コメントへのリプライ

昨日までのエントリについて、若手官僚さんを中心にいろいろと有益なコメントを頂戴しましたので、ここでまとめてレスポンスさせていただきます。
まず16日のエントリへの若手官僚さんのコメントから。

 そもそも論として、日本は「祝日」が多すぎなのが問題です。
休めるけど皆一緒で意味ねー(でも家族を持つとありがたいのでしょう。)
 トヨタカレンダーのように祝日を出勤にして、その分、年20日は有給を
使用者と調整しつつ取らせたらどうか?休暇は分散するし。
 チームワークの仕事が出来る時間は減りますが、そこはマネジメントの工夫で何とか…

祝日が多い、というのは良し悪しはともかくとしてご指摘のとおりです。実は私も過去に同じ趣旨のエッセイを書いています。
http://www.roumuya.net/zakkan/zakkan13/nenkan.html
このエッセイ自体は今からみるとちょっと無理があるかな、という感じですが、いずれにしても日本人はなかなか休まないから祝日を増やしてきた、という一面は否定できないのではないかと思います。まあ、たしかに祝日は学校も休み、一家そろって休み、というのが一面の利点ではあるわけですが。
チームワークについては、職場で誰かが一時的に欠けたときにどうカバーするか?というのはおおいにチームワークが発揮される場ともいえそうです。まあ、病気で突発休務、というのはよくあるわけですし。

 有給買い上げは、使用者にとってもコストアップになりますが、
 無能な人(給与に比べて、買い上げのほうが高く付き、企業は損)と、
有能な人(買い上げて働いてもらう方が企業は得)とにすみ分けられる
事になるかもしれません。買い上げたくないし休んで欲しい人と、
買い上げてでも休んでほしくない人との人事評価の違いが、企業の取得対応
に差が出て面白そうですね。

相応の賃金になっていれば問題ないはずなのですが、まあ実情としてはなかなかそうはならないでしょうね。現実には有能な人はけっこう要領よく休んだりしているわけで、それを考えると企業にとっては損?な制度になるのかもしれません。

エグゼンプションとの関係については、比較考量論で考えるしかないでしょう。
元々、労働法は大多数の一般労働者の保護(たてまえ)。
一部のエリートがばりばり働く分だけを除外すればいいと思います。
労働集約的な産業では、悪用する企業が多いでしょうし、
不利益がどうしても利益を上回りそうですしね。

このご指摘はまことにもっともで、ある意味1種はエグゼンプション、2種はなんらか中間的形態で3種はきちんと時間管理…という公務員で事実上出来上がっている形にすれば案外すっきりするのかもしれません。95年の裁量労働研究会の報告書をみてもそういう発想に読めますし…ただ、これは格差拡大と、コース選択時以降については機会不均等を招きかねない危険性もあって悩ましいところです。


続いて17日のエントリへのコメントへのレスポンスです。まずは若手官僚さんのコメントから。

 少し感想を。
 国公法、地公法分限免職が使えたら、例えば地方自治体の現業
(交通局、ゴミ、給食等)を委託・廃止→民営化等、
解雇の4要件も必要ないし、労働契約承継法の適用もない。
 誠実交渉義務、再就職あっせん配慮義務は課せられるけど、
現行法規は、上記の使い方で労基法よりはるかに解雇させやすいです。
 スト権?非難されるので行使できないか、それとも開き直って厚顔無恥
交渉決裂→即スト行使となるのか。前者でしょうねえ

分限免職については法律上は明記されていて、その際の割増退職金の規定まであるわけですが、現実には「出血整理はしない」「意に反する配置転換はしない」との国会答弁が立法者意思として身分保障につながっているとされているわけです(これはギャラリーの皆様の念のため)。
まあ、さすがに問答無用の分限免職は私としてはいかがなものかと思うわけで、やはりそこには配置転換とか、労働条件変更とかの着地点を探る努力が必要でしょう。そういう意味で私は労使の話し合い、協議は必要かつ重要と思います。ただ、労働基本権がなければそれもできない、という考え方には同意しないだけのことです。
なお、公務員が争議に及べばもちろん社会的批判は相当なものになるでしょう。ただ、それで争議を思いとどまるかどうか・・・現実に争議は減少する一方ですが、これは組織率低下の影響も大きく、公務員労組と路線が近いと思われる労組は依然としてそれなりに争議をしていることもまた事実で、私はそう簡単には信頼できないと思うのですが。なにしろ公務員はいくら争議をやっても民間企業のように倒産するということがないのですから、抑止力がまるで違います。

 それに団体交渉で賃金を決めるというおかしな事にもなるが、給与法定主義
(勤務条件は国会の議決による法で定める)との関係で、出来ないと思うのですが。

これは難しい論点ですね。財政民主主義をとる以上は、仮に団交で賃金改定するとなったときに、その賃金改定と補正予算について議会を通す必要があります(まあ、あらかじめ予備費で計上しておくとかの技術的手法はあるかもしれませんが、それはそれで交渉に影響してきます)。で、議会を通らなければどうするか、あるいは修正して通過したらどうするか、といえば、いまのわが国だと議会の決定に従うということになるのでしょうか。ということは、これは協約権および協約の効力の問題になってくるのでしょうか。とりあえず、独立行政法人制度ができたときには、事後的に議会に付議して可決すれば遡及的に有効になる、というような議会優越の形になっていたように記憶します(ウラをとっていないので自信なし)。諸外国はどのように調整しているのでしょうか、このあたり、id:genesisさんやeulabourlawさんのご教示をいただければ・・・とこれは不躾ですね。
次にid:potato_gnocchiさんのコメント

 公務員制度改革を言う人は(官庁勤務している友人にも何人かいますが、)どうして労働基本権と評価とか給与、身分保障の問題を一対で考えるんでしょうねぇ。傾向として、抵抗勢力wwの人は理屈も公務員労組の現状もわかってるくせに言ってて、改革派の人は理屈抜きにそれが何かの免罪符のように主張しているような気がします。でも本当は、たった一回こっきりの給与制度改革のための交渉のカードとして切るには労働基本権はでかすぎると思うんですけどねぇ。roumuya氏の主張に全面的に賛成です。

…と、改革志向と思しき上の「若手」氏のコメントを見て思ってしまったことでした。

ご指摘のとおり、ちょっと議論が混乱している感はあるのですね。身分保障と中立性確保、人勧と労働基本権というセットが基本だと思うのですが、それが渾然となってしまっているような。で、「労働基本権を与えれば賃下げ、分限免職ができるようになる」と考えている人がけっこう多そうなのです。労使関係の現場はそうは単純ではないと実務家としては思うのですが。


けっこう長くなってきたので続きは来週でご容赦を。