だから女は働かない?

職場で「日経ビジネス」3月10日号がいまごろ回覧されてきました。特集のお題は「だから女は働かない 見せかけ「女性活用」の落とし穴」。記事のリードはこう訴えています。

 1986年の男女雇用機会均等法施行から20年余。企業は女性の就業支援に必死で取り組んできた。育児・介護休業や短時間勤務は当たり前。ベビーシッターや介護ヘルパーの支援制度、男性社員を対象にした出産サポート休暇を定める企業も登場。まさに至れり尽くせりだ。
 もっとも、豹変する企業とは裏腹に、当の女性たちはしらけ気味。本誌が独自に実施したアンケートでは、企業経営者も真っ青、驚愕の事実が明らかになった。それは、「働かない女」の多さである――。
 トップランナーは行き詰まりに気づき始めた。もう、「女性活用」と言うのはやめよう。社員の誰もが働きやすい職場を作っていかなければ、女性も男性も残ってはくれない。警鐘を聞き逃してはならない。彼女たちが問いかけているのは、会社のあり方そのものなのだから。
(「日経ビジネス」2008年3月10日号(通巻1432号)から、以下同じ)

で、添えられたイラストでは、経営者らしき男性が表向きは「これからは女性の時代。ワークライフバランスを推進します!」と発言しつつ、影の本音としては「言わないと企業イメージが下がるしなあ」と思っている、というイメージが示されています。言わんとしていることは、「企業は法改正などもあって女性活用に取り組む形は整えたが、本音では男性と同様安くこき使うか、昔のままがいいと思っている」というところでしょうか。まあ、行政も「制度の有無より利用しやすい雰囲気が重要」という考えのようですし、目のつけどころとしては面白いとは思います。
で、結論としては「男性、女性と分けるのではなく、男女に関係ない問題として、男女ともに意識して、より働きやすい職場にしていくべきだ」ということのようで、これはこれでもっともな結論と申せましょう。
ただ、その中身や議論の持っていき方をみると、なかなかどうしてさすが日経ビジネスというべきか。いろいろとネタがありますので、あれこれ考えてみたいと思います。
まず、「企業経営者も真っ青、驚愕の事実」というのをみてみましょう。

 働き手不足の時代を乗り切ろうと、女性活用の大合唱を始めた経営者たち。その思いはどれだけ女性社員の胸に響いているのか。
 日経ビジネスが25〜34歳のフルタイムで働く女性を対象にアンケートを実施したところ、驚くべき結果が出た。
 全体の約6割が「10年後に同じ会社で働いているとは思わない」「どちらかと言えば思わない」と答えたのだ。「どちらとも言えない」も合わせれば、実に3人に2人が職場に満足せず、退職を視野に入れていることになる。
 「転職を考えている」「仕事にやりがいがない」「子供を育てられない」。彼女たちが職場に三行半を突きつける理由は様々だ。しかし、「キャリアアップに興味がない」ことを理由に挙げる女性がほとんどいない。
 働くことが嫌いなわけではない。ただ、今の職場にはその環境がない。あるいはその価値がない。彼女たちはそう判断している。

男性の対照調査がないのに驚いてみても仕方がないとか、調査会社のモニター調査だからバイアスがきついんじゃないかとか、そもそも企業経営者の女性活用が見せかけならこれで真っ青になるわけがないとかいうツッコミはおくとして、まあ、まだまだ家庭責任の多くが女性にのしかかるいまの日本社会の現状を考えれば、結婚や出産にともなう退職や転職を考える女性が多いのはうなずける結果といえましょう。また、「キャリアアップに興味がない」から「10年後に同じ会社で働いているとは思わない」という回答が少ないのも、「キャリアアップ≒転職」という通念がけっこう浸透している状況では当たり前のことでしょう。そういう意味では「転職を考えているから」「10年後に同じ会社で働いているとは思わない」ってのも当たり前で、なぜ転職を考えているのか、というのが大事じゃないかと思うのですが、まあ複数回答だからいいのでしょうか。いずれにしても「仕事にやりがいがない」が多い(といっても複数回答で3割程度なのですが)ので、「働くことが嫌いなわけではない。ただ、今の職場にはその環境がない。あるいはその価値がない。彼女たちはそう判断している」という問題提起は可能でしょう。
ただ、働く「価値がある」仕事とはどんなものかというと、いきなりこういう事例が出てくるのはそれこそ驚愕です。

