日本マクドナルド事件(東京地判平20.1.28)をめぐって(5)

先週からの続きです。まずは、「名ばかり管理職」から「スタッフ管理職」へと話を転じ、賃金計算上の労働時間と健康管理などに用いる「労働時間」とは必ずしも同一である必要はない、という私の持論を展開しました。

 さて、ご要請もありますので、今回の判決からは外れますが、労働時間規制の適用除外と、長時間労働について少し問題提起をしたいと思います。
 今回の判決で「名ばかり管理職」というのが流行語になりましたが、従来なら、人事担当者が「名ばかり管理職」という言葉を聞けば、おそらくはいわゆる「スタッフ管理職」のことだろうと受け止めたのではないかと思います。部下はいない、あるいはいても少数、人事などの権限もそれほど大きくはないが、多数の部下と多くの権限を持つ管理職と同等に処遇され、それに見合った高度な専門性をもって、それなりに自律的に働いている人たちです。こうした人たちを「スタッフ管理職」として労働基準法上の管理監督者として取り扱う例は非常に多く、通達や裁判例もこうした存在に対しかなりの配慮を行っているといっていいと思うのですが、それにしてもこれには非常に大きなグレーゾーンがあります。そして、こうした人たちは、労働時間に関しても、専門的で高度な仕事に従事しているだけに、ともすれば長時間労働になりがちであることもとみに指摘されています。
 そこで、こうしたスタッフ管理職を労基法上の管理監督者とは認めずに、割増賃金を支払わせるべきだ、との議論が出てきます。これは要するに、労働時間が長くなるほど賃金の支払額が多くなるので、使用者はそのコストアップを嫌って労働者に長時間労働をさせなくなるだろう、という考え方でしょう。ただ、これは逆にいえば「割増賃金を支払えばいくらでも時間外労働をさせてもいい」という論法につながりかねません。日本マクドナルド事件を発端とした一連の報道などを見ていると、そうした論調に陥ってしまっている例がけっこう目につきます。
 もちろんそれではまずいわけですが、この理屈で残業を削減しようとすると、これはスタッフ管理職に限りませんが、時間外労働の割増賃金率を引き上げるべきだ、という議論になるようです。時間外労働の単価が高くなればばるほどコストも上がり、使用者は時間外労働をさせなくなるだろう、という論法です。ただ、これは逆にいえば、時間外労働のインセンティブを増やすということにほかならず、とりわけ所得選好の大きい労働者、しかも労働時間を自分でコントロールしやすいホワイトカラーに対しては、かえってより長時間の労働を誘発しかねません。しかも、賞与や退職金、福利厚生など割増賃金のベースに入らない人件費が大きいわが国では、残業で対応するかわりに人員を増やそう、という考え方で計算が合うようにするためには、割増率を相当の高率、おそらくあまり現実的でない高率に設定する必要があるとも言われています。そう考えると、業種や職種によって事情は異なるでしょうが、時間外労働削減のために一律に割増率を引き上げるというのが政策的に正当化できるかどうかは必ずしも自明ではないように思います。
 むしろ、長時間労働を抑止したいのであれば、長時間労働そのものを直接的に規制することが望ましいのではないでしょうか。そういう意味で、時間外労働が一定水準を超えたら医師による面接指導を定めた労働安全衛生法66条の8は好ましい方向ではないかと思います。これは健康被害の観点から設定された基準ですが、たとえばワーク・ライフ・バランスの向上を政策目標に置くのであれば、技術的にはかなり難しいかもしれませんが、それに必要な労働時間の上限規制を行えばいいでしょう。実際、育児休業とか育児時間、育児を行う労働者の時間外労働の制限といった制度は、ワーク・ライフ・バランスの向上のための労働時間の上限規制と言って言えないこともなさそうです。
 ここで大切なのは、賃金計算のための労働時間と、健康管理やワーク・ライフ・バランスの観点からの「労働時間」とは、必ずしも同じである必要はない、ということではないかと思います。現在の労働法制では、労働時間といえば賃金計算のためのものが唯一のものという考え方になっているようですが、本当にそれが適切なのか、かなり疑問ではないかと思います。賃金計算のためには、時間外労働が30時間なのか30.5時間なのか、31時間なのかといったことは非常に重要ですが、健康管理やワーク・ライフ・バランスの上ではそこまで正確・厳密に管理する必要はないでしょう。むしろ、何時から何時まで会社にいて、昼休みが1時間、といったおおざっぱな「在場時間」による管理でも十分に役割は果たせるでしょう。そういう意味では、労働安全衛生法が、労働基準法上の管理監督者については労働時間管理が行われていないという考え方で、管理監督者長時間労働にともなう医師の面談指導を自己申告にしたのはいささかまずかったのではないかと思います。管理監督者であっても企業は安全配慮義務を負うわけですから、企業は少なくとも健康管理のために必要な在場時間管理くらいは行って、それが一定時間を超えたら面談指導、といったしくみにしていくべきではないかと思います。このあたりは、賃金計算のための労働時間で健康管理までやろうとしていることの矛盾が現れているのではないかと思うわけです。