少子化対策に雇用保険

実は、ゴールデンウィーク中にすでに読売新聞で「雇用保険の積立金で少子化対策」という記事が報じられていて(しかも1面)、ずいぶん思い切った(笑)アイデアだなあ(というか、現実には「なんじゃ、こりゃ」でしたが)と思ってはおりました。ただ、このときは本文記事では積立金を使うと言っているのに別面の解説では三事業の無駄遣いの話になっているなど、正直言って信頼度が低い印象で、しかも他紙がまったく追随しなかったので、やっぱり何かの間違いだろうなと思っていました。
ところが、土曜日の日経新聞にも同じような趣旨の記事が掲載されたので、これはちょっと見過ごせない感じになってきました。

 政府は育児と仕事の両立の支援など、少子化対策雇用保険の財源を活用する方針を固めた。育児休業の取得促進策などに、雇用保険から最大1000億円程度を回す方向で検討しており、早ければ2007年度から始める。少子化対策に全体で数千億円の予算を確保したい考えで、財源として雇用保険に加え、公的な育児保険制度の新設や育児支援基金の活用も検討する。
 政府は少子化対策のたたき台となる専門委員会の報告書を15日に正式にまとめる。(1)働き方の見直し(2)育児支援サービスの拡充(3)経済的支援――が柱で、今回の支援措置はその具体策の一つになる。
 報告書には妊娠中の検診費用の負担軽減や、ゼロ歳から3歳を対象とした乳幼児手当の新設なども盛り込む。6月にまとめる経済財政運営の基本方針「骨太方針2006」に反映させるが、歳出削減を進める中で、財源をどう確保するかが課題になっている。
 厚生労働省はすでに、社員が初めて育児休業を取る中小企業に雇用保険から助成金を出しており、この育児休業の取得促進策を拡充する。現在の助成金は100万円。助成額を引き上げたり、2人目以降の社員の育児休業に対する支援措置も強化する方針だ。
 雇用保険を使った助成金制度の予算は全体で約4000億円あるが、「無駄が多い」との批判を受けて見直している。再編の際に育児支援に回す部分を数十億円程度上積みする方向で検討している。
 失業手当の約25%を占める国庫負担を引き下げ、育児休業時の保障拡大などに充てる案も検討している。景気回復で給付が減り、財政が好転しているためで、1000億円程度であれば少子化支援に回せるとみている。
 雇用保険の資金を少子化対策に使うと不況時への備えが手薄になるため、労使からの反発も予想される。機動的に国庫の負担割合を引き上げられる制度を設けたり、労使が賃金の1000分の8ずつを負担している失業手当て向けの保険料を引き下げたりして理解を得たい考えだ。
(平成18年5月14日付日本経済新聞朝刊から)

いろいろなアイデアが出されているということでしょうから、全体の整合性がないのはある程度致し方ないのだろうなとは思いますが、それにしても筋の悪い話です。


まず、雇用保険少子化対策をやるということ自体が、失業時の所得保障を主目的に労使の拠出で運営される雇用保険制度の基本的な考え方になじまないということがあります。もちろん実際には、教育訓練給付をはじめとして、本当に雇用保険で実施するのがいいのか、という事業がいくつも行われていますが、だからといって無際限に拡大してもいいというものではないでしょう。たしかに、育児と仕事の両立は労使双方にメリットがあるでしょうが、育児の外部経済は労使以外にも広く及ぶわけで、労使の拠出による雇用保険に本当になじむのか疑問です。そういう意味では、育児休業給付についても、かつての25%の給付であれば一応「育児のために退職すれば失業給付が支払われるであろうから、それを給付する」という理屈(この理屈は雇用調整助成金にも通じるもので、それまで否定するつもりはありません)が通じるでしょうが、その後40%に引き上げたことで理屈があわなくなっています。
まあ、現在は失業等給付については国庫が原則4分の1を負担していますので、それを考えれば失業給付以外の事業を幅広くやることも一応正当化できるだろうとは思います。逆にいえば、国庫負担を引き下げるなら失業給付以外の事業は縮小すべきです。記事にある「1000億円程度」の引き下げとなると、国庫負担全体の4分の1というかなりの割合になりますから、それに応じた(失業給付以外の)事業の縮小や一般財源への移しかえを行うべきでしょう。単純な移しかえでは追加的な少子化対策の財源は出てきませんが(笑)。
脱線しますが、この話とは別に、昨年末に閣議決定された行政改革の方針では、国庫負担の廃止の検討がうたわれています。もし廃止してすべてを労使の保険料でまかなうのであれば、事業は原則として制度本来の趣旨にかなう失業給付に原則として限定すべきでしょうし、その失業給付についても、支給は被保険者に限られるのが保険の当然の原理で、被保険者でない公務員は失業給付は受けられないとすることが必要です。
また、景気がよくて労働保険特別会計の財政が好転しているから少子化対策に転用する、というのも実に能天気な発想です。失業給付は当然ながら雇用失業情勢に応じて給付額が大きく変動するので、財政が好転したときには悪化したときに備えて積立金を積むことが必要です。実際、ほんの数年前には、長引く経済低迷で積立金がほとんど枯渇し、法改正を繰り返して料率を現行水準にまで引き上げてきました。もちろん、積立金を必要以上には積まなくてもいいだろうというのはそのとおりですが、それはこれまで料率を引き上げてきた経緯を考えれば、基本的にはまずは料率の引き下げにあてるべきであり、今回の発想は要するにその一部を目的外の少子化対策に転用したいというものです。ということは、つきつめれば労使折半で増税するようなものであり、相も変らぬ「取りやすいところから取る」という安易な発想を一歩も脱していないということでしょう。
少子化対策の重要性はまったく否定するものではありませんが、重要であればこそ、財源確保も正攻法でお願いしたいものです。