ワーク・ライフ・バランスの「数値目標」

引っぱりますが(笑)、量が多いということでご容赦を。きょうは「働き方を変える、日本を変える行動指針」(仮称)に盛り込まれる数値目標についてです。なんらかの数値目標をおかないと、掛け声だけで進まない、という意見はよくわかるのですが、数値目標をおいたらおいたで、今度はとにかくそれだけ達成すればあとはどうでもいい、ということになりがちなので注意が必要です。次世代育成支援の認定のために、人事部の男性が無理やりに育児休業を取得している(させられている)という話はちらほらレベルを超えて聞こえてきますし。
さて、平成19年4月の「経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会第一次報告」は、以下のような意欲的な数値目標を提示していました。

○ 就業率の向上――就業希望者が就業できるようにする
2017年までに
― 15〜34歳の既卒男性の就業率を89%から93%に4%引上げ
  15〜34歳の既卒未婚女性の就業率を85%から88%に3%引上げ
― 25〜44歳の既婚女性の就業率を57%から71%に14%引上げ
― 60〜64歳の高齢者の就業率を53%から66%に13%引上げ
  65〜69歳の高齢者の就業率を35%から47%に12%引上げ
○ 労働時間の短縮――フルタイム労働者の労働時間を短縮する
2017年までに
― 完全週休二日制の100%実施
年次有給休暇の100%取得
― 残業時間の半減
― フルタイム労働者の年間実労働時間を1割短縮

このうち、就業率については雇用政策研究会による労働力需給推計において、、仕事と生活の調和等に関する政策効果を織り込んだ2030年までの推計結果を踏まえたものらしいので、それなりに根拠のある数字ではあるようです。というか、そうなってもらわないと困る、という数字ということでしょう。
これに対し、労働時間の短縮のほうはきわめて意欲的というか、気合だけでいいかげんに決めたというか(笑)。
現実には、完全週休二日制で働いている労働者は全体の65%程度(2006年)ですし、年次有給休暇の取得率は約47%(2005年)、残業時間(所定外労働時間)は年間約155時間(2006年、毎月勤労統計、30人以上)、フルタイム労働者の年間実労働時間は約2,041時間(2006年)となっています。もちろん、労働時間の短縮に取り組むことは大切ですが、政策目標の設定があまり無謀なものになっては意味がないわけで、簡単には達成できないけれど努力次第では達成可能なところをうまく狙っていく必要があるでしょう。
ということかどうか、行動指針策定作業部会に提出された資料をみると、就業率に関する目標はほぼ諮問会議の専門調査会第1次報告にしたがったものになっていますが、労働時間関連の目標はかなり変わっています。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/w-l-b/change/k_4/pdf/s3.pdf

第1子出産前後の女性の継続就業率   38.0% 45% 55%
男女の育児休業取得率 女性 72.3% 80% 80%
男性 0.50% 5% 10%
労働時間等の課題について労使が話し合いの機会を設けている割合   38.6% 60% 全ての企業で実施
週労働時間60時間以上の雇用者の割合   10.8% 2割減 半減
年次有給休暇取得率   46.6% 60% 完全取得
心の健康対策(メンタルヘルスケア)に取り組んでいる事業所割合   64.7%*1 90%*2 全ての企業で実施*3
テレワーカー比率   10.4% 倍増*4
短時間正社員制度の導入割合   25% 50%
自己啓発を行っている労働者の割合 正社員 46.2% 60% 70%
非正社員 23.4% 40% 50%
労働者の自己啓発を支援している事業所の割合 正社員 77.3% 90% 95%
非正社員 38.0% 50% 60%
6歳未満の子どもをもつ男性の育児・家事関連時間   1日当たり60分 1時間45分 2時間30分

あと、「その他検討中」として「保育等の子育てサービスを提供している割合」(企業が、でしょうかね?)と書いてあります。さらに、きのうご紹介した「「行動指針」に盛り込む内容について(案)」をみると、さらに「実現度指標」というのもあって、こちらは「男女共同参画会議ワーク・ライフ・バランスに関する専門調査会において検討中」となっています。どうも、あれこれ盛りだくさんの指標と目標が示されそうな勢いです。
で、その基本的な考え方として以下のとおり記されています。

 ワーク・ライフ・バランス社会の実現に向けた国民、企業、政府等の取組を推進するための社会全体の目標として、政策によって一定の影響を及ぼすことができる項目について目標値を設定するもの。なお、この数値目標は、社会全体として達成することを目指す目標であり、個々の個人や企業に課されるものではない。
 10年後の目標値は、ワーク・ライフ・バランス社会の実現へ向けた取組が進んだ場合に達成される理想的な水準として、(1)個人の希望が実現した場合を想定して推計した水準、又は、(2)施策の推進によって現状値や過去のトレンドを押し上げた場合を想定して推計した水準等、を設定することを基本とする。また、その実現に向けての中間的な目標値として5年後の数値目標を設定する。

