職場のモニターカメラ

ちょっと以前の話ですが、社員によるインサイダー取引事件を受けて野村證券が発表した再発防止策です。exciteニュースから。

 野村證券は同社の企業情報部門に在籍していた社員が、M&A(企業の合併・買収)の情報などをもとに4000万円を不正に取得したとして東京地検特捜部にインサイダー取引で逮捕(逮捕当日に同社員は解雇処分)、起訴された事件を受けて、6月8日までに、情報管理、インサイダー取引再発の防止策を公表した。対策に中には、企業情報部のレイアウトを見直し、課単位で仕切りを設け、課毎にプリンターを設置。会議室を増設するなど設備の拡充を行うとともに、モニターカメラによる監視も行うとしている。また、採用に際しては業務遂行能力に優先して、職業倫理観を見極める採用方法の充実にも努めるなどを表明している。
 同社がまとめた防止策によると、案件情報管理では、未公開の案件情報を企業情報部内にとどめ、部外に漏えいさせない。企業情報部内においても未公開の案件情報は業務遂行上必要な範囲にとどめる。これを厳格に運用するため、(1)案件における顧客実名の使用禁止、およびコードネーム使用の徹底を図る。(2)部内の個別案件打ち合わせでの会議室の利用を徹底する。(3)ロッカーを常時施錠する。(4)退社時の資料格納、シュレッダー処分などを含めた印刷書類の管理を厳格にする。(5)案件情報管理システムなどの部内情報システムのアクセス制限が適切なシステム設計になっているか、継続的に確認する。(6)各種アクセスについてのアクセスログの定期的検証を行い、問題発見の場合には速やかに対応できる態勢を確立する。(7)部内でのシステム開発は社内IT専門部署と一層連携して行い、利用開始にあたっては十分なテストを行い、安全性を確認する。(8)企業情報部のレイアウトを見直し、課単位で仕切りを設けるとともに、課毎にプリンターを設置して、会議室を増設するなど設備の拡充を行う。また、モニターカメラによる監視を実施する。(9)企業情報部が定期的に自主点検を行う、などとしている。
http://www.excite.co.jp/News/economy/20080609110000/Economic_eco_080608_038_1.html

いかに情報管理を厳密にしても社員本人の担当業務の情報を悪用することは避けられないわけですが、それは社員による取引を厳格に監視することで対応しようということなのでしょうか。ここでの対策は他人、他部署の担当業務の情報が悪用されないようにというものが中心になっているようです。
それにしても、モニターカメラによる監視にまで踏み込むというのもなかなかのもので、普通に考えれば従業員の服務態度を監視するためにモニターカメラを設置するというのは人権上いかがなものかというのが普通でしょうが、不正行為防止のためということなら、一種の防犯カメラのようなもの?ということなのでしょうか。
これについては、厚生労働省が2000年に出した「労働者の個人情報保護に関する行動指針」というものがあって、こう記述されています。

(4)使用者は、職場において、労働者に関しビデオカメラ、コンピュータ等によりモニタリング(以下「ビデオ等によるモニタリング」という。)を行う場合には、労働者に対し、実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に通知するとともに、個人情報の保護に関する権利を侵害しないよう配慮するものとする。ただし、次に掲げる場合にはこの限りでない。
(イ)法令に定めがある場合
(ロ)犯罪その他の重要な不正行為があるとするに足りる相当の理由があると認められる場合
(5)職場において、労働者に対して常時ビデオ等によるモニタリングを行うことは、労働者の健康及び安全の確保又は業務上の財産の保全に必要な場合に限り認められるものとする。

ILOのガイドラインに準拠したもののようですが、「犯罪その他の重要な不正行為があるとするに足りる相当の理由があると認められる場合」というのは、不正があるのは確実なので証拠をあげるため、ということでしょうから、今回の野村はこれにはあたらないでしょう。いっぽう、「業務上の財産の保全」のほうは機密情報の漏洩による損害の防止は該当するようなので、こちらを適用してセーフ、ということなのでしょうか。さすがに野村證券はそのあたりはしっかりおさえているのだろうとは思うのですが、それにしても労働組合から一言くらいはなかったのでしょうか。組合員の不祥事だったとすれば労組もなかなか言いにくいかもしれませんが…。野村には共産党系の第二労組もあるはずですが、こちらはもっぱら女性「差別」に取り組んでいるようなので、あまり関心がなかったのかもしれませんが…。ちなみに組合活動の妨害のためにモニターカメラを設置したことが不当労働行為とされた事例もあります(奥道後温泉観光バス不当労働行為再審査事件、http://www.mhlw.go.jp/churoi/houdou/futou/shiryo-01-209.html)。
もっとも、インターネットのライブカメラが普及したことで、こうした行動指針が形骸化する危険性もあります。特に私が気になっているのが託児所や幼稚園、保育園などの託児施設などで、常時インターネットで施設内の様子が閲覧できるサービスの提供が広がっていることです(たとえばhttp://www.kids-kids.jp/chitose/camera.html。これはたまたま目についたものを例示しただけで、当該施設についてコメントする意図はありません)。職場や家庭からいつでもわが子のようすが確認できるので安心だ、いつ見られてもいいような保育を提供している、というのが売り物なのでしょうが、逆にいえばこれはほとんど労働者の監視に等しいものではないでしょうか。保育士をはじめ、託児施設の職員は、常時その服務状況を、少なくとも顧客から監視されており、そして当然雇い主もそうすることが可能だ、という状況にあるわけです。これはなかなか上記の行動指針に該当するとはいいにくいように思うのですが、そうでもないのでしょうか?虐待とまではいわないまでも、保育士などによる不適切な行動が施設の評判を落としかねない、というのまで「業務上の財産の保全」にあたるとすると、ほとんどなんでも該当することになってしまいかねません。
もちろん、そうしたサービスを行っていることは職員などにも周知されているでしょうし、その目的も明確で、労働者の監視が目的ではないということで、特段問題視するにはあたらないのかもしれませんが、それにしてもなんら問題意識なしにこれが当然という意識になっていくのも少し心配なような気もします。