高橋伸夫『組織力−宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ』

「キャリアデザインマガジン」第95号に掲載した書評を転載します。

組織力 宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ (ちくま新書)

組織力 宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ (ちくま新書)


 なんであれ「組織」に属している人であれば、それがなんらかの「力」を持っているという感覚はあるだろう。「組織」が構成員の力の総和以上の力を発揮した、という経験を持つ人も多いに違いない。そして、構成員が変わっても「組織」の力はそこにある、という実感を覚えることはないだろうか?
 「組織力」とはなにか。どこから来てどのように作られ、そしてどのように伝えられていくのか。この本は、それを経営学の理論を通じて、まことにわかりやすく、面白く伝えてくれる。
 この本では、副題にあるとおりの「宿す、紡ぐ、磨く、繋ぐ」の順に議論が展開される。第1章の「組織力を宿す」は「組織力はどこから来るのか」を述べる。組織の重要な機能のひとつに「勢いをつける」ことがある。重大な意思決定というものは、多くの場合十分な判断材料がなかったり、考慮すべき要素が多すぎて時間が足りなかったりする。そうなると「勢いで」決定するしかなくなるが、その「勢い」を与えるのが組織の力だという。その決定が合理的かどうか、保証の限りではないし、検証も難しいだろう。そこでその決定が合理的であったとする理屈が事後的に付与される。「組織の合理性」とは自分たちの行動をもっともらしく説明できる歴史を事後的に作っては変える回顧的なものであり、それが長年にわたって続けられることで意思決定に「勢い」を与える組織の力が宿されるのだとういう。
 第2章は「組織力を紡ぐ」とされている。そもそも、組織とはどのように出来上がるのか。どうやら、組織とは事前にデザインして、そのとおりに構成員を集めてきてはめこめば出来上がる、というものではないらしい。「仕事ができる人」を集めただけでは組織にはならないのだ。「組織化」とはこれとは逆に、構成員がともに仕事をすることを通じて徐々に相互につながった行動の回路が出来上がっていくことで、まさに糸口を撚り合わされるように一群の人の集団がひとつの組織へと紡がれていくプロセスなのだという。したがって、組織にとって大切なのはこうしたプロセスを実現できる「仕事を任せられる人」だということになる。
 第3章は「組織力を磨く」である。どの組織にも組織力はあろうが、強固な組織力のもとに成長を続ける組織もあれば、そうでない組織もある。ここで重要なのが、組織として「こうすればこのくらいはできる」という「経営的スケール観」であるという。生産規模や生産性、累損解消までの期間などの見通しを持って、それに向けた投資を行っていく。このときに、短期的な利益や合理性に傾かず、時間的射程距離を長くして、未来に向けた投資を重点に組織を運営していくことが必要となる。それが組織力を磨き、人と組織を長期的に成長させるのだという。
 そして第4章の「組織力を繋ぐ」だが、この章はたいへん短い。長期にわたって築かれた組織の力は、上司や先輩が部下や後輩に受け継ぐことで守られていく。仕事への報酬は、目先のカネではなく、次の仕事、より大きな仕事で報いる。その仕事への報酬は、さらに大きな仕事、より高い立場となる。こうして世代交代は進み、組織力は繋がれる。それを支える仕組みが長期雇用、いわゆる正社員だという。そしてこの章の最後では、中高年に向かって「若者に厳しく要求するばかりではなく、正社員として雇い、自身の後継者として育ててほしい」と訴えている。
 その後に、「付章」として「組織化の社会心理学」がおかれている。付章とはいうが、第4章の2倍のボリュームがある。これは第2章の記述のベースとなっているワイクの『組織化の社会心理学第2版』の解説である。難解で鳴る文献だが、著者の解説をもってしても依然として難解であり、完全に理解しなくとも(つまり、読まなくとも)著者の主張したいことは十分に伝わるものと思う。ただ、この本は読みやすさに多大な配慮を行っており、結果としても非常にわかりやすく面白いものになっているが、その分学問的な厳密さを欠いているという部分はあるのだろう。付章はそれを補完しつつ、この本をきっかけに経営学をさらに学ぼうという人へのイントロダクションにもなっているのかもしれない。
 多くの人は職業キャリアを組織人として送っている。「組織力」、ひいては「組織」への理解を深めることは、職業人生を有意義なものとする上で重要なことに違いあるまい。この本はそのためのガイダンスとして極めて優れており、一読すれば多くの有益な示唆を得られるだろう。一人でも多くの組織人に手に取ってほしい好著である。強くお薦めしたい。