労働ルール「改革」??

本日の日経新聞によると、厚生労働省長時間労働対策や非典型雇用対策として新たな規制を設けようとしているようです。

<労働ルール改革素案の骨子>
・一定の雇用期間を超えた派遣・パートが希望した場合、正社員としての雇用を企業に義務付ける
・残業時間が月40時間を超えた労働者に新たな休日を与える
・月30時間を超えた残業時間の賃金の割増率を現行の25%から50%に引き上げる
・年間5日分程度、時間単位で消化する有給休暇が取れるようにする
・労働時間の適用除外を導入する企業は、労働者に年間を通じ週休2日相当の休日を与える
(平成18年6月13日付日本経済新聞朝刊から)

まあ、健康障害につながりかねないような行き過ぎた長時間労働を規制することの必要性を全否定するものではありませんが、しかしこういう施策というのはどんなもんなんでしょう。


中でも一番まずいのは、「一定の雇用期間を超えた派遣・パートが希望した場合、正社員としての雇用を企業に義務付ける」というもので、これで派遣やパートが正社員になるだろうというのはまったくの勘違いというものです。こんな規制を設けたら、企業は「一定の雇用期間」(記事によれば1年または契約更新3ということらしいのですが)を絶対に超えないように、さらに短期の契約とすることを徹底するでしょう。これは企業としても採用や職場導入時の教育訓練コストの増加につながりますが、働く人にとっても契約期間の短期化、すなわち一層の不安定化につながりますし、勤続が短くなることで労働条件にも悪影響があるでしょう。加えて、「派遣の正社員化」は人材派遣会社にとっては大切な戦力を引き抜かれることに他なりませんから、派遣会社にもかなりの損失となりかねません。
「残業時間が月40時間を超えた労働者に新たな休日を与える」というのもよくわからない発想です。そもそも、休日を与えた分さらに残業や休日出勤が増えてしまったのでは長時間労働対策としては意味がないわけで(笑)。まあ、割増賃金の分は働く人には実入りは増えますが。だいたい、月40時間といえば、20日働くとすれば一日2時間で、一般的なホワイトカラー職場で一日2時間の残業が「新たな休日」が必要になるような負荷でしょうか。さらにいえば、「仕事と生活の調和」をいうのであれば、通勤時間が往復3時間の人(首都圏ではざらにいると思いますが)と、往復1時間の人とでは、「新たな休日」の必要性はまったく異なるのではないかと思うのですが。こうしたことをすべて無視して一律に規制を行うというのは、いかにも硬直的なように感じます。
「月30時間を超えた残業時間の賃金の割増率を現行の25%から50%に引き上げる」というのも似たようなものですが、さらに筋が悪い。そもそもこれは労働者に対しては月30時間を超える残業にインセンティブを与えるものですから、多くのホワイトカラーのように相当部分残業時間を自らコントロールしている労働者にとっては長時間労働促進策となるものです。日経新聞は「企業にはコストアップ」といいますが、現実にはこれによるコストアップは1〜2年ベアを抑制すれば取り返せるくらいのもので、本質的には限られた総額人件費の配分を、長時間労働する人に対してより多くするということに過ぎません。まことに不思議な政策といえましょう。なお、実務家としては、30時間以下と30時間超とで割増率が違ってくるというのは、賃金計算の実務としては非常に煩雑になるという問題点もあり、はなはだ迷惑です。
「年間5日分程度、時間単位で消化する有給休暇が取れるようにする」というのも、すでに役所では利用されていて仕事中に理髪店に行ったりして便利に使われているようですが、悪いとは言いませんがやはり実務的にはかなり煩雑なものになります。「労働時間の適用除外を導入する企業は、労働者に年間を通じ週休2日相当の休日を与える」というのは、新たに検討されている自律的労働時間制度のことでしょうから、これは制度全体がどうなるかによります。
私は労働契約法制には(内容次第ですが)あまり否定的ではなく、むしろ前向きな意見を持っているのですが、その議論に悪乗りして追加的な規制強化をもくろむというのはいかがなものかと感じます。まあ、労働契約法制の研究会報告は「前提としない」ということになっているようですが、それにしてもこれを逸脱した議論は慎むべきだと思うのですが、どんなものなのでしょうか。