社会人基礎力ふたたび

日曜日の読売新聞によると、昨今の格差論議の流行?を受けて安倍官房長官が作った「再チャレンジ推進会議」が、以前(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060206)も紹介した経済産業省の「社会人基礎力に関する調査」をもとに、12項目の能力要素をまとめたそうです。

 政府の「再チャレンジ推進会議」(議長・安倍官房長官)は13日、社会人を評価する基準となる、12項目の能力要素からなる「社会人基礎力」をまとめた。統一的な判断基準を策定することで、学生らの就職活動を円滑にすると同時に、社会に出てから必要とされる能力を明示して、就職先で「基礎力」を身につけさせるのが狙いだ。
 同会議がまとめた「社会人基礎力」の項目は、「主体性」や「実行力」など。職場や地域社会で活動していくうえで必要な能力を類型化して示すことにより、企業の職種や学生らの学歴にかかわらず、両者が採用・就職活動の場で期待される能力について共通認識を持てるようになると見込んでいる。政府は今後、企業に対して、重視する能力は何かを募集要項などに明記するよう求める方針だ。
…推進会議では「就職後に、12項目の基礎力を意識して身につければ、いったん退職した場合でも、社会に復帰するための武器になるはずだ」としている。
(平成18年5月14日付読売新聞朝刊から)

で、その12項目というのはこういうことのようです。

  1. 主体性:物事に進んで取り組む力
  2. 働きかけ力:他人に働きかけ巻き込む力
  3. 実行力:目的を設定し確実に行動する力
  4. 課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
  5. 計画力:課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
  6. 創造力:新しい価値を生み出す力
  7. 発信力:自分の意見をわかりやすく伝える力
  8. 傾聴力:相手の意見を丁寧に聴く力
  9. 柔軟性:意見の違いや立場の違いを理解する力
  10. 情況把握力:自分と周囲の人々や物事との関係性を理解する力
  11. 規律性:社会のルールや人との約束を守る力
  12. ストレスコントロール力:ストレスの発生源に対応する力

うーん。まあ、こうした「力」はあったほうがいいに決まっていますし、逆にいえばどの「力」もある程度は持っていなければ、社会ではやっていけないでしょう。産業・企業によって求めるものに異なる傾向があることもたぶん事実でしょう。それは仕事の特徴によるものであったり、「社風」のような、組織の特徴によるものもあったりするでしょう。たとえば、「わが社では、社会人基礎力の高い人、特に主体性と実行力、発信力の高い人を求めています」というような表現方法はできるかもしれません(というか、表現がさまざまなだけで、似たようなことをどの企業も言っているように思います)。
ただ、これを「統一的な判断基準」として、企業に「重視する能力は何かを募集要項などに明記するよう求め」ることで、「企業の職種や学生らの学歴にかかわらず、両者が採用・就職活動の場で期待される能力について共通認識を持てるように」なり、「学生らの就職活動を円滑にする」ことができるかというと、まあやらないよりは多少はマシかもしれませんが、およそ期待薄ではないかと思います。


第一に問題になるのは、産業・企業によって求められるものに異なる傾向があることが事実だとしても、それはまさに「傾向」としてであって、すべての人に同じものが求められているわけではない、ということです。たとえば「特に主体性と実行力、発信力の高い人を求めています」という企業があったとしても、全員がそういう人では組織は動きません。計画力のある人も必要でしょうし、創造力や柔軟性に優れた人も必要でしょう。組織というものは、それぞれに異なる資質を持つ人たちがその適性などに応じて役割分担することで、目的を達成しようとするものであり、基本的に多様な人材を必要とします。そのうえで、全体でみると「特に主体性と実行力、発信力の高い人を求めています」となるわけですから、これは「そういう人であれば多少は採用されやすいかもしれない」とか、「多少は会社の雰囲気になじみやすいかもしれない」とかいう程度のものではないでしょうか。この点は、現実の業務ニーズに立脚した、たとえば「半導体材料の技術者を求む」といった求人要件とは違うのです。
第二に問題になるのは、まさに記事にもあるように、仕事を通じてこうした力を伸ばすことができる、ということです。とりわけ、「社風に合う」ということでこうした要素を望んでいる企業であれば、最初はその要素が不足していても、ほかに優れたものがあれば採用し、そこで働くうちにその要素も自然と伸びてくるということもあるでしょう。
第三に問題になるのは、「統一的な判断基準」を設けることで、かえって企業が望むものを実態に近く伝えることが難しくなる、ということです。たとえば、「思いやりのある人」とか、「想像力のある人」を求める、という表現をする企業もありますが、これはそれぞれにその企業の思い、求める人材の傾向というあいまいなものをなるべくうまく表現しようとしているわけです。そこには当然、12の項目には割り切れないものも含まれているはずで、それを無理に12項目の「統一的な判断基準」に押し込んでしまうと、企業の考えが正しく伝わらなくなってしまいます。各企業がてんでんばらばらな表現をするからわかりにくい、混乱するというのはわからないではありませんし、たしかに統一基準を作れば横並び比較はできるようになり、それはそれで参考にはなるかもしれませんが、正しくないデータを比較してみてもあまり意味はないのではないかと思うのですが。
結局のところ、ある仕事にどういう人材が適しているか、この仕事にはどんな能力が望まれるか、ということはかなり明確に表現できるでしょうが、様々な仕事の集合体である企業について、具体的に「こういう人材が適している」と明確にいうことはなかなか難しいのではないでしょうか。
それにしても、「この12項目に全部マルをつけられる人ってどのくらいいるのでしょう。就職後に、12項目の基礎力を意識して身につければ、いったん退職した場合でも、社会に復帰するための武器になるはずだ」といわれても、私にはとても自信ありません(そりゃ、世の中渡っている以上はどれもそこそこには持っているのでしょうが)。