派遣の規制強化で雇用は安定するか

きのうに続いて派遣法を取り上げます。今朝の新聞各紙によると、与党のプロジェクトチームが派遣法改正の方向性をまとめたそうです。

 与党が検討している労働者派遣制度見直しの基本方針の原案が二日、明らかになった。労働者派遣法を改正し、通訳など専門性が高い一部の業種を除いて日雇い派遣を禁止する。グループ企業など特定企業を主な派遣先とするいわゆる「専ら派遣」の規制も強化する。
 基本方針は8日に開く与党の「新雇用対策に関するプロジェクトチーム」(座長・川崎二郎厚生労働相)で決定する。8月後半にも召集する臨時国会に改正案を提出するよう政府に求める。
 基本方針の原案によると、日雇い派遣は「雇用が不安定」との理由で原則禁止し、例外として認める一部の業種については別途、厚生労働省が決める。同省が二月に設置した有識者研究会に具体的な作業を委ねる考えだ。
 「専ら派遣」の規制強化に関して、原案は「労働者の処遇の切り下げに用いられやすい」と指摘。労働者の一定割合以上を同じ企業に派遣することを禁止する方針だ。民主党は80%以上の労働者を同一企業に派遣することを禁止する案を策定済み。与党も改正案提出までに禁止対象の具体的な基準を詰める。
(平成20年7月3日付日本経済新聞朝刊から)

