フランスの若年雇用対策

フランスで、若者を対象にした新しい雇用制度に対する反対運動が起こっているそうです。これは初期雇用契約制度(CPE)といわれるもので、従業員20人以上の企業が26歳未満の若者を雇用した場合、試用期間の二年間は理由を示さずに解雇できるとしています。日本でもよくある議論ですが、解雇規制が厳しいせいで企業が採用に消極的になっている、したがって解雇を容易にすれば企業も採用しやすくなるだろう、との理屈です。
今朝の朝日新聞によると、こんな状況のようです。

 26歳未満の若者を雇えば最初の2年間は自由に解雇できる法律に反対する学生のストやデモがフランス全土に広がり、ドゴール体制を崩壊させた68年の5月革命の「再来」を予言する声も出始めた。だがドビルパン首相は、法律を施行する姿勢を崩していない。大統領選を1年後に控えて指導力を示したい首相は、あえて危険な「かけ」に出た。
…初期雇用契約(CPE)を盛り込んだ新雇用機会均等法の成立にあたり、首相は独断専行ともいえる政治手法を見せた。下院審議を省く憲法規定を適用して強行採択。100万人(主催者発表)の反CPEデモの2日後の今月9日に成立させた。
 首相は12日のテレビ番組で、失業手当の拡充などを打ち出したが、「法律は必ず施行する」と撤回の意思が全くないことを強調した。
 背景には、22%に達するとされる若年失業率の高さや、硬直した雇用制度で国際競争力が弱まる懸念がある。さらに、次期大統領の座をねらう政治家として強力な指導力を印象づけ、市場競争に前向きでないとの経済界の懸念もはね返したい思惑が見え隠れする。

 社会党など左派は学生に呼応して反CPEのトーンを強め、与党の民衆運動連合からは「首相は学生と対話すべきだ」「首相個人のゲームに振り回されるのはかなわない」との悲鳴が漏れる。
 もっとも、学生の側も一枚岩ではない。トゥール大学は15日、学生投票で授業再開を決めた。若年失業率が全国平均の2倍近い都市郊外の移民社会では「不安定でも雇用がある方がましだ」とCPE待望論さえある。
(平成18年3月17日付朝日新聞朝刊から)

私はフランスの労働事情をよく知らないのでなんともいえないのですが、「5月革命の『再来』」はともかくとしても、ちょっと考えるかぎりこの「CPE」はあまり筋のいい方法のようには思えません。今朝の日経新聞には、こんなフランス企業の声が紹介されています。

 政府がCPE導入へ強硬姿勢を貫く一方、産業界は短期間での若者の解雇に慎重な見方を示している。採用から2年間での解雇は非効率との声が多く、「十分な研修を実施して定着率を高めたい」と考える企業が多い。
 携帯電話・防衛機器大手サフランのベシャ最高経営責任者(CEO)は「ハイテク分野のエンジニアは不足気味」と分析。同社は通常の正社員契約がほとんどで「新制度を使う予定はない」としている。
(平成18年3月17日付日本経済新聞朝刊から)

これはもっともな話で、未熟練の若者を採用したらまずは教育訓練、人材投資が必要であり、それを回収するにはある程度の長期勤続が必要です。もちろん、試用期間中に研修を受けさせてみて、適性に疑問があったら本採用しない、といった運用ができることのメリットはあるでしょうが、それにはたして2年もの長期が必要かどうか。むしろ、2年間はいつでも解雇できると思うと研修・育成もかえっておろそかになりがちで非効率、という弊害が出てきそうな気がします。
そもそも私は、日本にもある「解雇規制が厳しいから企業が採用を控える」という考え方自体に懐疑的です。たしかにそういう面もあるのかもしれませんが、過大評価しすぎなのではないでしょうか。長期雇用の社員に対する企業のニーズが低い中では、いかに解雇規制を緩和しても不要なものは不要なのですし、ニーズが高まれば、強い規制を承知のうえで採用を増やすでしょう。日本の紹介予定派遣も、最近はかなりの活況を呈しているようですが、これも結局は日本で正社員の需要が高まっているからこそではないかと思います。もともと正社員として採用するつもりで、派遣会社に適当な人材を探してもらい、半年なり1年なりの派遣の期間に人物をみて、能力に問題はないか、職場との相性(人間関係ですから理屈で割り切れないものは常にありますので)はどうかを確認して、安心して正社員採用する・されるというのが大方のユーザーの実態でしょう(これはおそらく、トライアル雇用でも似たようなものだろうと思います)。
そう考えると、労働市場が厳しいなかでフランスがCPEを導入した場合、うまくコントロールしないと事実上は2年の有期雇用契約として利用される可能性があるのではないでしょうか。研修や人材投資が必要のない低スキルの仕事について、業務負荷に応じてフレキシブルに出し入れできる(なにしろ、解雇の理由を示す必要がないのですから)労働力としての活用するわけです。フランスは有期雇用契約にも強い規制をかけているので、そうした労働力へのニーズはかなりあるかもしれません。それでも、朝日新聞の記事にもあるように、「職がなくて失業を続けるよりはマシ」という見方もありうるわけで、これは考え方次第だろうと思います。
また、理由を示さずに解雇できるとなると、差別的解雇の温床になるという可能性もなきにしもあらずで、やはりこのCPEは私にはあまり筋がいいものではないような印象があります。労働市場の柔軟化は必要であるにしても、方法はもう少し考えたほうがいいのではないかという気がします。