年次有給休暇の計画取得の義務化を検討

今朝の日経新聞の1面トップで、年次有給休暇の計画取得を企業に義務づけることが検討されていると報じられていました。

 厚生労働省年次有給休暇の取得を促すため、一定日数については取得時期をあらかじめ決めておくことを企業に義務づける検討に入った。年度当初などに取得時期を決め、計画的な消化につなげる狙い。残業が一定水準を超えた場合、超過時間に見合うだけの休日を与える制度を設けることも検討する。労働時間規制の実効性を上げ、就労環境を改善する考えだ。
 厚労省は労働時間制度を抜本的に見直す方針。一定以上の年収を得ていることなどを条件に、残業や休日労働に割増賃金を支払う規制から除外する対象を拡大する方向で検討している。これ以外の一般の労働者については、休暇取得を後押しするとともに長時間労働に歯止めをかける。

 有給休暇のうち一定日数について、労働者の希望も踏まえて取得時期を決めることを想定。休暇時期が事前に把握できれば、企業が事業計画を立てやすくなる効果もある。現在も労使が合意すれば事前に取得日を決めておくことは可能だが、導入企業は05年時点で14%にとどまる。
 取得しなかった有給休暇の権利は2年後に消滅する。厚労省は有給休暇を金銭的な手当に代えることを認めていない現在の制度を改め、退職時に限って未消化分の有給休暇を企業が買い取る新たな仕組みを検討する。
 また、残業を抑制するために、法定労働時間を超える部分のうち、一定時間数についてはそれに見合う休日を与えることを検討する。例えば「十時間を超えた部分に休日を与える」とすると、15時間働いた場合、5時間分の休日が必要になる。割増賃金(25%以上)の支払いとともに休日への振り替えを義務づけ、長時間労働に歯止めをかける狙いだ。
(平成18年1月16日付日本経済新聞朝刊から)

ふーむ。なかなか思い切ったアイデアのようではありますが、それなりに有意義な施策かもしれません。ただ、働き過ぎ防止とか企業のコストアップとかいったものを超越したレベルの問題も含んでいるような気もします。


これは1月11日に開かれた厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する研究会」に提出された報告書案をもとに書かれているようですが、現時点ではまだもう一つ前のステップ、昨年末の研究会に提出された「素案」しか厚労省ホームページでは公開されていないようです。で、実はこの報告書の最大の目玉は記事にもある「一定以上の年収を得ていることなどを条件に、残業や休日労働に割増賃金を支払う規制から除外する対象を拡大する」制度、要するにホワイトカラー・エグゼンプションのような制度(は報告書素案には米国のホワイトカラー・エグゼンプションではないと書いてありますが)の導入ですが、それとセットで記事のような施策も提言されています。
まず各論からみていきますと、

 有給休暇のうち一定日数について、労働者の希望も踏まえて取得時期を決めることを想定。休暇時期が事前に把握できれば、企業が事業計画を立てやすくなる効果もある。現在も労使が合意すれば事前に取得日を決めておくことは可能だが、導入企業は05年時点で14%にとどまる。
(上と同じ)

ですが、これは労働者による時季指定権という考え方は維持しつつも、使用者が労働者の希望を聞いて予め取得予定日を決め、確実に取得させることを義務付けることを検討する、ということのようです。記事にもあるように、すでに現在でも労使協定による計画的取得の制度はあるのですが、あまり使われていないため、この活用を義務化しようということでしょう。
日本の年休取得率の低さはかねがね問題視されているわけですが、なんだかんだ言っても企業に義務付けられているのは年休を付与することであって、時季を指定して取得するのは労働者の権利ということになっています。忙しいから取れないのだ、ということがよく言われますが、取ったからと言って解雇されるということは日本の労働慣行では考えにくい(というか、法で禁じられている。まあそんなことはおかまいなしの悪質使用者もいることはいるでしょうが)わけで、やはり働く人のほうにも年次有給休暇を取得したくないという気持ちがあるのでしょう(休まずに働くことで成果をあげ、人事考課で高く評価されたいとか)。
であれば、こうして無理矢理に休ませることが必要だというのは一つの考え方です(年次有給休暇を取得させるほうが取得させないよりはるかに難しい、ということは人事担当者の実感でしょう)。評価をめぐる競争関係という意味では、全員が同じだけ無理矢理に休まされる制度のほうがより「公平」とすら言えるかもしれません。
使用者としても、しょせん年休付与は義務付けられているわけで、取得率向上が短期的にはコストアップになるとしても、中長期的には賃金水準などで調整すればいいわけです。であれば、記事にもあるように「いつ休まれるかわからない」よりは「いつ休むかわかっている」ほうがやりやすいに決まっているわけですから、案外メリットもかなりあるかもしれません。ただ、いまの日本社会だと、働く人の希望が特定の時季(学校の連休とか)に集中する可能性が高いので、本格的にやるのであれば、学校の夏休みなども7〜9月に学校毎に交替で(ずらして)設定し、時季指定権も(労働者の希望聴取の前置は義務として)使用者に移してしまうくらいのことは考えてもいいのではないでしょうか。これはおそらく、以前経済産業省などがしきりに云っていた「観光産業の活性化」にもおおいに資するでしょうし、現在のように、みんな同じ時期にいっせいに休み、いっせいに遊びに行くので交通も観光地も混雑し、しかも高い(集中するのだから当然のこと)という休暇の過ごし方では、いったいぜんたい本当に働く人のリフレッシュになっているのかどうかも疑問ですので。
それからもうひとつ、どうせなら指定年休日にして一斉休業にすれば、働く人には休日増、企業とすれば稼動にともなって発生する光熱費などが節約できるという大きなメリットが出てくるでしょう。
次に、

