、それを超える残業には、割増賃金を払う定めだ。だが、「管理職」には残業代などを払う義務がないのである。
 この店長は「不当だ」と訴え、東京地裁も今年一月、残業代約七百五十万円の支払いを命ずる判決を出した。「管理職」の肩書が名ばかりであることが認められたことで、一気に社会問題化した。
(平成20年5月23日付中日新聞社説から、以下同じ)

「管理職」という語がたびたび出てくるのですが、用語に混乱があります。「管理職」というのにはもちろん辞書的な定義はあるでしょうが、基本的には誰を管理職とするのか、どの仕事を管理職ポストとするのかは、各企業が自由に決めればいいわけです。実際、あまり規模の大きくない組織だと、たとえば○○部の部員は5人で、部長、課長、係長、主任と肩書きなしの平社員が各1人ずつ、というのも珍しくありませんが、さてこの5人のうち誰が管理職なのか、ということは、まあその企業の自由でしょう。要するに「管理職」というのは各企業(に限らず、役所や団体でも使いますが)の人事管理上の概念に過ぎません。
いっぽう、日本マクドナルド事件で争いになったのは「管理職」ではなく、労働基準法の一部の適用が除外される「労働基準法上の管理監督者」です。どことなく似ているような感じはしますが、こちらはきちんと定義された法的概念なわけで、企業が好きに決められる「管理職」とは全然違うものです。で、日本マクドナルド事件の場合は、原告である「店長」について、被告である会社が「労働基準法上の管理監督者」に該当すると判断し、割増賃金を支払わなかったのことに対して、原告は自らがそれに該当しないから割増賃金を支払え、と求め、地裁は原告の主張を採用したわけです。
つまり、被告が割増賃金を支払わなかったのは「管理職だから」ではなく「管理監督者だから」であり、また、「「管理職」には残業代を支払う義務がない」のではなく「「管理監督者」には残業代を支払う義務がない」のです。東京地裁にしても、判決文を読めば「「管理職」の肩書が名ばかりであることが認められた」という形跡はありません。
どうも、マスコミが命名し書き立てている「名ばかり管理職」という表現は、この問題の基本構造をわかりにくくしている感があります。実際、人事屋の世界で「名ばかり管理職」といえば、通常は「部下なし管理職」「スタッフ管理職」を想起するのが普通でしょう。大雑把にいえば、部下はいない、したがって部下の「管理」はしていない、しかし待遇や権限などについては(部下のいる)「管理職」と同等程度である。こういう人が、そのステータスをわかりやすく?示すべく「課長待遇」とか「部長代理」とかいった管理職風の肩書きを与えられ、それを人々は「部下なし管理職」「スタッフ管理職」と呼んだわけです。これはとりわけ職能資格制度のもとで見受けられ、「幹部社員2級」という職能資格の中に、部下のいる「課長」と部下のいない「参事」がいて、賃金などはまったく同じ、というのはこんにちでも多くの企業でみられる人事管理です。
で、問題は、このような部下なし管理職、スタッフ管理職でも労働基準法上の管理監督職に該当し、割増賃金支払の規定を除外されるケースがあるわけです。これについては、どのようなスタッフ管理職が労働基準法管理監督者に該当するかをめぐって古くから議論があり、通達なども出されています。マスコミなどは「名ばかり管理職」だから割増賃金を支払われるのが当然だ、という論調ですが、現実にはそうではないのです。
また、それほど多くはないでしょうが、逆のケースももちろんあります。マクドナルドの店長は辞書的にも管理職というよりは監督者というほうが近いのではないかという気がしますが、数十人の部下がいて辞書的には申し分なく「管理職」といえるような人でも、労基法上の管理監督者に該当せず、したがって割増賃金を支払われる、ということも十分ありうるわけです。

  • たとえば、50人のスタッフを束ねる課長ではあるものの、仕事はもっぱら出退勤管理と業務の割り振り・進行管理で、人事考課は年功で一律に行われており、昇進昇格の決定権は上位者である部長にある、といったケースでは、現行法制では管理監督者に該当しない可能性はかなりあります。

だいぶ長くなってきたので、続きは明日ということにしたいと思います。