規制では解決しない派遣労働の問題by日経社説

立て続けに派遣ネタになりますが、日本経済新聞は今日の社説で派遣法改正を取り上げ、「規制では解決しない派遣労働の問題」と題して批判的に論評しました。
まずは、今回の議論の中で肯定できる部分をあげています。

 労働政策審議会厚生労働相の諮問機関)の部会で、労働者派遣法改正に向けた議論が再開された。9月をめどに結論を出すという。これに先立ち有識者会議がまとめた報告書は30日以内の登録型派遣の原則禁止や同じグループの企業に派遣する労働者数を8割以下に抑えることなどをあげている。規制の緩和から強化に転換する内容だ。
 背景には貧困拡大への懸念や日雇い派遣大手の法令違反がある。だが、果たして規制強化が働く人の利益になるのか慎重な議論が必要だ。
 報告書が指摘するように違反を厳しく取り締まり悪質な派遣業者を排除することや、危険度が高い業務への未経験者の派遣禁止などは検討すべきだ。派遣元が取る手数料の割合を公開し競争を促す必要もある。
(平成20年8月4日付日本経済新聞朝刊社説から、以下同じ)

もっともな主張で、違反の取締や悪質業者の排除はもちろん、危険業務への未経験者派遣禁止についても「検討」にとどまらず実施していくべきことだろうと思います。マージンの公開についても、低マージンで効率的な経営をしている派遣会社、良質な人材(当然賃金も高い)を派遣することで高いマージンを可能としている派遣会社などにとっては、自らの経営努力をアピールする手段として前向きに受け止めることができるかもしれません。ちなみに、(社)日本人材派遣協会のサイトの記事によれば、派遣社員の賃金は派遣料金の約7割ですが、残り3割がそのまま派遣会社の利益かといえばそうではなく、社会保険料販管費などを除いた派遣会社の営業利益は約3%程度にとどまっているそうです(http://www.jassa.jp/corporation/rikai/12.html)。

 だが、日雇い派遣の原則禁止は学生や主婦などこうした働き方を選択している人が不便になり、仕事を失う恐れがある。1日ごとの契約だけでなく30日以内はすべてダメとなると経済に与える影響も大きい。
 ただし、やむなく日雇いで生計を立てざるを得なくなった一部の人については自助努力に加えて、安定雇用に誘導するための支援も必要だ。国や地方自治体などによる教育訓練制度の拡充でスキルを身につけさせ、正社員への雇用を促していく息の長い努力が大切だ。

これもそのとおりで、単純に日雇派遣を禁止するだけでは理屈上は日雇派遣が直接雇用の日雇に変わるだけでしょうし、現実には派遣という方法が使えなくなった分だけマッチングの効率が低下し、仕事を失う人が出てくる恐れがありそうです。大切なのはキャリアの観点で、日雇派遣で働くことがキャリアの上で問題でない人(学生や家計補助的に働く主婦、定年退職後の高齢者など)には日雇派遣を便利に活用できるようにするいっぽう、キャリア形成上日雇派遣を続けることが好ましくない人については、より望ましい仕事・働き方に移動できるよう支援していく必要があるだろうと思います。

 グループ企業に派遣する「専ら派遣」の規制強化も、8割という数字で線を引くことに意味があるのか。人件費削減などを目的に多くの企業が派遣会社をつくったことは否めないが、問題は正社員に比べ安い派遣社員の賃金ではないか。これをそのままに派遣を規制しても、企業は新たな方策を考え出すかもしれない。
 慣れた職場風土で働きたいというOGやOBのニーズはある。グループ内派遣がすべて悪いわけではない。ただし正社員と同じ仕事をしている人にはなるべく同じ処遇をするのは、企業として当然だ。派遣だからといって著しく安く雇っていいものではない。

専ら派遣に関しては、実情をほとんど把握しないままに議論が進んでしまっているように思われます。派遣労働者にとって大切なのは仕事や処遇であって、自分が利用している派遣会社が専ら派遣なのかどうか、といったことには関心は薄いのではないでしょうか。派遣の利用がある程度まとまった人数になってくれば、外部の派遣会社に料金を払うよりは、グループ内に派遣会社を作って「中におカネを落とす」ほうがいい、と考えるのもいたって自然な考え方で、それこそ人材リソーセスの有効活用(要するに雇用確保)をはかるべく派遣会社を設立したという例もあるようです。社説にもあるように、定年や育児などのために退職した人の再就労の受け皿として、派遣労働者からも派遣先からも高い満足度を得ているインハウス派遣も多く、これらを敢えて規制する必要はないはずです。
たしかに、事務員などをいったん退職させて派遣子会社に登録させ、同じ職場に派遣させるといった悪質な事例もあるようなので、こうしたケースをきちんと規制できるようにすることは必要だろうと思います。とはいえ、それが「8割」という線引きで実現できるとは思えず、弊害ばかりで効果はなかった、ということになりかねません。もっと実態をふまえた、現実的な規制や取締のあり方を考える必要があるでしょう。
また、「派遣だからといって著しく安く雇っていいものではない」というのはともかくとしても、「正社員と同じ仕事をしている人にはなるべく同じ処遇をするのは、企業として当然」かというとそうでもないでしょう。企業に長期的にコミットし、拘束度が強くキャリアの依存度も高い正社員と、そうではない派遣社員の仕事が「同じ」ということはそもそも考えにくいわけで、今現在たまたま同じような仕事をしているからといって処遇も同じにするということでは人事管理は成り立ちません。処遇というものは今現在の仕事と賃金だけではなく、さまざまな要素が複合したものなので、今現在の仕事と賃金だけを単純に比較しても無意味でしょう。

 労働者派遣法が制定されて22年たち、派遣労働者は321万人になる。常用雇用に換算して152万人だ。有識者会議は派遣を労働需給調整のための臨時的・一時的労働力と位置づけたままだが、これだけ社会に根付いた働き方を例外扱いにしておいていいのか。
 派遣も多様な働き方の一つと認めたうえで、不安定、低賃金など1700万人の非正規労働者が抱える問題をどう解決するか。小手先の規制でなく、本質的な議論が必要だ。

これは大きな問題ですが、規制改革会議などでかなり以前から指摘されている論点でもあります。たとえば、平成14年に開かれた総合規制改革会議の「第3回構造改革特区に関する意見交換会」(http://www8.cao.go.jp/kisei/giji/02/wg/tokku/gaiyo3-4.html)でこの問題が取り上げられていて、当時この会合の主査を務めていた八代尚宏氏が「一言で言えば、これはやはり派遣労働は悪い働き方であって直接雇用が良い働き方であるという価値判断に基づいて出来ている法律である。派遣労働者のための法律ではないということで宜しいか。」と発言しています。派遣労働を臨時的・一時的労働力と位置づけ、派遣期間の上限規制や一定期間を超えた場合の直接雇用申出義務などを行っているため、かえって派遣労働者の就労が短期化しているというわけです。実際、こうした規制があるため、派遣先も派遣労働者も引き続き派遣での就労継続を希望しているにもかかわらず、泣く泣く派遣を打ち切らざるを得ない、というケースは日本中で毎日のように繰り返されているでしょう。だったら直接雇用しろ、ということなのでしょうが、派遣から直接雇用の有期契約社員に切り替わったところで、特段雇用が安定するとか、処遇が改善するとかいうことはあまり見込めず、であれば派遣のままでなるべく長期的、安定的に働けるようにしていくことも考えられていいのではないでしょうか。真剣に議論してみる必要があるものと思います。