女性が変える日本経済

 育介法の話が中断しますが、きのうの日経新聞「経済教室」に、元経企庁で法政大学教授の小峰隆夫氏の「女性が変える日本経済」という論考が掲載されていましたので、取り上げてみたいと思います。

 経済に携わる「女性の力」が今後の日本経済を左右するのではないか。こうした問題意識の下に、日本経済研究センターでは財団法人トラスト60の委託を受け、「女性が変える経済と金融」研究プロジェクト(座長は筆者)を実施した。その概要を四つのポイントに即して紹介しよう。
 第一のポイントは、「女性がこれからの経済を変える」ということだ。その理由としては次の二点を指摘できる。
 一つは「追いつき効果」だ。国際比較すると、就業率、女性管理職比率などほぼすべての面で、日本の女性の経済分野への参入度合いは異常に低い。これは今後急速に是正され、他の先進諸国並みに追いつくはずで、その過程で女性の進出は一段と進むだろう。
 もう一つは「構成比効果」である。これは、各構成主体別の行動は同じであっても、主体の構成比が変わると全体の行動様式、経済状態が変化するという効果である。…今後、女性の経済力が高まることで、消費・貯蓄全体の姿もここで示した女性色が強くなっていくだろう。
 第二のポイントは、女性の力を生かしていくことは経済を元気にするということだ。
…今後は労働力人口が減るため女性の力は一段と重要になる。ただし「労働力不足を補い、成長を維持するために女性の労働参加が必要だ」との考えでは、女性参加を頭数の問題としてしか見ていない。
 日本では、子育て後の短時間労働についての就業機会が限られるなど、高学歴女性の潜在力が十分生かされていない。これが改善されれば、女性の能力形成が進むため、頭数が増えるだけではなく、経済全体の生産性も高まる。
 ミクロ的にも、これからは女性の進出が企業を元気にするだろう。この点で、女性を積極的に活用している企業ほど収益性が高く、将来性に優れているということがある程度実証的にも確かめられた。こうした結果が得られるのは、女性の能力を生かしている企業は、時代の変化を先取りしているからであろう。
(平成20年7月8日付日本経済新聞朝刊「経済教室」から、以下同じ)

高学歴の女性は結婚・出産などでいったん退職すると学歴や前職にみあった再就職が難しいことから、年齢別就業率が日本女性全体の「M字カーブ」とは異なり、M字の右の山のない「キリン型」となっていることはかねてから指摘されてきました。これはたしかに人材の浪費であり、その活用が進むことが生産性を向上させるであろうことはみやすい理屈です。女性活用と企業業績の関係については、経営者の中にも「業績がいいから、女性活用に取り組む余裕も出るのだ」という逆の因果関係を主張する人がいましたが、どうやら「女性を活用すると業績が向上する」という傾向があることは明らかになりつつあるようです。まあ、女性を活用すれば必ず業績が向上するというものではない、というところは経営者の方には不満が残るところかもしれませんが。

 女性の登用には、インプット(労働時間)よりもアウトカム(成果)を重視した評価システム、専門能力を備えた自立した人材の養成、多様な働き手の能力を生かすダイバーシティー・マネジメントの確立などが必要となる。これは今後の企業が目指すべき方向でもあるはずだ。女性が活躍している企業は、これから目指すべき職場のあり方を先取りして実現しつつある企業であり、それによる先行者利益を得ているのである。

出来高じゃなくて成果だよ、ということでしょうか、インプットに対してアウトプットでなくアウトカムを使うところが手が込んでいる感じがしますが、女性の登用を通じて人事管理の高度化をはかるべきだとの主張はもっともでしょう。ここまではまことに納得のいく話です。

 第三のポイントは、女性の力を生かすことは構造改革の一環だということだ。日本で女性の経済参加度合いが低かったのは、旧来型の働き方が妨げとなっていたからだ。例えば次のようなことがある。
 (1)長期雇用を前提とした人事システムの下では、企業は退職のリスクを考慮して女性に教育訓練コストをかけようとしない。女性の側も「どうせ重要な仕事は任せてもらえない」と考え、結婚や出産を機に家庭に入ってしまう。これが女性の退職リスクを高くするとの悪循環が生まれる。
 (2)年功賃金が支配的であると、勤続年数の長い労働者ほど有利となる。すると、必然的に正規と非正規の賃金格差が大きくなる。子育てを終えた女性は、どうしても短時間勤務を志向することになるが、その場合には相対的に低い賃金の仕事しかないこととなる。
 (3)「新卒採用→企業内でのローテーションを通じた教育訓練」というコースが支配的である場合、途中からの参入者は、周辺・単純業務が中心になる。これが、高学歴女性の子育て後の労働市場への再参入を阻んでいる。
 つまり、旧来型の日本型雇用慣行を見直し、均衡処遇の確立、企業を超えた労働移動が実現しやすい弾力的な労働市場の実現、長時間労働を是正し、女性の子育てと就業が両立しやすい職場環境の整備といった働き方の構造改革を進めることこそが、女性の経済進出を促す決め手である。

