多様な価値観

 「解雇しにくい雇用制度」と「時短」。仏独など欧州主要国の人々が築き上げてきた財産が、地球規模の競争に揺れている。企業は新規採用に慎重になり、しわ寄せは若者にのしかかる。より長時間、労働者が働く国に移転する企業も後を絶たない。22日投票の仏大統領選では、きしむ雇用と縮むゆとりに、いかに取り組むかが問われている。
 (パリ=沢村亙、ベルリン=能登智彦)
 ◆新制度導入で安定失う
 「解雇します。2週間以内に私物を整理してください」。パリ郊外に住むリンダさん(33)は1年前に受け取った手紙の文面が今でも忘れられない。「私のどこがいけなかったのか。せめて解雇理由を書いてくれていたら」と、落ち込んだ。
 05年夏、秘書として半年間の条件で就職。期限が切れるころ、延長を打診された。「今度の雇用契約はちょっと特殊だけど」と言われたが、仕事が気に入っていたのでサインした。2週間後、病欠したリンダさんに解雇通知が届いた。
 採用後2年間は説明なく解雇できる――。リンダさんがサインした新規雇用契約(CNE)は社員20人以下の小企業向けに05年に創設された。人員調整を容易にして企業の採用意欲を高めるのがねらい。若者版CNE(CPE)は昨春、全国デモで撤回された。
 リンダさんは最近、CNEが「妥当な理由なく解雇できない」と定めた国際労働条約に違反すると提訴した。「非人道的な契約に二度とサインなんかしない」と憤る。
 だが、パリのIT企業に勤めるアレクサンドルさん(27)は「僕はCNEで満足している」という。1年前の就職時は7人だった社員が16人に増えた。大半がCNE。解雇された者はいない。
 「盛衰が激しい業界だから、解雇しにくい契約ならこんなに雇わないだろう」。CNEは解雇も容易なかわり、社員の側も直前通告で退職できる。アレクサンドルさんは、もっと条件の良い仕事が見つかればさっさと転職するつもりだ。就職も転職もしにくい硬直したフランスの雇用制度に見切りをつけ、海外に飛び出す若者も増えている。
 ◆昇給の代償、休み減
 「2・6%昇給するかわり、代休を10日間減らす」。仏北東部の自動車部品会社ビステオンの従業員1100人は3月23日、経営側の提案を従業員投票で受け入れた。
 フランスでは法定の週35時間を超えた分が「代休」になる。時短を棚上げし、残業分を金で受け取ることになった。
 会社は「競争を勝ち抜くために生産性を上げる必要がある」と説明。社内には「給料は今のままでいいから代休は減らさないで」という声も強かった。子供と触れ合う時間にしたり、買い物や病院への通院に充てたり、大半が制度化された代休を日常の生活サイクルに組み込んでいた。
 会社は「現状では東欧に工場を移転せざるをえない」と迫った。「かつて会社は経営者が社員の生活も気にかける家族のようなものだった。今の経営者は株主の意向しか心配しない」。やむなく受諾を決めた労組幹部ベルティエ氏は嘆く。
 お隣ドイツでも国際競争が人々の「働く形」を変えつつある。
 3月24日の夜、ベルリン繁華街は大きな買い物袋を提げた数十万人の市民でにぎわった。ふだん早々とシャッターを閉める店が午前0時まで開く、年に2度の「ショッピングの長い夜」。近郊から来た女性(36)は「仕事の後に買い物できるなんて便利ね」。
 「安息日」を尊ぶキリスト教の教えと長時間労働を防ぐ目的から、ドイツでは日祝日や深夜の営業を制限する閉店法が56年にできた。平日は午後6時半、土曜は午後2時の閉業が原則とされた。
 だがメルケル政権は昨年から制限撤廃に本腰を入れ始めた。大型店舗が次々に営業時間延長に踏み切り、銀行の土曜営業も試験的に始まった。
 「女性に深夜労働はきつい」「子供と過ごす時間が減った」。そんな従業員の悲鳴は、「個人消費の拡大」という大義名分にかすんでいる。
 ◆変わる価値観、公約にも反映
 「雇ったら解雇しにくい制度」のため、新規採用に二の足を踏む企業が増えている。フランスでは24歳以下の失業率は平均の倍以上の約20%。ドイツは新規採用を促進するため、自由に解雇できる試用期間を半年から2年に延ばすことで連立与党が合意した。
 仏が00年に導入した週35時間労働にも逆風が吹く。「英国人が年1650時間以上働くのに、フランス人が1600時間以下では勝負にならない」と仏経団連会長。海外移転を避けるため、勤務時間の延長を受け入れた職場が増えている。
 だが一般市民も、必ずしも現状維持を求めているわけではない。
 昨春、仏の若者がCPEに猛反対した背景には、雇用市場から締め出されてきた自分たちが、今度は景気の調整弁を担わされることへの怒りがあった。若者に門戸を開く形での雇用の柔軟化を望む声は強い。「35時間」についても「時短より、もっと収入を増やしたい」という不満がくすぶる。
 仏大統領選で、右派のサルコジ候補は「もっと働けば、もっと稼げる社会に」を合言葉に、より柔軟な雇用や働き方を主張。社会党のロワイヤル候補は若者の就業促進に力点を置き、35時間の堅持をうたうが、「(時短の)欠点は直す」。多様化する人々の価値観が公約ににじむ。
(平成19年4月18日付朝日新聞朝刊から)

どんどん豊かになっていく中では価値観の異なるグループもそれぞれがそれなりに向上を認識できたでしょうが、なにかを我慢しなければならないとなったときには、価値観の違いによる利害の対立が強く意識されるということなのでしょうか。よくわかりませんが、なんとなく。