高田ケラー有子『平らな国デンマーク』

平らな国デンマーク―「幸福度」世界一の社会から (生活人新書)

平らな国デンマーク―「幸福度」世界一の社会から (生活人新書)

デンマークでの育児体験記で、海外事情の紹介としては楽しく読めました。まるで地上の楽園であるかのように書かれていますが、おそらく著者にとってはそうなのでしょう。もちろん、実際には必ずしも楽園ということではなく、著者も税負担の重さにはたびたび言及していますが、それ以外にも、デンマーク人の暮らし向きは夫婦共働きがほとんどにもかかわらず全般的に日本人にくらべてまことに質素なようですし、労働時間は短いですが、日本人ならモノやサービスを買ってすませることの多くをDo it yourselvesでやっているといわれています。それでも、社会福祉を充実させ、競争をさせずにみんなそこそこ平等で、という生活が「満足度世界一」ということですから、デンマークはまことにサティスファイザーの国なのでしょう。


逆にいえば、デンマークがこうした国家運営を維持していくにはサティスファイザーを育てる教育が必要だ、という観点からデンマークの教育をみていくというヒネた発想も必要なように思われます。実際、高負担高福祉を維持するには国民が高負担を喜んで受け入れることが必要で、それには「給付が高水準だから高負担でも納得が得られる」というだけではなく、まさにこの本でも冒頭に出てくるような、王室や国旗に対する深い敬意と誇りに代表される「愛国心」が不可欠でしょう(さらにいえば、高額所得者や企業が税負担の低い国に移転することを防ぐのに有効なのは「愛国心」(愛郷心でもなんでも)くらいしかないのではないでしょうか)。競争をさせないというのも、競争に勝ってより豊かになろうということより、競争がないことに満足する人間を作るという意味もあるのではないでしょうか。たしかに、親も子も教育過程でのストレスは低いでしょうが、しかし選択肢も実はかなり限られているように思われます(まあ、高負担高福祉自体が選択肢を狭める方向のものでありましょう)。
それでもきちんと人材は育ち、高い経済水準を維持しているのですから、これが悪いというわけではなく、むしろ立派なあり方のひとつなのでしょう。ただ、私は著者がこうしたデンマークの社会について無批判に「人間らしい」などといったことばを乱発するのには若干の抵抗を感じます。競争を通じた向上を認めない社会、達成も挫折もない人生は、私はまっぴらです。「マイホーム」「ファミリー」のステロタイプな「幸福」に塗りつぶされた国というのも、ひとつの理想かもしれませんが、いささかげっそりする感は否めません。
もちろんこれは個人の価値観の問題で、著者がそう考えることは自由ですが、こうした本が材料になって短絡的に「日本もデンマークのように」という議論になることには用心が必要でしょう。