 取得しなかった有給休暇の権利は2年後に消滅する。厚労省は有給休暇を金銭的な手当に代えることを認めていない現在の制度を改め、退職時に限って未消化分の有給休暇を企業が買い取る新たな仕組みを検討する。
(上と同じ)

年休の買い上げを認めないのは本来休むべき年休が休まれないのはまずいからだということのはずで、現状でも通達レベルでは法定を上回る部分や時効にかかる部分は買い上げできるはずですし、退職時の買い上げもできるはずです。まあ、疑問の余地なく法で可能と定めるということでしょうか。現実には、事実上の退職日+残年次有給休暇で手続上の退職日とする、というような運用が多くの企業で行われていると思いますが。
これはどこかで聞いた話なのでガセかもしれませんが、どこかの企業だか労組だかで、本音で導入してほしい制度を調べたら年休の買い上げがダントツだったそうです。たぶん、取得の進んでいない企業なのでしょうが、もし買い上げを認めて、働く人が休暇取得と買い上げを選択できるようにしたらどうなるか?たぶん、「その分のカネは捨てる(?)んだから」ということで休みやすくはなるでしょうが、しかし休暇より現金を選好する人のほうがはるかに多くて、ただでさえ低い取得率がもっと下がりかねないような気もします。ということは、未消化年休買い上げを義務化すれば、あっという間に取得率100%も夢ではない(というか、理屈ではそうなるはず)。やってみますか、厚生労働省さん?
もうひとつ、

 また、残業を抑制するために、法定労働時間を超える部分のうち、一定時間数についてはそれに見合う休日を与えることを検討する。例えば「15時間を超えた部分に休日を与える」とすると、15時間働いた場合、5時間分の休日が必要になる。割増賃金(25%以上)の支払いとともに休日への振り替えを義務づけ、長時間労働に歯止めをかける狙いだ。
(上と同じ)

ふーむ。なんとしても働かせたくない、休ませたいというわけですね。この場合の休日は当然無給になるのだと思いますが(有給にすると、割増賃金125%を受け取ってさらに100%を受け取って休めるわけですから、割増率が125%という高水準になることになります。そうなると、こりゃジャンジャン残業をやって有給の休日を貰ったほうが得策だ、ということになって、労働時間は理屈上は変わらなくても、深夜労働が無茶苦茶に増えそうです。有給の休日に兼業して稼ごうという長時間労働の猛者も出てくるかもしれませんし、いずれにしても労働時間短縮の趣旨には反します)、だとすれば企業としても案外メリットがあるかもしれません。働く人としても、ダラダラ働いて残業すると休まされる(しかも休まない場合より手取りが減る)ということになれば、テキパキ働こうかというインセンティブになるかもしれませんので。いずれにしても、これは休日が無給であるかぎり理屈としては企業はコストアップにはならないはずで、したがって8時間で1日ではなく、7時間で1日とかの「割増代償休日」にして企業にペナルティを与えようとの意見もあるのだとか。


しかし、ここまで「休め、働くな」というのは本当にいいことなんでしょうか。年次有給休暇は付与された日数は完全に取得されるべきものでしょうから、所得促進はいいのでしょう。働き過ぎ抑制ももちろん大事です。ただ、買い上げはともかく、計画取得も代償休日も「休まないのなら無理矢理に休ませろ」という発想のように思われます。まあ、そうでもしないと休まないから、働いてしまうから、というのはわかるのですが、休みたくない人に休みを強制してもいいものなんでしょうか?まあ、日本では就労請求権はかなり限定的にしか認められていませんので、労働権の侵害ということにはならないでしょうし、国民の自由を制約しても守るべき法益が大きいという判断なのでしょうが。
また、これが「一定以上の年収を得ていることなどを条件に、残業や休日労働に割増賃金を支払う規制から除外する対象を拡大する」こととセットになっている、というのところにも、かすかに違和感を覚えます。もちろん、ホワイトカラー・エグゼンプションに反対する最大の理由は長時間労働ですから、この「対象の拡大」にあたっても長時間労働に対する歯止めはかなり強くかけられる(具体的には休日確保が中心に考えられているらしい)ものとは思います。それでも、「一定以上稼ぐ人はどんどん働ける制度をつくり、それ以外の人は今より厳しく管理してある程度以上は働かせないようにする」というのは、「高収入でたくさん働く人」と「そこそこの収入でほどほどに働く人」とに働く人を二分するということにならないのでしょうか?「今はそこそこの収入しかないけれど、たくさん働いて高収入をめざしたい」という人に対して、「ほどほど以上に働いてはいけない、休みなさい」と強要するのは、少なくとも余計なお世話ではないでしょうか?収入だけを目指すのなら兼業という手もありますが、それは「高収入でたくさん働く人」に移動する道にはなりません。働きながら勉強すればいい、という意見もあるでしょうが、あまり現実的な意見とも思えませんし…。
どんなもんなんでしょうか。まあ、こんなこと気にするほうがバカなのかもしれませんけどね。