韓国のワークシェアリング

日曜日の日経新聞に掲載されている「そこが知りたい」というインタビュー記事に、韓国の労働相である李永熙氏が登場しておられました。お隣の国韓国では、日本に先駆けてワークシェアリングが拡がっているそうです。非常に興味深い記事なので備忘的に転載しておきます。

 韓国で「ワークシェアリング」が広がっている。中には時短が伴わず、労働組合から「単なる賃下げ」と批判されるケースもあるが、サムスン電子やLG電子など主要な財閥系企業は、社員の賃上げを凍結し、初任給を減らす代わりに、雇用を創出した。ワークシェアリングが日本より韓国で早く浸透しているのはなぜか。旗振り役の一人、李永熙(イ・ヨンヒ)労働相に聞いた。
 ――韓国のワークシェアリングの浸透度は。
 「政府の四月九日時点の調査では社員百人以上の六千七百八十一事業所のうち千五百四十四事業所が何らかのワークシェアリングに取り組んでいる。新卒採用を減らす代わりに長期の有給インターンシップを増やして若者に手を差し伸べるSKグループのような会社もある」
 ――日本より浸透が早いのはなぜか。
 「一九九七年の通貨危機の経験が影響している。サムスン電子が従業員の三割削減に踏み切るなど、当時の韓国企業は大量の人員整理に踏み切り、会社に残った従業員もいつ解雇されるのか不安になり、会社への忠誠心が弱くなった。結果として経営者は多くのコストを支払った」
 「その後、企業は再度人員を増やそうとしたが、技能の熟練や伝承が難しくなってしまった。このときの教訓から多くの企業は安易な解雇はせず、雇用を維持すべきだと考えるようになった」
 「韓国の人々には、一緒に仕事をしている仲間が失職するぐらいなら自分の賃金が減っても雇用を維持しようという気質がある。通貨危機の時には、外貨不足を補うため国民が金製品を拠出する『金集め運動』を展開したこともあった」
 ――ワークシェアリングを政府が推進するのは不自然ではないか。
 「雇用問題に従業員側が協力する良い事例だから、広めようということだ。もちろん給与返納をしたくないのに周りがやるから仕方なくという人もいるだろう。それは否定しないが、政府として圧力をかけたことはない」
 ――労働組合からは「賃下げ議論だけが先行する」との批判がある。
 「確かに韓国には闘争主義的な路線を志向する労組もあるが、世界経済への危機感は彼らも共有している。会社が従業員の雇用を守れば足元で経営の負担は増えるが、労使関係が良好になる恩恵もあるはずだ」
 「今年の賃金交渉も労組は雇用維持を優先する構えで、労使間の考え方に大きなズレはない。ソフトランディングできると思う」
(平成21年4月26日付日本経済新聞朝刊から)

なかなか、考えさせられるところのある記事です。まず、いきなり「中には時短が伴わず、労働組合から「単なる賃下げ」と批判されるケースもある」というのがすごい。雇用を守るには労働時間より賃金の分かちあいが重要(この点に関しては私は池田信夫先生に同感です。日本でもそれで雇用が増えるとまでは思いませんが)、ということがあっさり実践されているようです。
いっぽうで、緊急避難にとどまらず、「社員の賃上げを凍結し、初任給を減らす代わりに、雇用を創出した」と、雇用増まで行っているというのもたいしたものです。将来的な成長を見越して、足元は余剰でも若手人材を確保したいというニーズがあるのでしょうか。いっぽうで「新卒採用を減らす代わりに長期の有給インターンシップを増やして若者に手を差し伸べる」というのは、どちらかと言えば低賃金の非正規雇用を増やしているのと外形的にはそれほど違わないのでいかがなものかという感もありますが、それでも「長期」が5年、10年というのであればかなり有意義な感もあります。まあ、そこまで長期ではないでしょうが…。このあたりは、有期雇用契約の上限規制を緩和することで、とりあえず1年契約や3年契約に較べれば比較的マシな雇用を増やすことができるという可能性を示唆していると見れば見ることもできるかもしれません(ちと無理があるか)。
「一九九七年の通貨危機…当時の韓国企業は大量の人員整理に踏み切り、会社に残った従業員もいつ解雇されるのか不安になり、会社への忠誠心が弱くなった。結果として経営者は多くのコストを支払った」「その後、企業は再度人員を増やそうとしたが、技能の熟練や伝承が難しくなってしまった。このときの教訓から多くの企業は安易な解雇はせず、雇用を維持すべきだと考えるようになった」というのは、これは長期雇用そのもので、これだけ読むと日本より日本的という印象すらあります。現実には、韓国では若年定年制が当たり前ですし、労働慣行がだいぶ違うので単純な比較は当然できないわけですが。
さらに「韓国の人々には、一緒に仕事をしている仲間が失職するぐらいなら自分の賃金が減っても雇用を維持しようという気質がある」、これがすばらしい。まさに労働者の連帯と申せましょう。まあ、当然ながら実態はそう単純でもなければ美しくもないだろう、と邪推するわけではありますが、いずれにしても「自分の賃金を下げるくらいなら、働きの悪い奴に希望退職してもらったほうがいい」という発想が間々みられる?わが国では、舛添厚労省にここまで断言しろと言ってもおそらくは無理なわけで…。
ただ、これに非正規労働者がどのように組み込まれているのか、はかなり興味のあるところです。とりあえず、以前のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090220)でご紹介したように「仕事の分け合いが成功するためには、賃金水準を下げなければならない。1日12時間の勤務を8時間3交代へと変え、雇用を増やしても、人件費が減らなければ無用である」という発想のもと、「低い年俸の社会的働き口か臨時的なインターンかを問うときではない。まず働き口から増やすことが最もよいセーフティネットであり景気対策だ」という認識が共有され、実際に推進されているのであれば、一応は非正規労働者まで含めてワークシェアリングによる雇用増の対象となっているといえるでしょうが、このあたり実際はどうなのでしょうか。ちょっと興味あるところです。