連合、使用者団体に公開質問状

12月27日に、連合が経団連日商、中央会の三団体に公開質問状を出したそうです。そのうち、経団連に対するものは、連合のウェブサイトで公開されています。

連合は、国民生活の改善のために労使で共同すべきことは協力し、分配などの労使の利害が対立することは誠意ある交渉を尽くして結論をうる、との姿勢を大切にし、多くの課題に対応してきました。その前提となるのが、労使による情報・認識の共有化です。春季生活闘争は、そのための重要な場の一つであり、ナショナルセンターレベルから現場レベルまで、労使の幅広い交渉・協議を行う必要があります。連合は、2006 春季生活闘争のスタートにあたり、今次労使交渉の重要テーマである以下の点について、貴組織の認識や考え方をお伺い致します。なお、ご多忙の折とは存じますが、ご回答につきましては、1月中を目処に頂きますようご要請申し上げます。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/new/news/photo/data/051227shitsumonjyou.pdf、以下同じ。なお、明らかなミスポと思われるものは修正してあります)

なるほど、なるほど。とりあえずは労働条件に限らず「労使交渉・協議」という相手の土俵に乗って、そこで主張すべきは主張しようということのようですね。どうして、堂々たる姿勢といえましょう。で、具体的にはどういうことかというと・・・。


具体論は5つあるようです。

1.貴組織は、「2006 年版経営労働政策委員会報告(以下、経労委報告)」のなかで、「日本的経営の根幹は、『人間尊重』と『長期的視野に立った経営』である」とし、「生産性三原則」を堅持する旨の主張をしています。この数年間、「従業員の懸命のがんばり」があったことは、貴組織も認識されている通りですが、一方、労働分配率は低下し続けています。連合は、全体として『適正な成果配分』がなされてこなかった結果と受け止めていますが、貴組織は、この事実をどのように捉えておられますか。また、わが国の安定成長のためには、企業部門の好調さを家計部門の所得増として波及させる必要があると考えますが、この点はいかがですか。

うーん。いきなり技術論になるのですが、私も以前言及したことがありますが、この「労働分配率」というのが、なかなか一筋縄でいかない代物で、計算方法によってさまざまな数字が出てきます。で、とりあえず最も簡便とされ、国際比較でも一般的に用いられる(雇用者報酬/国民所得)という計算式でみると、たしかに2000年以降は低下していますが、それでも70%台で、1990年代前半には60%台でしたから、必ずしも低いといえるかどうか。前述のように金属労協はかつて(1人当たり雇用者報酬/就業者1人当たり国民所得)を使え、と主張しましたが、それでみると90年代以降一貫して86〜88%前後で推移していて、それほど「低下し続けている」という印象はありません。『適正な成果配分』に関しては、どの程度が適正かについて双方に意見はあるでしょうが、労働分配率をもとにそれを論じるのは実務的には無理があるような気がします。
なお、「企業部門の好調さを家計部門の所得増として波及させる」については、経団連も否定していない、というか、先日からご紹介している「経労委報告」のここ数年分をみると、むしろ経団連も積極的にこれを推奨しているように思われます。ただ、経団連はこれをもっぱら「賞与で」と言っているところに違いがあるだけです。実際、鉄鋼など業績好調企業では、過去最高水準の賞与を支給している例も多々みられます。

2.連合は、社会の安定にとって、行き過ぎた「所得の二極化」は望ましくないと考えています。その大きな要因に、パートや派遣等の雇用形態の増加があり、所得の二極化阻止には「均等待遇」の実現が不可欠です。貴組織は、「雇用のポートフォリオ」による雇用・就労形態の最適組み合わせを提唱されていますが、連合は、これでは所得の二極化はとまらず、社会システムの根幹にも影響しかねないと考えます。貴組織は、これらのことをどのように捉え、どう対応すべきとお考えですか。また「経労委報告」では「さまざまな雇用・就業形態の従業員を、公正性・納得性の観点から適正に処遇する」ことが重要としておられますが、「公正性・納得性」とは、具体的にどういうことをさすのですか。さらに、連合は、高齢者の雇用継続や男女間の賃金格差の是正などについても重要課題だと考えていますが、貴組織は、どのようにお考えですか。

これまた、ここ数年の経団連首脳の発言などをみていると、行き過ぎた格差拡大が望ましくないという認識は実は共通しているように思われます。結局のところは程度問題だろうと思いますので、お互い言い分はあるでしょう。ただ、少なくとも、日本では米国のようにCEOが自社の一般的な労働者の数百倍などという破廉恥な高年俸を受け取るような事態はまだ稀であることは事実ではないでしょうか。
それよりも、連合がこれに関連して自社型雇用ポートフォリオ批判や均等待遇を持ち出して、多様性を否定しにかかっていることのほうが気になります。とりあえず、「公正性・納得性」を担ぎ出したときに、それでは連合のいわゆる「二極化」を結果上解消するために、現在比較的高い処遇を受けている組合員の処遇を引き下げた場合、彼らが「公正性・納得性」の観点から異論を唱えないように組織内の意思統一ができるのか、ということは大問題になるはずです。