 青い鳥を企業社会の外に求めようとする女性も増えている。
 「つい最近も、生徒さんから『私も仕事を辞めて教室を開くことにしました』と言われました。多いですね」
 こう語るのは、東京・世田谷の住宅地で、紅茶とお菓子の教室を主宰する伊藤礼子さんだ。伊藤さんは会社員経験を持つ2児の母。紅茶の知識だけでなく、伊藤さんの生き方に憧れて生徒が集まる、いわばカリスマだ。
 アンティークの食器に囲まれ、通ってくる生徒たちと談笑する姿は優雅なセレブそのもの。しかし、紅茶教室の運営は決して楽な仕事ではない。
 「ルーマニアのミルクティーの入れ方は?」「ルイ14世の時代にはどんな家具を使っていたの?」。紅茶やお菓子だけでなく、家具や食器、音楽まで、生徒の質問には何でも答えなければいけない。24時間仕事のことを考え、休日を取るのもままならない。出産前日まで教室を開いたという猛烈ぶりだ。
 そんな伊藤さんの教室には、週末に多くの働く女性が通ってくる。「いつかは仕事を辞めて教室を開きたい」と伊藤さんに夢を打ち明ける生徒も多い。コミュニケーション能力が高く、どんな職場でも通用しそうな優秀な女性が会社の外に成功を求めている。

いや、こりゃホント青い鳥ですねぇ。もちろん、この伊藤礼子さんのような生活が送れればいいなあという気持ちはよくわかります。もちろん「24時間仕事のことを考え、休日を取るのもままならない。出産前日まで教室を開いたという猛烈ぶり」という大変な仕事であることも紹介されていますが、それでもなお、記事はおそらくこうした生活の陽の当たる一面に過ぎないと考えておくことは必要でしょう。実際、つい先日紹介した「日本一芸のあるフェミニスト小倉千加子氏の著書『結婚の条件』にも「紅茶のコーディネーター」が紹介されていて(伊藤礼子さんではないと思いますが)、それはクリエイティブで楽しい仕事である一面、さまざまな必要経費が多額にのぼることから、採算が合わずに赤字分は持ち出しになっているという「カネのかかる」仕事であると紹介されています。そして小倉氏は、この紅茶コーディネーターを、働きがいのある仕事を消費できる最上級の勝ち組専業主婦としているのです。そもそも、「紅茶とお菓子の教室」にそれほどの需要があるわけもないことは常識的に推測できるわけで、私もやりたいからと言って紅茶とお菓子の教室を開く人がどんどん増えれば、たちまち供給過剰になって価格は暴落、結局はごく一握りの「仕事を消費できる」勝ち組以外は軒並み淘汰の憂き目にあうことは目にみえています。そうなってから「実は辞めてしまった会社に青い鳥がいたのだ」と気づいても遅いのです(もちろん「辞めてしまった会社」にも問題は多々あることが多いでしょうし、「辞めてしまった会社」にも青い鳥はいなかった、ということがむしろ普通だろうとも思いますが)。
そして、もう一つ上がっている「価値がある」仕事の事例はこれです。

 これから社会人になる女子学生の仕事選びにも変化がある。最近にわかに人気が高まっているのが、ゴールドマン・サックス証券モルガン・スタンレー証券など、外資系金融機関のバックオフィス(管理部門)勤務だ。
 外資系金融で働いているという名声と高い賃金。それでも投資銀行部門などのフロント(前線部隊)に比べれば仕事は緩く、出産後も働きやすいのではないか。実際のバックオフィスは残業の多い厳しい職場だが、そんな甘美なイメージが女心を惹きつける。
 3000倍以上という難関をくぐり抜け、大手外資系のバックオフィスへの就職が内定している女子学生に話を聞いた。「職場に女性が多く、出産してもずっと続けられる。フロントのように成績次第で解雇されることもない」。浮ついた気持ちではなく、先のことを真剣に考えれば考えるほど、「仕事だけ」の職場は選べなくなる。

これを読んで、フロントのようにリスクもある職域にこそチャレンジしてほしいと思う人は多いのではないかと思いますが、それこそ「先のことを真剣に考え」てリスクとリターンを比較衡量して合理的と考える判断をするというのはまっとうな考え方でしょう。外資系金融機関の管理部門が本当にそうなのかは別として、カッコよくて給料が高くて仕事が楽な仕事につきたいと考えるのもいたってもっともな心情と申せましょう。ただ、そんな職場がそうそうあるわけもなく、だからこそ「3000倍以上という難関」になるわけです。記事は「先のことを真剣に考えれば考えるほど、「仕事だけ」の職場は選べなくなる」とお気楽に書いていて、たしかに「仕事だけ」でない職場が少なすぎるというのはあるのかもしれませんが、それにしても「仕事だけ」ではない、でも給料などは「仕事だけ」と同じ、という仕事がそうそう増えるわけもありません。そんな甘美な仕事だけで経済は成り立たないから、そこに知恵を使わなければならないというのが本来のはずだと思うのですが…。