八代尚宏公述人

hamachan先生もブログで取り上げておられますが、さる25日、八代尚宏先生が参議院予算委員会公聴会で公述されました。その中から、私の印象に残った一節です。

山口那津男君 八代先生にお伺いしますけれども、この非正社員に対してはとりわけキャリアアップの道というものが非常に閉ざされているわけであります。また、正社員の中でも、現実には自らのキャリアアップを図っていくためには環境が整っているとは決して言えないと、こう思います。いずれにとりましてもそういう道をつくり出していくということは必要だと思いますし、それは制度、仕組みの面からも、また雇用環境等の様々な社会的な環境の面からもいずれも必要なことだろうと思っておりますけれども、先生の御見解を承りたいと思います。
○公述人(八代尚宏君) ありがとうございました。
 まさに今議員のおっしゃった点が大きなポイントではないかと思います。日本の場合は高度成長期を通じて、言わば正社員といいますか、企業の中で、ずっと同じ企業の中で働き続けることによって技能を蓄積する、熟練労働者になるというやり方で専ら技術がつくられてきたわけであります。これはこれで非常に優れた仕組みであるわけでありますが、これが低成長になり、グローバル化が進み、高齢化が進む、あるいは情報技術が進歩してくるといういろんな条件の中で、ある意味で昔のような高い効率性を発揮できなくなってきている。つまり、非正社員が先ほどおっしゃったように全体の三分の一を占めるというような形に拡大してきているわけであります。
 この非正社員の人たち、先ほど小林議員の方からも日雇派遣の話が出ましたが、そういう方々も含めてどうやってキャリアアップをしていくのかというのが大きな課題であるわけです。かつてはとにかく企業の中に雇ってもらえば企業が自動的に訓練してくれたんですが、もはやそういうことが難しい時代であれば、やはり政府がきちっと責任を持ってそういう、企業の外でも訓練機会が与えられるような仕組みをつくっていく必要があるわけであります。ジョブ・カードというような仕組みも考案されておりまして、政府が職業訓練所という従来ある組織以外に企業に委託して技能を形成してもらう、それに対してある程度の補助金を出すというような仕組みも四月から動き出しますし、ますますそういう政府の、企業の外の労働市場における技能形成の役割が大きくなってきているのではないかと思われます。
 ただ、この正規、非正規という言い方に私は非常に、ある意味ではそれ自体に問題があると思います。つまり、終身雇用の人たち以外は全部ひっくるめて非正規であると、言わば全部が悪い働き方であるというようなイメージでとらえるのはやはりおかしいんではないかと思われます。それはなぜかと申しますと、非正規の中でも、先ほど議論になりましたような日雇派遣という一日単位の働きをする方から、ある意味で三年、五年の長い有期契約の方もおられますし、あるいは派遣社員でもまさに派遣元の正社員の方もおられるわけでありまして、まさにその間には非常に大きな差があるということであります。
 現在、この千七百万人もいる非正社員の人たちを全部正社員にするということが政策目標だというふうに考えると、これはなかなか困難なことであるわけでありますが、この非正社員の中でもより良い言わば働き方というものを求めていくといいますか、それができるような環境にもっと政府が支援していくと。正社員でなければ意味がないというオール・オア・ナッシングではなくて、もっときちっと教育訓練をすることによって技能を高めていく、そうすれば正社員への道ももっと広がるわけで、そのためにはやはり継続的な働き方、それは必ずしも特定の企業に限らなくてもそういうものがもっと必要になってくるんじゃないかと思います。
 それから、中林公述人が先ほど言われたように、雇用の流動性というのが物すごく重要でございます。かつての日本では雇用の流動性というのは非常に大きかったわけです。これは終身雇用を貫きながら雇用の流動性が実現したというまれなケースでありまして、私もOECDに勤めておりましたときにこれが非常に諸外国の関心を呼んだわけですが、どういうことかと申しますと、大企業が子会社をつくってどんどん成長分野に労働者と資本をシフトしていくと。例えば、繊維とか鉱山会社が、繊維とか鉱山業というのは将来性がないために、例えばバイオとかハイテク分野に子会社をつくって社員をそこに移していくということが現に行われて、終身雇用を維持しながら雇用の流動性というのが可能になったわけです。
 ただ、そういう夢のような環境というのはもはや難しいわけで、低成長が進み、企業がどんどん海外に出ていく中で、どうやったら雇用の流動性を確保できるかということが今問われているわけでありますので、言わば特定の企業の中だけで雇用を保障するんじゃなくて、市場の中で雇用を保障するといいますか、そういうような方策というものをもっと考えていく必要があるんじゃないかと思っております。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0115/main.html

「この非正社員の人たち、先ほど小林議員の方からも日雇派遣の話が出ましたが、そういう方々も含めてどうやってキャリアアップをしていくのかというのが大きな課題であるわけです。」という八代先生のご指摘にはまことに同感です。ただ、それがジョブ・カードかというとそれだけでは物足りないわけで、八代先生が後段で言われている「この非正社員の中でもより良い言わば働き方というものを求めていくといいますか、それができるような環境にもっと政府が支援していくと。正社員でなければ意味がないというオール・オア・ナッシングではなくて、もっときちっと教育訓練をすることによって技能を高めていく、そうすれば正社員への道ももっと広がるわけで、そのためにはやはり継続的な働き方、それは必ずしも特定の企業に限らなくてもそういうものがもっと必要になってくるんじゃないかと思います。」というところをもっと考えていく必要があるのではないでしょうか。非正社員ですから勤務先は時々変わるわけですが、そうした中でも、職場が変わる都度(同一勤務先の中で仕事を変わる場合も含め)、それまでより多少は技能レベルの高い仕事に就いていく、それによって能力も伸び、労働条件も向上していくというキャリアが実現できるようにしていきたいわけです。もちろん、政府によるものもよらないものも含め、Off-JTも大切ですが、やはりOJTのほうが効果的ではなかろうかと思います。こうした仕組みを考える上において、一人ひとりの個人がそうしたことを考えながら職探しをするというのもなかなか大変なわけで、そう考えるとやはり派遣労働というのは意味のあるしくみなのではないか。人材派遣業者が供給過剰となり、競争が激化して、登録であれ常用であれ派遣社員のキャリアの形成にきちんと責任をもって取り組んでいる派遣業者が派遣社員にとっても派遣先企業にとってもいい派遣会社だ、という形でレベルアップしていくことができれば望ましいと思います。
それから、「かつての日本では雇用の流動性というのは非常に大きかったわけです。これは終身雇用を貫きながら雇用の流動性が実現したというまれなケースでありまして、私もOECDに勤めておりましたときにこれが非常に諸外国の関心を呼んだわけですが、どういうことかと申しますと、大企業が子会社をつくってどんどん成長分野に労働者と資本をシフトしていくと。例えば、繊維とか鉱山会社が、繊維とか鉱山業というのは将来性がないために、例えばバイオとかハイテク分野に子会社をつくって社員をそこに移していくということが現に行われて、終身雇用を維持しながら雇用の流動性というのが可能になったわけです。」というのもおっしゃるとおりで、それなのになぜ「そういう夢のような環境というのはもはや難しい」とあっさりこれをギブアップしてしまうのか理解に苦しみます。これこそ、政府がそれなりに政策対応して、従来どおりに長期雇用を中心としつつ、八代先生のここでいわゆる「雇用の流動性」を確保していくという取り組みが求められているところではないかと思います。