6つの壁

今国会の経済演説で、大田弘子経済財政担当相は労働市場に残る「6つの壁」の克服に意欲を示したそうです。

 第三は、「人材」です。すべての人がそれぞれの能力をいかし、働き甲斐を持ち、それが経済の活力と両立するような環境が整えられなくてはなりません。これまでの労働市場に残されている六つの壁、すなわち、正規・非正規の壁、働き方の壁、年齢の壁、性別の壁、国境の壁、官民の壁、この六つの壁を克服し、人口減少下で貴重な人材がいかされる労働市場の在り方を審議し、政策に反映させていきます。
 また、九十年代以降の経済低迷期に新卒で社会に出た人々の雇用が問題になっています。正規社員への道が閉ざされ、技能を身に着ける機会がないまま、不安定な雇用を余儀なくされているこれらの人々についても、人材活用の視点が重要であり、能力形成支援などを打ち出していきます。
 サービス産業の生産性向上、アジアとの連携強化、多様な人材の活用は、地域の活力を高めるためにも重要なカギとなります。ヘルスケアや家事支援、観光などの需要拡大は、地域の消費と雇用に直結します。
http://www5.cao.go.jp/keizai1/2007/0126keizaienzetsu.pdf

なるほど、正規・非正規の壁、働き方の壁、年齢の壁、性別の壁、国境の壁、官民の壁ときましたか。
これだけでは必ずしも内容がピンとこないところもありますが、これがどこから出てきたかというと、年末に開かれた経済財政諮問会議の民間議員ペーパーからのようで、そこにはある程度具体的なことが書かれています。

1、均衡処遇の確立(不公正な格差是正
   →正規・非正規の「壁」、性別の「壁」の克服

 ・再チャレンジを阻害する要因の除去
 ・パート等多様な労働形態を含む処遇のあり方、等
2、多様な働き方の実現 →働き方の「壁」の克服
 ・「時間」に縛られない多様な働き方
 ・職種を選べる働き方
 ・子育てと両立する働き方
 ・障害者のニーズにあった働き方
 ・雇用形態に対する中立の観点からの税・年金等の改革
 ・テレワークの促進、等
3、高齢者雇用の拡大 →年齢の「壁」の克服
 ・「定年制」のあり方
 ・高齢者雇用を拡大するための条件整備
 ・雇用と社会保障との整合性、等
4、労働市場グローバル化 →国境の「壁」の克服
 ・外国人労働者の受入のあり方
 ・国際的移動の円滑化(年金等の包括的な相互協定の推進)、等
5、職業訓練、就職斡旋の充実 →官民の「壁」の克服
 ・ハローワーク業務における官民連携のあり方
 ・若年等、就業困難者のための職業訓練のあり方、等
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2006/1220/item14.pdf

で、議事要録をみると、このペーパーについてはこれ以上の説明も議論もなかったようです。大田大臣の記者会見でも具体的な話には触れられていませんでした。というわけで不明な点もありますが、個別に見ていきましょう。

均衡処遇の確立(不公正な格差是正

ふーむ、まずは話題の均衡処遇、「不公正な格差是正」ときましたか。これが正規・非正規の壁、性別の壁の克服につながるというのですが、現時点では基本的に均衡処遇というのは短時間労働者と通常の労働者の間の問題のはずです。まあ、正規・非正規については労働契約法の検討の中で均衡処遇の議論がありましたし、新たに「正規・非正規の均衡処遇」を考えようというのはありうるかもしれませんが、性別についてはすでに均等法が整備されており、「機会均等」が基本コンセプトとして確立しています。非正規には女性が多いから、という気持ちはわからないではないですが、ここで新たに「男女の均衡処遇」という考え方を持ち込むのも変な話だと思うのですが。
で、具体的には「再チャレンジを阻害する要因の除去」となっていて、さすがにこれは何のことやらはっきりしません。ただ、私に「再チャレンジを阻害する要因はなにか」と聞かれたら、迷わず労働需要の不足と答えるでしょう。適切な政策によって経済の拡大を維持すること、これをなによりお願いしたいと思います。そうすれば自然に非正規の賃金も上がりますし、正社員でなければ人が集まらないとなれば正社員採用も増えるはずです。
「パート等多様な労働形態を含む処遇のあり方」は要するに均衡処遇のことを言っているのでしょうが、賃金、労働時間、仕事の内容、キャリア形成、働き方の自由度、雇用の安定といった「処遇」のさまざまな中身はトレードオフになっていることが多いわけで、そうそう簡単に「あるべき処遇のあり方」を決められるわけもありません。賃金が高く、労働時間はそれほど長くもなく、働き方の自由度も高く、雇用も安定しているというのはたしかに望ましいでしょうが、そのためには相当高度な仕事ができる必要があるでしょう。たとえば(思いつきですが)広告代理店のナンバーワン・コピーライターとか(そうでもないかな。ズブズブに長時間労働しているかもしれないという気もする)。それはともかく、いかに有識者といえども(失礼)やはり神ならぬ人間が「あるべき均衡処遇」を具体的に定めるのは無理というもので、基本的には組織の外では労働市場が、組織の中では事業の運営に責任を持っている経営者が個別に考えていくしかないでしょう。繰り返し書いていますが、従業員の意欲に結びつく「公正な格差」を実現することは、経営者にとっても非常に重要な課題なのですから。それで低きに失してしまうことへの対応としては、最低基準を法定することで対処すればよいのではないかと思います(そういえば、この民間議員ペーパーには最低賃金の話は出てきませんが、ここに含まれているということなのかもしれません)。
続きは明日以降書いて行こうと思います。