先月中旬には舛添厚労相も記者会見で「日雇派遣はかなり厳しい形で見直すべき」との見解を示しました。その際にも、6月16日のエントリで反対論を書きましたが、もう一度取り上げてみたいと思います。
現実には、学生アルバイトや定年退職後の高齢者など、たくさん稼げなくてもいいから、自分の都合のいい日時、都合のいい場所で、希望の職種の適当な仕事があれば働きたい、と思っている人たちにとっては、日雇派遣はかなり便利なしくみといえるでしょう。自分で適当な仕事を探そうといちいち職安に通って職探しをするのに較べて、派遣会社を使えば希望の日時、場所、職種などを登録しておけば、それに沿った仕事を携帯メールで連絡してくれるわけで、どちらが効率的かは明白です。
実際、厚生労働省が2007年に「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」というのを実施していて、その結果をみると、日雇(短期派遣)で働いている人に、今後、どのような雇用形態で働きたいかについてきいた設問では、「現在のままでよい」と、引き続き日雇派遣のしくみを使いたい人が、45.7%と最も多くなっています。日雇派遣の禁止はこれだけ多数の人(全部ではないにせよ)に不便を強いるわけですから、それを上回る効果が求められます。
さて、プロジェクトチームは「日雇い派遣は「雇用が不安定」との理由で原則禁止」するとのことですが、日雇派遣を禁止すればいま日雇派遣で働いている人の雇用は本当に安定するのでしょうか。もちろん、日雇派遣を禁止しても仕事はなくなりません。ただ、日雇派遣は「この日のこのイベントを手伝ってほしい」「この日に店舗の大掃除をするから人手がほしい」「この期間、このお客様の通訳が必要」などといったニーズに応えているわけですから、多くはしょせん短期の仕事であることには変わりはないでしょう。となると、企業としてみれば、日雇派遣が利用できなければ、職安に日雇の求人を出す、あるいは自前で採用広告などを使って人を集めることになるでしょう。ということは、日雇派遣を禁止すれば日雇派遣はいなくなるでしょうが、その分直接雇用の日雇が増えるだけ、ということになります。結局、雇用は安定しないことになります。こうした求人求職を職安や直接募集だけでやろうとすれば、派遣を利用する場合に較べてマッチングの効率もおそらく低下するでしょう。マッチングの効率低下によるコストが派遣利用のコストを上回れば(これはかなりありそうな話だと思いますが)、それは結局労働者の賃金にはねかえることになり、雇用の安定だけでなく労働条件の水準にも悪影響を与えかねません。まあ、このあたりは検証が必要ですが…。
もちろん、日雇の採用を不便にすれば、より長期の採用が増えるのではないかという考え方も一理はありますが、日雇派遣を禁止すればそれが即座に正社員になるなどということはありえません。全体としてみれば、日雇派遣の禁止は日雇派遣で働く人の雇用の安定につながる効果は低く、日雇派遣を便利に利用している労働者に不便を強いるだけに終わるだけの愚策のように思われます。
 それではどうするのか、といわれれば、本当に問題なのはなんなのか、ということを考えてみる必要があるでしょう。なにも、日雇派遣で満足して働いている人まで日雇派遣をやめさせるのが目的ではないはずで、本当の問題点は、安定した仕事、より労働条件のよい職に就きたいのだけれど、それがかなわずに不本意ながら日雇い派遣で働いている人、たとえば生計を維持している人や、将来のある若年がいる、ということでしょう。こうした人たちが、望んでいるような安定的で労働条件のよい仕事、技能の蓄積や能力の向上がはかれる仕事につくことができるよう支援することが、対策の本筋のはずです。結局はなんども繰り返していることですが、まずはなにより企業の経営努力、そして適切な経済・金融政策等によって経済を活性化、企業活動を活発化させることで、好条件の求人を増やすことが最重要といえましょう。そういう意味では、ここ2〜3年は雇用失業情勢が好転し、求人も増え、そろそろ正社員の求人も拡大してくるか、というところまできて、景気が失速気味になってきたのは残念なところで、ますます経済・金融政策等の役割が重要と思われます。いかに労働市場を規制してみたところで、需要不足の状態では労働条件の改善には限界があります。
また、世間で言われているように地域間格差(ミスマッチ)があるのであれば、働き口の多い地域に少ない地域から労働力を動かす広域移転の支援が必要でしょう。需要が乏しいときには供給サイドの政策には即座にはあまり効果は期待できないかもしれませんが、それでも職業能力開発の支援なども行っていく必要があると思います。
…と、今日のエントリは実はほとんど6月16日のエントリの繰り返しになってしまっているので、最後にさきほど少し紹介した、厚生労働省が2007年に実施した「日雇い派遣労働者の実態に関する調査」の結果を紹介したいと思います(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/08/dl/h0828-1q.pdf)。
日雇派遣(短期派遣)の性別は男性が58.0%、女性が40.0%(未回答2%)と男性が多く、年齢構成は19歳未満が7.0%、20〜24歳が25.4%、25〜29歳が20.5%、30〜34歳が15.9%と、7割弱が34歳以下の若年層となっており、相当割合を若年男性が占めていることになります。なお、この調査では日雇派遣ではなく短期派遣という用語を使っていますが、派遣期間に関する設問では「1日単位」が84.0%と圧倒的に多いので、まず日雇派遣と言ってもいいでしょう。
現在の状況については、主たる職業が日雇派遣という人が53.2%と最多で、正社員・自営業など主たる職業の副業としての日雇派遣が25.5%、学生が13.2%、主婦が2.9%と、いわば「小遣い稼ぎ」の日雇派遣が41.6%となっている。さきほど引き続き日雇派遣でよいという人が45.7%と紹介しましたが、「小遣い稼ぎ」の日雇派遣がおおむね「現状でよい」と考えているとすれば、それなりに辻褄の合いそうな数字かもしれません。
一月当たりの平均就業日数は14.0日、ここ3ヶ月の平均月収は13.3万円という結果となっています。もちろんばらつきは相当大きいと考えるべきでしょう。日給で平均9,500円、1日10時間働いたとして1時間950円、小遣い稼ぎであればけっこうな水準です。いっぽう、月22日働いて20万円を超える水準というのは、生計を支えるには不十分なことも多いでしょう。
また、この調査では「インターネットカフェマンガ喫茶などのオールナイトでの利用頻度」と「その理由」というのも質問していて、結果としては「利用したことがない」が最多で56.3%、次いで「たまに」が31.3%、逆に週3〜4日は2.2%、週5日以上は0.6%となっています。理由についても、いわゆるネットカフェ難民に当たると考えられる「住居に帰りたくないため(当分の間帰らない)」及び「現在住居がなく、寝泊まりするために利用」が合計で1.7%となっています。利用する人が約44%で、その1.7%ということは全体の約0.7%ということになり、「週5日以上利用」の0.6%とほぼ同じくらいの数字になります。いずれにしても、世間で拡がっている「日雇派遣=ワーキングプアネットカフェ難民」というイメージは、かなり限られた一部のみを見たものといえそうです。
ただし、これは全体にいえることですが、この調査の対象は「東京、大阪労働局管内において、日雇派遣等の短期派遣を取り扱っていると考えられる派遣元事業主のうち、調査協力に応じる見込みが高い事業主」に「給与の支払い時等に労働者に調査票を手交し、派遣元事業主を通じて回収」となっているので、日雇派遣の中では比較的恵まれたほうにバイアスがかかっている可能性があることは注意が必要でしょう。
最後に日雇派遣で働く理由ですが、これは複数回答で「働く日時を選べて便利であるため」が47.8%で最多、次いで「収入の足しにするため」が36.7%、「正社員としての就職先が見つかるまでのつなぎとして」が24.7%、「働きたい仕事内容を選べるため」が12.2%、「正社員で就職できないため」が8.1%、「会社の人間関係に煩わされないから」が6.6%と続いています。今後の働き方については、繰り返し書いているように「現在のままでよい」が45.7%とも多、次いで「正社員」が29.6%、「パート・アルバイト」が8.2%、「派遣労働者(1ヶ月以上の有期)」が3.2%、「契約社員」が2.8%と続いています。こうした結果は必ずしも額面どおり受け止められないこともありますが、それにしても本当に日雇派遣を原則禁止していいものかどうか、かなり疑問の残る結果ではあります。まあ、「日雇派遣はけしからん」と世論がいえば、それなら禁止してとりあえずなくしてしまえばいいだろう、と考えるのが政治家というものなのかもしれませんが…。