せっかくここまでいい感じの議論が進んできたのに、いきなりこれですか。どうして、この手の話になると「旧来型」をステロタイプでとらえた議論に陥ってしまうのでしょう。
まず(1)ですが、「長期雇用を前提とした人事システムの下では、企業は退職のリスクを考慮して女性に教育訓練コストをかけようとしない。女性の側も「どうせ重要な仕事は任せてもらえない」と考え、結婚や出産を機に家庭に入ってしまう。これが女性の退職リスクを高くするとの悪循環が生まれる」というのがそうだとしても、だから「長期雇用をやめる」という結論にどうしてなるのでしょうか。一応、長期雇用のもとでの人材育成の有効性は認めているのだとしたら、女性の退職リスクを軽減するのがまともな対応というもので、中断はあってもキャリアが継続するようにしていくのが正論でしょう。育児休業制度もそういう性格をもつ施策ですし、退職者を再雇用する制度を導入する企業も増えています。
次に(2)の賃金についても、結果的に年功的にみえるとしても、それが能力や生産性の反映であり、経験や知識の豊富な年配者の生産性が高い結果としてそうした傾向となっているのであれば問題はないはずです。大切なのは、生産性が高くて高付加価値だけれど短時間勤務ができて賃金もそれなり、という就労機会を増やすことであって、生産性を無視して賃金格差を縮小してそれを「均衡処遇」と呼ぶことではないでしょう。それがたとえば昨日のエントリで紹介した育児期の短時間勤務制度といったものになるのではないかと思います。
(3)は(1)とセットの議論ですが、これも「だから企業内育成をやめる」という話ではなく、「途中からでも企業内育成のコースに乗れるようにする」ことが大切なのではないでしょうか。もちろん、企業がそれぞれに独自の技術やノウハウ、組織力を競争力にしている中にあっては、途中からの参入はそれなりにコストがかかることは仕方のないことです。とはいえ、これだけ中途採用が活発になり、しかも今後は少子化で新卒労働力の供給が先細る中では、各企業とも中途参入のコストを低くする努力を進めています。そういう意味では、ある程度以上の能力を有する労働者にとっては、すでにかなりの程度「企業を超えた労働移動が実現しやすい弾力的な労働市場」になりつつあるのです。
全般的にみて、こうした論者のこの手の議論は往々にしてある程度の能力を持つ労働者が念頭に置かれることが多く、この論考もそうだろうと思います。それはそれで大切な議論なのですが、いっぽうで、男女ともに、必ずしもそこまでの高い能力を持たない労働者も相当数いるわけで、そうした人たちにとっては、長期をかけて能力を蓄積し、熟練工として自立していくことを可能とする長期雇用は男女を問わず優れたしくみといえるでしょう。ここを見ずに長期雇用のデメリットばかりを強調するのはいささか短絡的ではないかと思います。

 最後に第四のポイントは、女性の力を生かしていくためには、広い視野で対応を考えることが必要ということだ。
 まず、女性問題は男性問題でもある。経済的分野で女性の参加が異常に低いことは、非経済的分野(家事や育児)で男性の参加が異常に低いこととコインの表裏の関係にある。男女共同参画社会を築くには、「家事・育児の男女共同参画」が不可欠なのである。
 また、女性の経済分野への進出は男性の経済行動をも変えるだろう。女性の進出はライバルとしての男性の働き方を効率的にする。また、職場にいて女性が効率的な時間管理で職場を活性化すれば、男性の時間管理もまた効率化する。女性の進出は職場全体の生産性を上げるのである。
 政策的支援も必要となる。それには、まず税制面、年金の制度設計、企業の手当などの面で意図せざる専業主婦優遇となっている制度を中立的にしていく必要がある。
 女性の育児と就業を支える制度的基盤を整えることも重要である。そのためには、多様なニーズに対応して、保育所整備やベビーシッターの利用可能性の拡大を進めることに加え、正規雇用のまま短時間勤務を選択できるようにしていくことなどが必要だ。

まあ大筋はそうなんでしょうが、気になる点もないではありません。
「家事・育児の男女共同参画」はもちろん大切な考え方ですが、ともすれば男女がそれ(や仕事)を等しく分かち合うという議論になりがちなのは注意が必要です。まあ、小峰氏はそんなことはないと思いますが…。マスでみて男女に差はない、というのはそのとおりですが、個別にみれば男性の間にも女性の間にもさまざまな個性の違いはあるわけで、それに応じて各世帯が合意のもとに「経済的分野」と「非経済的分野」の分担を任意に決めることまでは否定されるべきではないでしょう。
で、このあたりは私にはわからないのですが、「経済的分野」と「非経済的分野」をどのように評価するかによって、「意図せざる専業主婦優遇となっている制度」についても評価が変わってくるのではないかという気がします。よくはわからないのですが、一筋縄ではいきそうもない感じを受けます。
「多様なニーズに対応して、保育所整備やベビーシッターの利用可能性の拡大を進めることに加え、正規雇用のまま短時間勤務を選択できるようにしていくことなどが必要」との意見には大賛成です。職業・仕事という面では職業キャリアをなるべく中断させない、中断しても短期間、そして再開することができる、ということがおそらくは最重要で、そのためにはまず「休まなくてもすむ」ためのサービスの供給が重要です。育児など、外部経済のある理由であれば、サービスの利用に補助金を出すことも考慮すべきでしょう。いっぽう、多少は職業キャリアを犠牲にしてもいいから休みたい、あるいは勤務時間を短くしたい、という人には、その犠牲をなるべく小さくしつつキャリアを継続、再開できるような支援が必要になるでしょう。