まあ、気合で決めた無茶な目標を、現実的で評価しやすい指標で、やはりそれなりに現実的な目標に改めましょうというのはけっこうな方向性でしょう。社会全体としての目標を決めるのであって、個人や個別企業に具体的な目標を課すものではない、というのも妥当ではありましょう。もっとも、目標だけが一人歩きして個人や企業がすべてこれを達成すべしとの論調が生まれることはおおいに懸念されるわけで、実際に目標設定する際にはそこまで考慮に入れてほしいものだとは思いますが。
特に注意したいのが、こうした指標が出ることで、「女性は出産前後で就業継続することが正しい」とか「育児休業を取る男性はそうでない男性より偉い」とか「6歳未満の子どもをもつ男性は日当たり2時間30分以上育児・家事をしなければならない」といった画一的な価値観の押し付けにつながらないように、ということでしょう。各人が望むワーク・ライフ・バランスはそれぞれに異なるものであることを認め、多様性が尊重された結果として、社界全体がこんな数字になればいいのだ、ということをよほど徹底する必要がありそうです。
また、目標数値の根拠として「個人の希望が実現した場合を想定して推計した水準」とされていて、たとえば男性の育児休業などがこれにあたるのでしょうが、この根拠はおおいに怪しいものではないかと思います。これは、以前のエントリで書きました。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20050330
あと、「第1子出産前後の女性の継続就業率」が38.0%という現状は確かに低すぎるかなという印象はありますが、かといって55%という数字に根拠があるのかというとそんな感じも受けません。一応、雇用政策研究会の試算をベースに、将来一定の労働力人口を確保するにはこのくらいは、ということなのでしょうか?もともと転職・退職を考えていた人が出産を機に、というのは案外多いのではないかという実務実感もあり、高ければ高いほどいいというものではなさそうなので、まあ55%くらいが程よいところなのかもしれませんが…。
「週労働時間60時間以上の雇用者の割合」についても、10年後に10.8%の半減なのか、2割減のさらに半減なのかがよくわかりませんが、いずれにしても4〜5%くらいは60時間以上の人もいる、ということであれば、まあまあ現実的なところかな、という感じはします。仮にホワイトカラー・エグゼンプションが導入されたとしても、労働時間はそれなりに(在場時間のような大雑把なものでいいとは思いますが)把握して、それも含めてこうした目標にあてはめていくことが必要でしょう。
年次有給休暇取得率を完全取得にするのもけっこうなのですが、たとえば勤続が短くて年次有給休暇付与日数の少ない人など、病気などに備えてある程度は日数をストックしておきたいと考える人がいても不思議ではないわけで、そういう意味では「完全取得」は「年次有給休暇を捨てない」くらいの意味でなければ困るでしょう。また、より根本的な問題として、年次有給休暇に関しては働く人が取得してくれなければこの目標は達成できないわけで、取得したくないという人の意識を変えていくことが必要になってきます。個人的には、取得したくない人に無理して取得させることは、ワーク・ライフ・バランスにおける多様性の確保・容認という面で問題ではないかと思います。むしろ、企業に「完全取得に近いもの」を義務付けると同時に、時季指定権も企業に移す(もちろん、働く人の希望は聴取するとして)ことが取得促進には効果的ではないかと思います。ただ、この場合も、一定日数は働く人が自ら時季指定できる余地を残しておく必要はありますので、その分を留保した「完全取得に近いもの」が目標とならざるを得ないでしょう。
テレワーカー比率については、この数字のもとになっている国土交通省の「2005年時点のテレワーク人口推計(実態調査)」では、テレワーカーを「自宅、サテライトオフィス、テレワークセンターなどで、又はモバイルワークにより、通常勤務する場所以外の場所でITを活用して1週間あたり8時間以上働く人」と定義しています。この定義であれば、たとえば週1日の在宅勤務が可能ならばテレワーカーということになります。この程度ならば、むしろもっと大胆な目標をおいて、その実現のための政策対応(法的対応など)を進めてほしいような気がします。ワークと並行してライフもできるという意味ではテレワーク、とりわけ在宅勤務は非常に効果的だからです。
逆の意味で気になるのが「短時間正社員制度の導入割合」で、これにはどういう根拠があるのでしょうか?25%、50%という数字はいかにも「切りがいい」もので、気合でいいかげんに決めたもののように見えてしまうのですが…。意味するところもいまひとつ不明確で、正社員の短時間勤務という意味では育児時間が代表的ですが、これだと導入割合50%を目標とするというのも不自然なので、また違ったものが想定されているのでしょうか?期間の定めがなく、内部昇進制に乗っているが、所定労働時間は短い人、といったイメージでしょうか?はたしてそれがどれほどフィージブルなのか、労使双方にどれだけのニーズがあるのか、そうした裏付けをはっきりさせずに気合で目標を決めるというのもいかにもづさんな話のように思われるのですが…。
あと、「6歳未満の子どもをもつ男性の育児・家事関連時間」が1日あたり2時間30分ということは、週あたりにすると17.5時間ですか。平日に一度も子どもの顔を見なかったとしても(週60時間以上)、週末に各8時間45分ずつ子どもと過ごせば足りる計算になります。まあ、6歳未満の子どもがいるのであれば、かなり現実的な数字かもしれませんが、あくまで全国平均であって、すべての6歳未満の子どもをもつ男性がこうでなければならないというわけではない、というのが大前提に立つと、これよりかなり多い人も相当数いなければならないことになるので、はたしてこれが妥当かどうかはもう一度検証の必要がありそうです。

*1:300〜999人

*2:300人以上のすべての規模

*3:300人以上のすべての規模

*4:2010年まで