玄田有史『希望学』

希望学」の本が出ました。

希望学 (中公新書ラクレ)

希望学 (中公新書ラクレ)

書評を書きました(「キャリアデザインマガジン」40号に掲載)ので、ここにも転載しておきます。


 いきなり「希望学」といわれても、なんのことかちょっとわからないだろう。まあ、「キャリアデザイン学」に言われたくはないだろうけど…。
 さて、「希望学」とは、東京大学社会科学研究所で昨年から「当面3ヵ年をメドに」取り組まれているプロジェクトの一つで、その代表が編著者の玄田有史氏だ。氏によれば、希望学は「経済・歴史分析、思想・制度研究、社会調査など、研究所の全精力を結集して、希望を社会科学」するのだという。「社会科学」するというのだから、データや調査などの事実にもとづいて、希望を社会のあり方との関わりにおいて研究しようということだろう。なんとも野心的な構想ではあるまいか。
 この本は、プロジェクトのスタートにあたって開催されたシンポジウム「希望学宣言」の成果にもとづいている。その中心は、同研究所が昨年5月に実施した「職業の希望に関するアンケート」の分析だが、統計的な説明は「補論」として各章の最後にまとめ、本文は事例やエピソードをまじえてなるべく平易に書くという、最近流行の?スタイルをとっており、たいへん読みやすい。そして、読み進めていくうちに「希望学」がなにをめざそうとしているのか、その一端が見えてくる。
 くわえて、分析から得られた結果もまことに興味深い。希望を持ちやすい性格傾向を分析した第1章(佐藤香)、子ども時代の希望する職業の有無と現在の仕事のやりがいとの関係を論じた第2章(玄田有史)、家族や友だちと希望の関係を述べた第3章(永井暁子)、恋愛・結婚と希望を考察する第4章(佐藤香)、挫折と幸福と希望の三角関係を解き明かす第5章(石倉義博)と、いずれもライフデザインとしてのキャリアデザインと深く関わる内容であり、一般的な思い込みとは一味違った、ノントリビアルな発見がある。第6章と第7章は編著者と宮崎哲弥氏、山田昌弘氏との対談で、ともに「希望」と今日の社会との関係の一断面をとらえている。
 ここでは職業キャリアとの関連が深い第2章を簡単に紹介しよう。ここでの発見は、「子ども時代に希望する職業を持っていたほうが、現実にその職業に就いた人はわずかであるにもかかわらず、(別の)やりがいのある仕事に就いていることが多い」ということだ。さらに意外なことに、希望する仕事があったが、その後別の仕事に希望が変わった人のほうが、希望する仕事があり、ずっと希望し続けた人より多くやりがいのある仕事に就いている。「希望の調整、軌道修正がやりがいにつながる」というのは、これはまさにキャリアデザインそのものではないだろうか?
 希望学では今後、地域でのフィールドワークなども計画されているという。この本は希望学の全貌ではなく、入口に過ぎないのだ。入口だから、まだ見通せないところや、足元が固まっていないところもたしかにあるだろう。しかし、この本はこれからの大きな成果を期待させるに十分なものだと思う。まずはこうした大胆なプロジェクトに踏み出した編著者らに敬意を表したい。