インハウス派遣の有用性

このところ、派遣法改正の議論が活発です。なんでも、当初は次の通常国会をめざして検討を進めていたのが、この秋の臨時国会にターゲットを前倒ししたのだとか。その中で、いわゆる「専ら派遣」についても規制強化が議論されているようです。すこし前の日経新聞から。

 大手企業グループ傘下の派遣会社で働く派遣社員のうち、約8割が同じグループ企業への派遣であることが厚生労働省の調べで分かった。労働者派遣法の見直しを検討している厚労省の研究会に同省が提示した。研究会では正社員を派遣に置き換えることを防ぐため、グループ内への派遣に対し何らかの規制が必要との考えで一致した。
 現在の労働者派遣法は、一つの企業のみに労働者を派遣することを禁止している。社員は直接雇用するのが原則で、派遣は臨時の労働力確保のための存在と位置づけているためだ。ただ特定のグループ企業のみへの派遣は、派遣先の企業が複数になるため規制の対象にはなっていない。
 厚労省は大手企業グループの派遣会社259事業所に対して、今年3月にアンケート調査を実施した。調査によると大手グループの派遣社員うち81.8%がグループ企業への派遣だった。派遣会社別にみると、スタッフ全員をグループ企業だけに派遣している会社が31.1%あった。
(平成20年6月28日付日本経済新聞朝刊から)

厚生労働省の解説資料(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/02/dl/s0229-5c.pdf)をみると、専ら派遣とは「専ら労働者派遣の役務を特定の者に提供することを目的として行われる」労働者派遣事業をいう、とされており、「特定の者」というのは必ずしも「特定の一社」に限らず「特定の複数企業」でもありうるわけですので、「特定のグループ企業のみへの派遣は、派遣先の企業が複数になるため規制の対象にはなっていない」というのはいささか不正確な感があります。また、記事では「グループ傘下」となっていますが、これも必ずしも資本関係との存在が必要だというわけではなさそうです。
で、専ら基準の判断基準は、「定款等の当該事業目的が専ら派遣となっている」「派遣先の確保のための努力が客観的に認められない」「他の事業所からの労働者派遣の依頼を、正当な理由なく全て拒否している」があげられています。ということは、結果として派遣先が専ら特定の者に限られていたとしても、それ以外の派遣先を開拓する営業活動をしていたり、他の事業所から依頼があれば派遣したりしていれば、許認可を取り消されることはない、ということになります。
これに関しては、銀行など金融機関の窓口業務への派遣が一時期問題視され、今年のはじめには兵庫県で信用金庫が指導を受けたケースがあったと思います(裏がとれなかったので自信なし)。実際、Googleで「銀行 窓口 派遣」くらいで検索すると大量にひっかかってきます。たとえば(特に三菱に含むところはありませんが)「三菱UFJスタッフサービス」社のサイトで派遣先業務をみてみると、ほとんどすべてが三菱東京UFJ銀行の本部・本支店への派遣であり、ほんの数件、三菱東京UFJ銀行関連会社のIT関連業務があるだけのようです。こうしたケースでも、「他の企業から派遣要請があれば派遣する準備がある」(まあ、派遣料金を受け取れるわけですから、親会社以外に派遣して損になることは特にないわけですし)とか、「ウェブサイト上に新規派遣先募集の広告を出している」とかいうことであれば、規制にかかることはないわけです。まあ、銀行業界では経営合理化の中で合併・再編が繰り返され、支店の統廃合なども多発したので、こうした際に雇用調整のしやすい派遣社員はたしかに利用価値が高いのでしょうが、こうした動きが落ち着いてくればそれなりに直接雇用に切り替えていくことが望ましいことは間違いないでしょうから、こうしたケースではなんらかの規制が正当化される可能性はあります。それでも完全に落ち着くことはないでしょうから、一定割合での柔軟性確保は必要なのかもしれませんが、それはなにもインハウス派遣ではなく、リクルートスタッフィングとかスタッフサービスとかから派遣してもらえばいいわけなので。
いっぽうで、インハウス派遣には優れた点も多くあることにも注意が必要でしょう。インハウス派遣が、親会社・グループ会社を出産・育児や定年などで退職した人たちの再就職の場となっている例は多数みられます。こうした人たちは勤務地や勤務時間、仕事の内容などにいろいろな要望があることも多く、いちいち職安に職探しに行かなくても、希望の条件を登録しておけば派遣先をみつけてくれる派遣会社は便利な存在でしょう(これはインハウス派遣に限らず、パソナアデコでもいいわけではありますが)。
また、インハウス派遣で親会社や関連企業に派遣されれば、企業グループに特有の知識やノウハウなどを生かして働くことができる可能性が高く、派遣先・派遣社員双方にとってメリットがあります。出身企業で直接雇用するとなると、職場の可能性は出身企業の範囲内に限られますが、グループのインハウス派遣を使えば、出身企業以外にもグループ企業・関連企業など派遣先の可能性が拡がり、働く人にとっても選択肢が増えてマッチングの効率が高まります。
したがって、インハウス派遣をすなわち専ら派遣として一律に禁止することは好ましくないと思われます。
また、民主党は関係会社への派遣を8割以下に規制すべきだと主張しているのだそうですが、これもあまり一律にやると無用な混乱を招きそうです。関係会社の範囲をどのように定めるのかにもよりますが、大都市部やその近郊であればともかく、地方で特定企業の関連会社が集積したいわゆる「企業城下町」では、派遣先がそれら企業にかなり限定されてくる可能性があるからです。
派遣労働をめぐる議論は感覚論、感情論が入り込みやすいような印象がどうしてもあるのですが、本当に規制しなければならない派遣労働とはどのようなものか、副作用を極力抑えつつそれを適切に規制するための合理的なルールをどのように定めるのか、慎重な議論が必要ではないかと思います。