安全は終身雇用制でないと守れない

かなり古いのですが、日経ビジネス2000年9月25日号に掲載されている松田昌士JR東日本会長のインタビュー記事をご紹介したいと思います。一昨日のエントリを書いていて思い出したので、探してみました。

…鉄道というのは正常に運行している時は、そう大変な仕事じゃないんです。その代わり、運行が乱れたとか事故だという時は、それこそ下から上まで総がかりで対処することになります。つまり、いつも異常事態が起こるというのを前提にして毎日を送っている組織なんですね。だから、もし異常が起こったら、すぐにトップに情報が上がるようでなければいけません。
…このところ企業の不祥事が立て続けに起こっていますが、社長が知らなかったというような発言を平気ですること自体、私には信じられません。風通しのいい組織は、社員の経営参画意識や、職業意識の高さを生みます。つまり、自分で責任をもって判断できるようになるということです。
 昨年9月に茨城県東海村で起きた臨界事故では、水戸支社の支社長が、まだ情報が錯綜している段階で、「列車を止めろ」という指示を出した。「乗客を危険に遭わせてはいけない。責任は俺が取る」と自らの判断だけで決めたのです。鉄道屋が列車を止めるというのは、本来、大変不名誉なことなんです。私はこの判断は素晴らしいと思って支社長以下を表彰しましたが、「列車を止めて表彰されたのは過去に例がない」と言われました。
 トップに情報が伝わる前に、自らの判断で最良の行動が取れるようになるには、相当の訓練が要ります。そのために二百数十億円をかけて研修所を新設したりなど、人間に多くの投資をしています。逆に言えばそこまで人間を鍛えるためには、安易なリストラやレイオフなんてできません。外国人株主にもIR(投資家向け広報)の場などを通じて「鉄道会社は終身雇用制を守る」と堂々と言っています。
 社長を務めた7年間、最大の誇りは、乗客の死亡事故を1件も起こさなかったこと。それに尽きます。
日経ビジネス2000年9月25日号から)

JRも国鉄民営化のときにはかなりのリストラをやったので、おまえが言うかおまえが!(笑)と感じられるむきもあるかもしれませんが、まああれは少なくとも「安易な」リストラやレイオフではなかった、といえるでしょう。

経営トップの判断を待たずに運行を止めるという判断を適切に行うには、これはたしかに相当ハイレベルな判断力や決断力が必要なわけで、その形成には高い素質に加えて相当の長期の実務経験、OJTが必要でしょう。これほどハイレベルでなくても、それぞれの立場、担当業務において日々適切な判断を行う、とりわけ変化や不確実性に対応していく能力を形成するにはやはり長期が必要であり、業種・業態によって割合は異なるでしょうが、やはり長期雇用の従業員が一定割合は必要だろうということでしょう。
そのためには、定年まで雇いますと約束したならその約束はきちんと守る、景気が悪い、業績が悪化したといって安易に約束を反故にしてリストラやレイオフをしない、という経営者の姿勢は不可欠なわけで、まことにもっともな話と思います。
なお一昨日のエントリとの関係でいえば、長期雇用すると言ったらそれは守らなければならないということと、長期雇用でなくてもかまわない仕事まで長期雇用でやらなければならないということとはまったくの別問題だろうと思います。念のため。