「シャープな賃上げ」!

いやー、これには驚きました。実務家であれば誰でも考えることではありますが、それにしても本当にやるとは。まあ、ポイント賃金要求(・回答)をする以上は当然ありうる話なのですが、シャープの賃上げが、まさにその「ポイント」だけについてだけのものだったのだそうです。

 今年の春闘の労使交渉で、「35歳500円」の賃上げ(賃金改善)とされたシャープ(大阪市)の妥結内容が、35歳の社員だけに限られたものだったことが19日、わかった。35歳をモデルに、他の年代の賃上げ額を決めるのが通例だが、モデル年齢の組合員だけが賃上げされ、他の年齢は賃上げゼロという極めて異例の内容。同社の労働組合は「目標をクリアし、ストライキを回避するための苦肉の策だった」と話している。
 シャープ労働組合が加盟する電機連合は今春闘、「35歳技能職」か「30歳技術職」のいずれかの年齢で賃金改善2000円を統一要求。各社の回答は1000円と500円に分かれた。
 シャープについては、会社側が3月15日、「2006年4月1日現在の年齢が35歳の者に限り、500円を加算」と回答。一部組合員から批判もあったが、3月末の労使交渉で合意した。同社は「要求に応えられる環境でなく、組合側と交渉した結果」と説明。同労組も「激化する競争で生き残るには、労組としても理解が必要と考えた」としている。賃上げ対象者は、組合員2万5千人のうち、1100人だった。
 電機連合は「配分は各組合に任せているが、35歳だけピンポイントの配分というのは聞いたことがなく、波及する恐れもある」と困惑している。
高橋伸夫・東大教授(経営学)の話 「ストを回避しようと、500円という額にこだわった結果で、余りに極端。組合員の信頼を失い、労組の求心力が失われるのではないか。他の年齢層との賃金バランスを欠くことにもなる」
(平成18年4月20日付読売新聞朝刊から)


これには、「平均要求・回答」と「ポイント要求・回答」という技術的な、しかしかなり本質的な対立が背景にあります。シャープを含む電機連合各社が採用している(そして、労働界の多くではそれを広めようとしている)「ポイント賃金」は、企業によって年齢構成や職種構成が違うために単純な「平均」では横並びの比較ができないということで、年齢や経験年数、さらにはある程度の到達技能水準といったものを「ポイント」として設定し、その賃金水準を示すことで企業横断的な賃金水準の比較を可能としようというものです(だろうと思います)。まあ、労働運動が企業の違いを超えた「職種別賃金」をめざすのであれば、それなりに理にかなった取り組みではあります。ここで、ポイント要求の背後には、もちろん「当然、他の年齢、経験年数、職種においても、ポイントにならって賃金改定が行われるであろう」という前提があることはいうまでもありません。
とはいえ、今回のシャープのような「ポイントだけ上げる」ということも当然可能です。それでも、「春闘」的には、電機連合の方針に沿った単組の要求にこたえた、という形にはなります。すなわち、経営としては総額人件費の上昇を最大限に抑えつつ、労組の要求については目に見える部分ではしっかりとこたえた形を作ることができるわけです。経営事情に配慮しつつ、労組のメンツも確保できる、ある意味ではなかなか賢い解決方法といえるのかもしれません。しかも、実はこれは翌年以降も継続可能な、いわば「サステナビリティ」のある方法であって、来年はまた一年下の世代が35歳になるわけで、そこでまた35歳の「ポイント」だけ賃上げすれば、またしてもその部分だけの総額人件費アップですみます。極論すれば、これは「ポイント」の部分が通過する時点で、定年までの勤続40年前後に1回だけ賃上げすればいいシステムにもなりうることになるはずです。
だとしても、これは高橋教授が指摘するように「余りに極端」であることは常識的に明らかでしょう。まあ、仮にシャープの労使が十分に議論のうえで互いに納得ずくでこうした手法をとったとしても、他の労使がこのやり口を模倣したとしたら、それは高橋教授指摘のとおり「組合員の信頼を失い、労組の求心力が失われる」結果になるでしょう。これは非常に珍しいケースではありますが、やはり例外中の例外の事例という位置づけで理解するべきではないでしょうか。