3.貴組織は、現場力の維持のために、「協力企業や取引先企業との密接な連携も視野に入れるべき」としています。連合も、公正な取引関係を実現し、経営目標・施策等の共通理解をはかるためには、協力企業や取引先企業を含めた労使話し合いの場が必要だと考えています。中小労組からは、「この数年間、取引条件の切り下げや取引停止などでのしわ寄せがあり、取引関係の改善が必要」との声が強まっています。こうした中小労組の声をきちんと聞いて、現場力強化に結びつけることが必要だと考えますが、貴組織は、どのようにお考えですか。

もちろん、取引上の優位性を利用して取引条件をいたずらに引き下げることは論外といえましょう。それは経団連としても同意見だろうと思います。ただ、よくわからないのですが、経団連に中小労組の声を聞け、と言っているのでしょうか?それもヘンな話というか、それなりに傘下の諸組織の見解を集約してカウンターパートに提示するのがナショナルセンターの役割のはずだと思うのですが・・・。それから、中小企業の「現場力強化」っていうのは、取引条件を甘くして楽になることなんでしょうか?まあ、厳しい取引条件を迫られて現場力どころじゃなくなっている、という実態は一部にはあるでしょう(とりわけ、コストダウンのために非典型雇用を多用せざるを得なくなった企業においては)。ただ、これは結局のところ大企業も中小企業も同じことで、この試練を乗り切ったところが力強く生き残っているんでしょうけれど・・・たぶんそれが本当の「現場力」なんじゃないかという気がしますが。おそらく、連合傘下の中小企業労組でも、本当に「現場力」のある強い企業の労組は、取引条件を切り下げられているからダメだ、とは言わないんじゃないかと思うのですが。

4.総務省労働力調査」では、週60時間以上働く人が5人中1人弱になるなど、男性中堅層の働き過ぎが社会問題になっています。連合は、雇用リストラによって仕事の密度が高まり、結果として社員の長時間労働者が増加していると考えています。貴組織は「経労委報告」で、ワーク・ライフ・バランスの考え方による仕事と家庭生活の両立を支援する仕組みづくりを指摘されていますし、連合もこれを支持するものです。その視点から、人口減少社会に突入するなかで、男性長時間労働者をスタンダードとする企業社会を見直しことによって、就業率を高める必要があるのではないでしょうか。貴組織は、この現状をどのように捉え、どうすべきとお考えですか。また、長時間労働の改善のためには時間外割増率の引き上げが必要だと考えますが、いかがですか。

なんか上げ足取りみたいな議論が続いて申し訳ないのですが、週60時間がスタンダード、というのは事実と違うでしょうし、百歩譲ってそうだとしても、善し悪しはともかく、非典型比率が上がっているということはその「見直し」が事実上進んでいるということのはずです。ちなみに、「経労委報告」を読むと、「女性や高齢者が働きやすい環境を整備する」ことの必要性とその方策について、経団連の見解がちゃんと書かれていますので、わざわざ質問するのはいささか不勉強といわれても仕方ないのでは。
なお、時間外割増率の引き上げは、短期的には長時間労働の抑制につながるでしょうが、中長期的に見てどうかは疑問です。理屈上は、中長期的に人件費の総枠および必要な総工数が一定のなかでは、割賃の引き上げは時間外労働の多い人への配分(分配)を増やす(そうでない人の配分を減らす)効果しかないはずであり、労働時間とは無関係か、むしろ時間外労働のインセンティブを高めることで長時間労働を促進する効果を持つのではないかと思います。それはすなわち、短時間労働の多い非典型雇用との格差をさらに拡大する道でもあるでしょう。

5.貴組織は、いわゆる「小さな政府」をめざし、公務員制度改革の提言を行っています。連合は、時代の変化に対応した制度改革の必要性については認識を同じくするものの、制度の中身を十分に検証せずに、「財政規模が小さくなればいい」との考え方には違和感を覚えます。まず、国民生活の安心・安定のために公共サービスがいかにあるべきか、議論を尽くすべきではないでしょうか。また、わが国ほど、公務員の労働基本権の制約が大きな国は、OECD 加盟国はもとより、途上国においても多くはありません。連合は、制度改革を推進するためにも、その回復が必要だと考えています。この点について、貴組織は、どのようにお考えですか。

小さな政府云々の議論と、公務員の処遇の議論とは基本的に別物のはずです。連合が(一部傘下組織の意を受けて?)公共サービスの範囲を広くしたいというのはご自由ですが、その仕事にどの程度の給与が適切なのかとか、もっと臨時やアウトソーシングを使えないのかとかいった議論はそれとは別に行われるべきものでしょう。
労働基本権については、かなり乱暴な議論ではありますが、労働基本権が付与できる仕事は、基本的に民営化の可能性がある、という視点から考えることも必要ではないでしょうか。民営化して民間人になってしまえば、労働基本権も当然ついてくるというのはなかなかシンプルで明快な考え方だと思うのですが。少なくとも、労働基本権を得るのであれば、公務員が特権的に保持している雇用保障や配置転換の硬直性といったものは代わりに差し出す覚悟はいるのではないでしょうか。


ともかく、これも春季労使交渉の駆け引きの一つでしょうし、交渉ごとですからいろいろな手管もあろうとは思いますが、「公開質問状」を出して回答を求めるようなことなのか、という素朴な疑問が残ります。まあ、連合としては、「公開」質問状を出すことで、傘下組織に示しをつけたという意味もあるのかもしれません。経団連としては、質問への回答という意味では「経労委報告を読め!」でも済むわけですが、さすがに経団連は大人の対応をするでしょう。どんな回答をどう示すのか、ちょっと興味をひかれるところです。